58番目の魔王

飽衣秋

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#0 かの死より至る

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 執務机の上で、ランプに灯された青い火が黙々と揺れる。
 大きな窓には豪雨のつぶてが叩きつけられ、ときおり裂くような雷光が部屋の中を照らした。静まり返った部屋に、雨の轟音と雷鳴が響き渡る。

 ランプの光を背にして立つ少年は、不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。

 彼がねめつける先に立つのは、小柄な彼の三倍はある大男。頭には白髪のほかに双角を生やし、褐色の肌には血管が浮き出ている。男は人でない、魔族だ。
 男は太い腕で、細身の青年の首を捕まえていた。

「………なんのつもりだ、アバルディオ」

 いつもは温厚な少年だが、拘束された青年を見るなり、目を吊り上げ低い声でそう問いただす。轟く雷光を背にしていれば、逆光で、赤い瞳が闇に浮かんだ。

 少年をあざ笑うように、大男はにやりと笑う。

「こうでもしなければ、貴様を謀ることなど出来ないのでな」

 大男はそう言って、それまで拘束していた青年を床へ放った。
 腕を後ろ手に縛られた青年は受け身をとることもできず、赤い絨毯に叩きつけられる。彼は顔も体も傷だらけで、蓄積された苦痛に声もなく悶えていた。

 痛々しい青年の様子に、少年は更に表情を険しくし、大男を一層きつく睨めつける。

 反して大男は、睨むことしかできない少年を見て、勝ち誇ったように嘲笑した。

「ふっはっは! さすがの貴方でも、これでは手の出しようがないでしょう? さあ、大切なご友人を助けたくば、その剣で自らの命を絶つのです!」

 男の無情な言葉に、少年は悔しげに唇を噛んで、すぐ足下に目を落とす。
 純白の硝子で造られた剣が、ランプの青い光にあてられ、ぼんやりと光を反射させていた。

 少年はしばらく逡巡していたが、おもむろに剣を拾い上げる。一瞬、剣に触れた指先がビリリと痛んだ。しかしそんなことは気にしていられない。

 そこで、満身創痍であった青年が、ハッと顔を上げて叫んだ。

「おやめください! 俺は……俺のことなど、どうでもいい! どうかこの反逆者を…」
「黙れ、侍従ごときが」
「ぐ…っ」

 叫ぶ青年を黙らせるため、大男は青年の髪が抜けるのではという力で強引に引っ張りあげる。

「クレイ!」

 青年を助けようと、少年が足を踏み出すが、

「おや、それ以上近づくと、この首が飛びますよ。それでも構わないと?」

 青年の首に男の鋭い爪が食い込み、わずかに血がにじむ。

 少しでも動けば、青年の首は切り裂かれてしまうだろう。
 青年を助けるために少年に残された手段は、ひとつしかなかった。

「……わかった」

 少年は悔しげに奥歯を噛み締めながらも、剣を逆手に持ちかえた。
 硝子の刀身の先を自らの心臓へ向けて、少年は緊張した面持ちで息を吐く。

 それを見て、青年はまた叫んだ。

「おやめください、閣下!!」

 青年の叫びに、少年はそれまで歪めていた表情を緩めた。そして、彼に向かって微笑む。

「大丈夫。おれは死なない」

 少年が青年を安心させるように言えば、大男は更にそれを笑った。

「余裕ですなぁ……だがその剣は、魔を打ち払い封じる『聖剣』!! それで心臓を貫けば、貴方は確実に死ぬ!ふはははは!」
「聖剣……」

 少年は、自分の握る剣をまじまじと見つめた。
 彼にとってそれは伝承として伝え聞いた存在でしかなく、幼い頃より聞かされていた伝承の一部が目の前にあるのかと、まじまじ見入る。

 魔を祓う、聖なる剣。
 その名にふさわしい透き通るような美しい刀身や、刃に彫られた摩訶不思議な紋様を見れば、たしかに普通の剣とは言いがたい。
 一見すると単なる装飾剣にも思えなくはないが、そうでないことは剣に触れている少年がよく分かっていた。手にしているだけでも、聖剣の力がびしびしと体に伝わってくるのだ。
 正直なところ、持っているのがつらい。熱せられた鉄でも掴んでいる気分だ。

「さあ、早く!!」
「駄目です、閣下…っ!」

 自害を促す男と、それを食い止めようとする侍従の声。

 少年は決意を固め、剣の柄を握りなおす。

「アバルディオ、約束しろ。私が死ねば、クレイや他の侍従、部下には何もしないと」
「ええ、約束しましょう。我が望みは貴方の権力と力のみ。他には手を出しません」

 少年は大男を睨みつけてから、剣へと視線を落とす。そして、大きく息を吐いてから、一息に自分の体に突き刺した。

 剣を刺した胸から、赤い血が溢れる。
 体がカッと燃えるように熱くなり、遅れて痛みが全身を焼く。

 いつもなら傷を負っても痛みなど感じない体が悲鳴を上げ、少年は血を吐きながらその場に倒れた。

「ふふ、ふはははは…!!」

 男の高笑いを聞きながら、少年は薄れゆく意識を手放した。





 大男の高笑いを聞きつけて、部屋にひとが入ってきた。剣を体に突き立て倒れている少年に驚きはするが、少年に駆け寄る者も、声をかける者も、蘇生しようとする者もいない。
 彼らは男の部下なのだ。

「アバルディオ様、奴は死んだのですか?」
「おお、おお!まさに聖剣の力ッ!! 不死身のこのガキを、たかが一突きでくたばらせるとは…!」
「屍体は、どうしましょう? 奴の部下に見られたら、誤魔化しようが…」
「海にでも捨ておけ。あと、この侍従もな」

 血の気が引き、顔を真っ青にしている青年。もはや男たちが何を言おうが、彼には少年の死という事実が大きすぎて、なにも聞こえていないようだった。男の部下が彼の縄を掴んで部屋から連れ出しても、彼は抵抗もできない。

 アバルディオと呼ばれた男は、侍従など見向きもしない。
 ただ、胸から流れ出る血を絨毯に吸わせる少年の屍体を見下ろしていた。

「くく………これからは、我が時代の到来よ。臆病者の統治は終わり、我が覇権が轟く世が、訪れるのだ――!!」
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