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#2 勇者と呼ばれた少年
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しおりを挟む森林の中を、一台の馬車が悠々と進んでいた。
荷台に幌のついたその馬車は、旅商人のもの。森を南へとくだる商人らは、今晩到着する予定の町を経て、その先のアタナ村まで行く予定であった。
馬の手綱を引く商人の男が、荷台へと首をひねる。
「旅人さんたち、今夜には町に着けるぞ」
荷台には、商品である食品や装飾品が詰められた木箱や樽が、ぎっしり積み上げられていた。
そして、さらにその上に、二人の人間が腰かけている。
一人はまだ若いが、野心にあふれた青年。背に剣を備え、左腕に魔道具のバングルを付けている。明らかに、戦闘に長けている様子だ。
もう一人は更に若い、気弱げな少年。首から鎖で、輪っかの形をした魔道具を提げていて、大事そうにそれの縁を撫でていた。どうやら少年は、青年に付き添う占術師のようだった。
二人とも、商人の言葉を聞き、顔を見合わせる。青年は自信に満ちた笑みを浮かべたが、少年は魔道具を抱えて、少し不安そうに眉を寄せていた。
「でもタダで護衛を受けてくれるなんて、助かったよ。最近は凶暴な魔物が現れるようになって、隣町に行くのも一苦労でな。魔物に襲われて、商品どころか命まで奪われそうになるわで」
商人の言葉に青年は、いいえ、と言葉を返した。
「俺たちも町に行くまで休んでいられますから、馬車に乗せていただけて、助かってます」
「ははっ、なら良かった。………にしてもにーちゃん、この先になんの用があるんだ? この先にゃ、地図にも載らないようなちいせぇ町と、廃れた村くらいだぞ?」
「それは―――――……っ!」
青年は言葉を切ると急に立ち上がり、商人の横へと脚を踏み出した。
そのまま、馬車の前方へと飛び出す。
「なっ、あぶねえぞ!?」
商人が慌てて、馬の手綱を引く。馬がいななきを上げて前脚を止めたとき、その目の前に、茂みからゴブリンが躍り出た。
ちょうど青年の着地点に現れたゴブリンは、青年が空中で引き抜いた剣で、あっけなく両断される。
しかし、続けて何匹ものゴブリンが、左右の茂みから出てきたのだ。
「ひ、ひぃいーーっ!!」
商人が口をカタカタ震わせて悲鳴をあげると、青年の周りのゴブリンが、にやにやと醜い顔をゆがめて迫ってきた。
しかし、
「たったの雑魚九匹でこの俺の行く手を阻むとは、命知らずもいいところだな!」
青年は強気に笑い、ゴブリンの血で汚れた剣を、再び振り下ろす。
すばしっこいゴブリンたちはその初太刀を楽々と避けてしまう。その素早さと身軽さで、ゴブリンたちは青年をあざ笑うように撹乱するが、
「はッ!」
どさくさに死角から飛びかかってきた一匹を、青年はいとも簡単に斬り伏せた。
次いで襲ってきたゴブリンも、ほんの一瞬で鮮やかに斬り殺す。
簡単に仲間が殺されてしまったため、残りのゴブリンたちの動きが恐怖のためか、わずかに鈍る。
青年はそれを見逃さず、次の一瞬には、すべてのゴブリンを斬り伏せていた。
「……雑魚ばかりだな」
青年は呟きながら、剣にまとわりついた血を振り払った。
白く脆い見た目の刀身は、木漏れ日を受けて白く輝きを放つ。
それを目にした商人は、せっかく魔物の脅威から救われホッとしていたというのに、またカタカタを唇を震わせた。
「そ、その、剣は………」
青年は剣を鞘に収めながら、さきほどの商人の問いに答えた。
「俺たちは、魔物退治をしに町へ向かいます。なんせ俺は、
―――――勇者ですから」
草原には、踏み慣らしただけの細い道が一本走っている。どうやら、この道の先に小さな町があるのだとか。
「ええーっ!! その剣、あの勇者さまの聖剣なの…!?」
旅の同行者となったナターシがおれの言葉に驚き、わなわなと口を震わせた。彼女のギョッとした視線は、おれが背負う純白の剣に注がれている。
「あっアレだよね、魔王を倒すのに使った、伝説の剣だよね…!?」
はるか昔、勇者が魔王を封印するため、聖剣で魔王の心臓を貫いたという昔話は、人間たちの間でも有名らしい。
おれが、この剣が聖剣らしい、と言っただけで、ナターシはコイみたく口をぱくぱくさせた。
「村長さんによると、そうらしいよ。……まだちょっと、信じられないけど」
「じゃあじゃあ、その剣があれば魔王を倒せるんだ…?」
「うん。……………………多分」
一朝一夕で倒せるような、そんなすごいものでもないけれど。
伝承の中の聖剣なら、魔王の心臓を貫けば、魔王の肉体は塵となって粉砕されるらしい。聖剣の力のおかげで、当分は次の魔王も現れないのだとか。
けれどおれが持っているこの剣は、魔王の不死身の肉体に傷は付けられるが、塵にすることまではできない。どのような攻撃も受け付けない魔王の肉体から、血を流させることができるだけ、普通の武器よりはマシ。
魔力を込めればそれなりの兵器にはなるが、魔王を倒して尚且つ次代の魔王の出現を遅らせるなんてことが本当にできるのかは、定かではない。
おれがなんとも言えない微妙な面持ちでいると、ナターシが興奮した様子で目を輝かせた。
「つまり、リビアスは勇者さまってこと!?」
「………え?」
「だって、ほら! 聖剣持ってるってことは、リビアスが勇者ってことだよね!?」
キラキラとした目の彼女は、なぜだか嬉しそうにはしゃいでいる。
聖剣持ってたら勇者、ね。
でも、おれはこの剣を岩から引き抜いたわけでも、王様から授けられたわけでもない。
「いやー、おれは勇者にはなれないかなあ…」
「? どうして?」
さすがに口に出すのは憚られたので、ナターシには笑顔だけを返し、心の中で答えた。
だっておれが、その魔王だもの。
「それに、この聖剣、たぶん偽物だし」
「えっ偽物!?」
のんびり二人で道を歩いていくと、ふと、遠い前方になにかがいるのが見え始めた。
まだ町は遠いので、人ではない。そもそも、そのなにかはまるで子供ほどの背丈しかない。
数は、四つ。
子供だけでこんなところにいるはずもない。
目を細めれば、すぐにその正体が分かった。
「ナターシ、止まって」
「え?」
「ジッとしてて」
「え、なんで?」
人間であるナターシにはまだ肉眼では捉えられないほど、遠く離れた距離。
そこにいるのは、狼型の魔物だった。
四匹のうち一匹がおれたちに気づき、頭を上げ、耳をヒクつかせた。
「魔物だ」
すぐに他の三匹もこちらに気づき、四匹ともおれたちを目指して駆け出した。
おれもかれらを撃退するため、背中の剣を抜く。
するとナターシにも見える距離にまで魔物が近づいてきて、彼女が分かりやすくうろたえた。
「あわ、よ、四匹もいるよ……!?」
慌てふためく彼女を下がらせ、剣をかまえる。
魔物が、牙を剥きながらおれへ飛びかかった。
『ガァァア!!』
「止まれ!」
叫んでみたが、魔物に言葉は通じない。
間違いない。
この魔物は、昨日戦った洞窟のサラマンダと同じく、現魔王アバルディオが作り出したものだ。
「はあッ!」
飛びかかってきた魔物へ、渾身の力で剣を振り抜く。
『キャンッ』
魔物は痛々しい声を上げ、おれから離れる。
続いて突進してきた魔物に返す力で剣を振りかざし、更にもう一匹には、魔力をまとう手をかざす。バリッと空気が割れるような音とともに、小さな雷撃が魔物へと走る。
しかし、雷撃は思ったよりも弱く、魔物に届かない。
『キャウン……』
だが威嚇には十分だったようで、三匹とも、敵わないと理解したのか、尻尾を垂らして逃げていく。
あともう一匹……どこいった?!
「ひゃわ! こっち来ないで!」
聞こえた悲鳴に振り返ると、いつのまにかおれの後ろに回り込んだ魔物が、ナターシへ襲いかかる。
まだ間に合う、魔法で……!
手をかざすが、魔法は出ない。
「!? なんで…っ!」
ゾッと、血の気が引いた。
どうして魔法が出ない? さっきの魔法も弱かった…!
まずい。このままじゃ、ナターシが…!
「うひゃあ!?」
しかし、彼女は持っていた杖で、魔物の頭をぶっ叩いた。
『ギャ……』
魔物はキャンキャン泣きながら、どっかへ逃げていってしまった。
「う、うはぁ~……助かったよー……」
ナターシは腰が抜けてしまったのか、杖を抱きしめたままその場にへたり込む。
魔物相手に杖で叩くという荒技を繰り出した彼女に面食らいながらも、おれは彼女に駆け寄った。
「ナターシ、平気?」
「うん、大丈夫だよ~……ふぅ……」
「ごめん。危ない目に合わせて」
「え? いや、リビアスが謝ることないよ。旅についていきたいって言ったの、私だし! リビアスのおかげで他の三匹もどっか行ってくれたし、一安心!」
彼女はそう笑いながら、よろよろと立ち上がる。
たいした怪我がないようで、おれもほっとため息を吐いた。そして、自分の手を見る。
「……………」
ほんの少し、指先に魔力を集める。けれど、静電気すら起きない。
グッと拳を作って、魔力を多く集めるようイメージすれば、やっとパチパチと小さな電気が発生した。
「弱い……」
明らかに、魔法が弱くなっている。
いや、魔力が集めづらくなっている。体内の魔力量が減っているせいだ。
聖剣を鞘にしまいながら、またため息をこぼす。
この剣のせいだ。こいつに全部吸い取られてる。今は吸われている感覚はないが、きっと昨夜のサラマンダとの戦いで、思ったより魔力を消費していたんだろう。
持ってるだけでも厄介な剣だな。町に着いたら、普通の剣でも調達しよう。
「うう、でも魔物が出るって本当だったんだね。他のところにも出るのかな」
おれが難しい顔をしているのを見て、ナターシはそんなことを言った。
一ヶ月前から、大陸全土で魔物が現れるようになった。
おれやその前の者たちが魔王を務めていた時代は、魔物は魔王の治める地域だけに放っていた。その頃から人間の領地に魔物が出没することはもちろんあったが、こうして人を襲う凶暴性の高い魔物などいなかった。
しかし、アバルディオが魔王となってから、凶暴な魔物が各地で現れるようになったらしい。理由は分からないが、アバルディオが魔物を作り出し、各地に放っていることは確かだ。
アバルディオは、おれの部下だった男だ。優秀だったが、野心家でプライドが高い。
おれの政治に不満を持つ者たちの筆頭で、いつかは反旗を翻されるとは思っていたが………
まさか、侍従を盾に取られ、聖剣での自害を強要されるとは、考えもしなかった。
聖剣で自ら心臓を貫いたおれは、一時的に仮死状態に陥った。おれが死んだと思い込んだアバルディオは、屍体となったおれを海に捨て………そして、大陸南端に流れ着いたおれは、ナターシに助けられたのだ。
おれが死ねば部下には何もしない、というアバルディオとの約束があるため、城に戻ることもできず、おれは当てのない旅に出た。そして、今に至る。
「そこらじゅうに劣悪な魔物がいる。きっとどこにいても襲われることになるよ」
おれの作り出した魔物は、みな、声を持ち、言語を理解した。言語がなければ意思疎通もできないし、従えるのに面倒だったからだ。だから、おれの魔物は一言声をかければ、なんでも理解してくれる。
しかし、アバルディオの作り出している魔物は、そうではない。一応はアバルディオが主人と理解しているようだが、言語を持たない魔物が多く、その知能も低い。だのに、数ばかり多くそのどれもが凶暴だから、対処に困る。
「じゃあ、気をつけていかないとだね」
やれやれと頭を抱える思いでいると、ナターシがそう明るく笑った。
「町に急ごう。夜になると危ないから」
「うんっ、張り切って行こー!」
ナターシは拳を振り上げて、早速歩き出す。
村にいたときより伸び伸びと元気な彼女に苦笑しながら、おれもそれについて行った。
「でも、リビアスの魔法ってすごいね」
魔物を追い払ってからしばらく歩いた頃、ナターシが言った。
「おれの魔法?」
「うんっ。だって、さっき、紫色の雷がババーッて。雷の魔法なんて、本に載ってなかったからビックリしたよー! 雷の魔法なんてあるんだねえ」
そういえば、彼女に魔法を見せるのはこれが初めてになるのか。サラマンダのときは、彼女は意識が無かったし 。
「ナターシだって、きちんと勉強すればもっとすごい魔法も使えるようになるよ」
「ええっ、ほんとかな」
「保証はできない」
「ええー」
「あっ、町だよ!」
太陽も傾いてきた頃、まだぎりぎりおやつの時間。
おれの目にもナターシの目にも、拓かれた台地の中に、栄える町が映っていた。
木造の建物もあるが、石やレンガの建物もいくらか伺える。アタナ村よりは資材が充実しているようだ。
また、今歩いている道の左右に広がる大地は、草原ではなく田畑へと変わっていて、ところどころに家屋や人の姿もある。カカシや犬もいたりして、アタナ村と同様にのどかである。
「やっとご飯食べれるー!」
半日、ろくに何も食べず歩き通しだったナターシは、キャッキャと楽しそうに頭を揺らす。
おれは人間のナターシほど頻繁な食事は必要ではないが、朝から何も食べていない点では彼女と同じで、空腹感がないわけではなかった。
町に着いたら、おれもなにか食べようかな。
………あ、おれお金ないや。我慢しよう。あれ、剣も買えないじゃん。てことは、しばらく聖剣と仲良しこよしするのかあ、憂鬱だあ。
「ごっはーん! ごっはーん!」
「……………?」
スキップしながら町へ向かうナターシの背を見ながらも、おれは畑へと視線を巡らす。
なんか、変だな。
畑の最も外側を、獣除けの木製の柵が囲んでいる。木の杭と荒縄で作った簡易なものだが、それなりの高さがあり、補強してあったりで強度もありそうだ。なかなかに獣対策は万全である。
だが、畑はところどころ荒れている。まるでなにかに掘り返されたように、不自然に土が盛り上がり、作物も中途半端にひっこ抜かれていた。
柵が壊れている箇所や、目新しい補強のあとはない。獣が壊して畑を荒らしにきてるわけでもなさそうだ。
どうして畑が荒れてるんだ?
「おっ、アタナ村の人か? 珍しいな」
考えていたら、畑の中にいたおじさんから、声をかけられた。
青々と作物が育つ畑の中に、紛れるように土で汚れた姿でいるから、声をかけられるまで気づかなかった。
「はい! 今日から旅を始めたんです!」
ナターシは嬉しくてたまらないという感じで、おじさんに答えた。念願の旅に出られて喜ぶ彼女は、やはり微笑ましい。
彼女の様子につられて、おれも頬が緩んだ。おじさんも同じく、にこにこしている。
「おお、そうかそうか。そっちのあんちゃんも、アタナ村から来たのかい?」
「あー、ええ、まあ…」
魔王城から流れ着きました、などとは口が裂けても言えない。
歯切れの悪い答え方だが、おじさんは信じたらしく、おれとナターシに「旅、頑張ってなぁ」と手を振ってくれた。
「では」
軽く会釈して、町へとまた足を向ける。
この地域の人は、みんな優しそうなひとが多いな。アタナ村もそうだし。人間は、みんなこんな感じなのかな。
人間と接する機会などなかったから、こうして実際に人間の領地を歩くのは新鮮だ。魔界にはない自然や動物がいたり、話に聞くよりもずっと温厚な人間たちが暮らしている。
「……あ、あんちゃん! ちょっと待ちぃ!」
狼狽したおじさんの声に、すぐにおれたちは歩み始めた足をまた止めた。
おじさんが、ひどく慌てた様子で畑から出てくる。
先ほどの朗らかな様子はない。驚きと焦りに満ちた表情で、突如、おれの腕を掴んだ。
何事かとおれもナターシも呆然としていれば、おじさんはそんなおれたちに予想だにもしないことを尋ねた。
「もしや、あんちゃんが『勇者』さまか……!?」
「……え?」
おれは、いきなり言われた内容がうまく理解できなかった。
「ほら、これも! 全部タダにしてやるから、たーんとお食べ!」
町に唯一の酒場だという場所には、多くの町人が集まった。
大きなテーブルにたくさんの料理が並べられ、それを全て食べていいとおれたちに出してくれたのだ。
おれたちを一目見ようと、町人たちはテーブルを囲む。
酒場の女主人の気前良い言葉に、ナターシは目を輝かせた。
「わぁ! いいんですか!」
「ああいいとも! たくさん食べて栄養をつけるんだよ!」
「わぁい!」
腹ペコだったらしいナターシは、さっそくオートミールやシチューやサラダに手をつけ、どんどん食べ物を消化していく。
腹が満たされて嬉しいナターシを見つめ、町人たちもうんうんと嬉しそうだ。
だが。
「ね、ねぇ、ナターシ」
「うん? なぁに」
小声で彼女に声をかけたが、彼女は無邪気にそう言うばかりだ。
「……なにか、おかしくない?」
「そう? せっかく出してもらったんだから、リビアスも食べようよ」
「いや、おれは………」
おれは、どうしても食べる気になれない。
だっておかしいじゃないか。
いきなりおじさんに町まで連れてこられて、町の人々もおれたちを見るなり目を光らせて。呆然としてたら町人全員に囲まれるようにして酒場に連れてこられて、頼んでもいないのにご飯を出されて……。
町人はおれたちをなぜか大歓迎しているようだし。
おじさんが、おれを「勇者」と呼んでいたけど……それが関係あるのか?
訝しげな顔で考えていると、目の前に美味しそうなミートパイを突きつけられた。
「……!」
「ほら、小僧もお食べ! ウチのミートパイはこの町一番だよ!」
「あ、はぁ…」
きゅるきゅるきゅる。
お腹が、鳴る。
食べなくてもおれは生きていけるけど、食欲がないわけじゃない。
「う、う……いただきます……」
誘惑に負けて、おれはミートパイに噛み付いた。
あ、美味しい。
「その調子! たっくさん食べて栄養つけて、畑を荒らす魔物どもを退治しておくれよ!」
あ、やっぱり。
おれが、なんかあるんじゃ……という予想を見事的中させたところで、ナターシが鶏肉を咥えたまま、ぽかんとしていた。
「へ? へ? 魔物退治?」
「そうさ! あんたら、魔物退治の依頼を受けて来てくれた勇者さまだろ? その背中の聖剣が、なによりの印さ!」
女主人は、おれの背中を指差す。
なんでそうなるの!
昨夜のサラマンダもさっきのナターシもそうだけど、聖剣持ってたら皆勇者なのか?
仮にも幼気な元魔王を、勇者呼ばわりするってどうなんだろうか。
それとも、人間たちにはおれが、魔とつくものならなんでも斬り伏せる暴君に見えているのか?
勇者が魔王を倒した、という伝説が人間に伝えられているのと同じように、おれたち魔族側にも、初代魔王が勇者に倒された、という歴史はきちんと伝えられている。
魔族に伝えられた伝説の中で、勇者とはとても野蛮な人間のことだった。聖剣に選ばれし者だとかなんとか云われているが、その実、勇者は「名前に魔がつくもの」ならなんでも斬りまくった暴君だ。
魔物は、その当時の魔王が人間を撲滅するために作った兵器のようなものだ。だから、魔物を斬りまくるのは分かる。
しかし、勇者は魔族まで見境なく切り殺したのだ。魔族と一口に言っても、魔王に従い人間を撲滅しようと考える者もいれば、争いや血を嫌う者もいた。もちろん、人間に友好的な者もいたのだ。
それを当時の勇者は、見境なく殺したのだ。もはや殺戮である。
伝説に残っている魔王の時代から、魔族と人間との大きな争いは起こっていないと少し前に言ったが、それは、このように「勇者」が魔族ならなんでも殺しまくったからだ。
人間との大戦を起こした初代魔王のこの悲劇を教訓に、二代目魔王からは人間との争いを起こさないようにと、ずっと平穏が形作られていた。
ちなみに、暴虐を繰り返していたと伝えられる初代魔王も、いくら憎き人間といえど、無抵抗の人間は殺さず捕虜にしていたという。
無抵抗の相手は傷つけない魔王と、無抵抗だろうが協力的だろうが斬りまくる勇者。
どちらが暴君かは、一目瞭然であろう。
そんなわけで勇者による暴虐を起こさせないために、歴代魔王たちはどれだけ人間が嫌いでも、戦争を起こさなかったのだ。
まったく、頭を抱えたくなる歴史である。
さらに、それを人間たちが分かっていないというのが、さらに痛い。
おれはとくに人間に好き嫌いはないが、「勇者」という存在だけは好きではない。
もちろん、勇者が正義感あふれる者であったことも慈愛に満ちた素晴らしい人格者であったことも、伝承から学んでいる。しかしそれをさっ引いても、同胞を殺戮した人物を好きになる、というのは無理な話だ。
なんだか話が逸れてしまった気がしないでもないが、とりあえずおれが言いたいことは、
「元魔王を勇者と間違えるだなんて、失礼しちゃう!!」ということだ。
もちろん、おれが魔王だなんてこの人たちは知るよしもないから、おれの一方的な感情なのだけど。
しかし、「人違いです。おれは魔王です」などと言えば騒ぎどころの話ではない。
だからと言って、受けたつもりのない魔物退治に向かうというのもどうなのか。それに、魔力が枯渇しているこの状態で魔物退治なんてしたくない。
話を聞くに、どうやら「依頼を受けた勇者」が存在するらしいし、その本当の勇者に任せた方が……………
あれ?
おばさんは、聖剣が勇者の印って言っていた。
おれの他に「勇者」と呼ばれる人がいるってことは、その人も聖剣を持っているわけだ。
唯一無二の聖剣が、二本在る?
「畑を荒らす魔物なんだけどねぇ、」
女主人が話し出してしまったが、おれはそれどころではない。
聖剣が、二本。
やはり、おれが今持っているものは偽物なんだろう。
はあ、魔力は吸い取られるわ斬られれば痛いわ、こんな物騒なもの作ったの、いったいどこのどいつだよ…。
「り、リビアス…」
サンドイッチを咥えたまま、ナターシがおれの服をちょいちょいと引っ張った。
「魔物退治って、リビアス、いつの間にそんなの受けたの?」
「全然、身に覚えがない」
「え…っ、どどどうしよう??」
周りにいる町人たちに聞こえないよう、小声で交わす。
「どうって、料理のお代を払って誤解を解くしか」
「……………リビアス、お金、持ってる?」
「……………ナターシは?」
ナターシは、腰のポーチから硬貨を取り出す。
「………」
「………」
なんとも言えない、重い空気がおれたちの間で流れた。
足りねえ。あきらかに足りねえ。
「―――――そんなわけで! あんたら勇者に魔物退治を頼んだってわけさ!!」
「へ? あ、はぁ」
全然聞いてなかった。
おばさん、なんの話してたんだ?
頭の中で、おれもナターシもハテナを浮かべまくりながら、女主人の言葉を聞く。
「じゃあ、魔物退治! 頼んだよっ」
女主人の言葉に町人たちも笑顔で頷き、おれとナターシへ期待の視線を向ける。
「……り、リビアス」
ナターシはというと、助けを求めるような目でおれを見ている。
最終決定はおれ? あ、剣持ってるのおれだし、仕方ない。
「わ、分かりました…」
苦渋の決断だ。魔物退治なんて引き受けたくないけど、仕方なくやるよ!
苦虫を噛み潰すような気分で、おれが喉から声を捻り出すと、
「そうかい! よかったねぇ皆! これで畑仕事も心置きなくできるようになるよ」
おれとナターシが苦笑いをヒクつかせているのをよそに、町人たちは嬉々として語らっていた。
くそ、こうなったらヤケクソだ。出された料理全部食って、きっちりその分働いてやる…!!
ミートパイをかじりながらそう決心していると、突如女主人に背を叩かれる。
「ぐぶ!」
「じゃ、早速今夜から頼んだよ!」
「でも、勇者さまは北の森から来てくださるって話じゃなかったか?」
「ああ、格好もアタナ村の貧相な服だが………まあ聖剣を持ってるんだ。勇者さまには違いねぇ!」
「だな!」
などと町人たちが話していたのを、リビアスは知らない。
「悪りぃな、にーちゃん。夜には着くって言ったのに」
陽が沈み、闇に包まれた森の中。
商人の馬車は未だ森を進んでいた。
荷台に乗せられていた勇者は、連れ沿いである少年の寝顔を眺めながら、商人と話し始めた。
「いえ、構いません。こちらこそ、ゴブリンを倒すのに手こずってしまって」
昼間のゴブリン襲撃から、また何度も何度も、少数の群れが襲ってきた。勇者が斬り伏せたため、幸い、怪我人も出ず、荷物も無事だ。
しかしその襲撃のせいで、長らく時間がかかってしまったのだ。
「にしてもにーちゃんは強いなぁ。そんだけ強けりゃ、本物の勇者になれちまうんじゃねぇか?」
商人の、これ以上ない褒め言葉に、勇者の頬も緩む。
「ありがとうございます。………ですが、俺よりずっと強く凛々しい人が居ますから」
「にーちゃんより強い勇者が居るのか!? すげーなぁ」
商人に、自分の尊敬する人物を褒められ、勇者も少し誇らしげだ。
「俺の夢は……あの人を越えることなんです」
「そかー、そりゃあ頑張んなきゃなあ!」
「ええ。ですから、あの人に少しでも近づけるよう、今は困ってる人たちを助けたり、魔物を退治する仕事をしてるんです。
………これから行く町にも、魔物退治に」
勇者は、背から下ろして膝の上にのせていた聖剣の柄を撫でる。
聖剣の柄には、小さく文字が印字されていた。
『α_724』
それは、この聖剣の識別番号である。
「王から託されたこの剣にかけて……俺は……必ず……」
そのとき、静寂の森に、なにかの嘶きが響き渡った。
『ギャギャ…ギャギャギャギャ……』
耳を覆いたくなるような、なにかの鳴き声。それはひとつではなく、たくさん。
「なぁっ、なんだ!?」
商人が、慌てて馬を止める。
勇者もさすがにこの騒音には驚き、幌から顔を出した。
森から、たくさんの魔物が空へと飛び立っている。飛行型の魔物たちは、羽をはためかせ、夜空を覆うように南へと向かった。
「魔物か…」
魔物たちは馬車には気が向いていないのか、空を南へ飛んでいくばかり。
勇者はハッとして、森の南にあるものを思い出した。
「おい、おっさん!! 早く馬車を出せ! 町に急がせろ!」
「な、なに!?」
「早くしねぇと、町があぶねぇ!」
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