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二人夜会を抜け出して
新しい時代を生きる者と古い時代を生きる者。皮肉にも、その言葉は婚約者と私を表すにはぴったりの言葉であった。
今宵の夜会でも、婚約者のマリウスは会話の輪に入って歓談をしている。しかし私は、そんな彼の姿を壁際に立って見つめることしかできない。参加したとしても、今まで学んできたことは全く役に立たないのは明白なのだ。
いっそ、帰ってしまおうか。そう思った矢先、一人の男が私に歩み寄り声をかけてきたのだった。
「ディアーヌ様、お久しぶりです」
「あら、どなたかと思えば……ヴァロン様」
元王立騎士団長のヴァロン。顔見知りではあるものの直ぐに気付けなかったのは、彼が騎士服を着ていなかったからだろう。
今日の彼は、真新しい軍服を身にまとっていたのだった。
「お久しぶりです、新しい制服もとてもお似合いですこと」
「お褒めいただき恐縮です。それにしても……貴女がお一人でいらっしゃるなど珍しい」
「ふふっ、一応彼と来たのだけど、すっかり置いてけぼりになってしまって」
そう言って、私は視線をマリウスの方へと向けた。
「成程、困った人だ」
歓談にすっかり夢中の彼を見て、ヴァロンはほんの少しだけ眉をひそめる。そこには、隠しきれない嫌悪感が滲んでいた。私と同じで彼もまた''旧式''の価値観を持ち合わせているのだろう。
「ではディアーヌ様、よろしければなのですが」
「?」
「少しばかり、落ち着いた場所で休憩するのはいかがでしょうか」
それは、紛れもなく夜会を抜け出すための誘い文句であった。真面目な彼には不似合いな言葉ではあるものの、ふざけた様子は一切見受けられなかった。
真剣な眼差しを受けて、酒を口にしていないのに胸の鼓動が早まっていくのを感じる。その感覚は、期待に胸を踊らせているとも言い換えられるだろう。
「……そうね。丁度少し、疲れてしまったところなの」
きっと、マリウスはこの場から私が居なくなったことにすら気付かない。そのことに一抹の寂しさを感じながらも、私は彼と共に夜会の会場を後にしたのだった。
+
「騎士団長ともあろうお方がこんなことをして本当に良いのかしら? ヴァロン様」
「それは貴方もでしょう? ディアーヌ様」
平行眉の下にある憂いを帯びた目は、静かに私を見つめていた。
ここはゲストルームの一室。寝台の上で私を組み敷く屈強な男のことを恐れることなく、私は彼を見つめ返した。
「ふふっ、お互い様かしらね」
銅色の短い髪は、森に住む獰猛な獣を彷彿とさせる。しかし、粗暴であるどころか彼が理性的な人間であることはとうの昔に心得ていた。
そう。だからこそ、婚約者のいる女を部屋に連れ込むという今の状況がこの上なく異常であり、狂っている。
「それに私は、もう''騎士団長''ではございませんので」
軍服のネクタイを緩めてから、ヴァロンは淡々と言ってのけた。
三年前、この国では市民革命が勃発した。王政の廃止と国民による政治ー共和制の樹立を求めて、人々が革命を起こしたのだ。
革命の火は国全土を駆け巡り、とうとう先日、国王は国民からの反発を受けて退位に追い込まれた。それは数百年に及ぶ王政が、呆気なく幕を閉じた瞬間であった。
国王の退位後、すぐさま国民議会が組織された。そして王政存続派であった政治家は皆、冷遇される立場に成り下がったのである。
私の父上は、何を隠そう王政存続派であった。国王退位の是非を問う国民投票が行われる最後の最後まで、王室存続の為に奔走していたのである。
国王の退位決定後、私の身を案じて父上は国民議会派である政治家の令息との結婚話を纏めた。その令息というのが、マリウスである。
しかし、急あつらえの婚約に愛情などは無かった。今宵の夜会でも、マリウスは私を置いてステラという名の令嬢と会話を弾ませていた。
女であるにも関わらず彼女はトラウザーズを履き、なんと髪まで肩につかぬほど短く切っていた。そして男性に紛れて、政治を語っているのである。
夜会では男性が女性をエスコートするのがマナーだが、革命後は旧来のしきたりを無くしていこうという考えが主流になっていた。そのため社交の場でも男女一組で行動するのではなく、個人で動いて会話の輪に入り、談笑を楽しむのが常識となり始めている。
マリウスはすんなり会話の輪の中に入っていった。けれども私にはそれが出来ず、壁際にぽつんと一人佇む他無かった。
そんな私に声をかけ、夜会から連れ出したのがヴァロンという訳である。
「既に婚約している女を連れ出すなんて、いけない人ね」
華奢な婚約指輪が左薬指を締め付けるような感覚を覚えながら、私は言った。
「あの場に留まり続ければ、貴女が壊れてしまうと思いましたので」
「ふふっ、相も変わらず心配性ですこと」
広間からこの部屋に来るまで、彼は私をきちんとエスコートしてくれた。旧式の考えに囚われていると言われたらそれまでだが、自然と彼に対して言い表せない安心感を抱いていたのだった。
ゲストルームに着いてから、どちらかとも無く私達は「少しの休憩」をするためベッドへと倒れ込んだ。何方もソファに座ろうとは言わなかったのである。
「時代遅れの女を攫っても、大した利益は得られないと思いますけれども」
「価値というものは、手に入れた者が決めるものですので」
私を押し倒したまま、ヴァロンはそれ以上身体的な距離を縮めようとはして来ない。けれども、私達は今までに無く心を通わせていた。
心の中にも超えてはならない男女の一線というものがあるならば、既に私達は超えているのだろう。
今宵の夜会でも、婚約者のマリウスは会話の輪に入って歓談をしている。しかし私は、そんな彼の姿を壁際に立って見つめることしかできない。参加したとしても、今まで学んできたことは全く役に立たないのは明白なのだ。
いっそ、帰ってしまおうか。そう思った矢先、一人の男が私に歩み寄り声をかけてきたのだった。
「ディアーヌ様、お久しぶりです」
「あら、どなたかと思えば……ヴァロン様」
元王立騎士団長のヴァロン。顔見知りではあるものの直ぐに気付けなかったのは、彼が騎士服を着ていなかったからだろう。
今日の彼は、真新しい軍服を身にまとっていたのだった。
「お久しぶりです、新しい制服もとてもお似合いですこと」
「お褒めいただき恐縮です。それにしても……貴女がお一人でいらっしゃるなど珍しい」
「ふふっ、一応彼と来たのだけど、すっかり置いてけぼりになってしまって」
そう言って、私は視線をマリウスの方へと向けた。
「成程、困った人だ」
歓談にすっかり夢中の彼を見て、ヴァロンはほんの少しだけ眉をひそめる。そこには、隠しきれない嫌悪感が滲んでいた。私と同じで彼もまた''旧式''の価値観を持ち合わせているのだろう。
「ではディアーヌ様、よろしければなのですが」
「?」
「少しばかり、落ち着いた場所で休憩するのはいかがでしょうか」
それは、紛れもなく夜会を抜け出すための誘い文句であった。真面目な彼には不似合いな言葉ではあるものの、ふざけた様子は一切見受けられなかった。
真剣な眼差しを受けて、酒を口にしていないのに胸の鼓動が早まっていくのを感じる。その感覚は、期待に胸を踊らせているとも言い換えられるだろう。
「……そうね。丁度少し、疲れてしまったところなの」
きっと、マリウスはこの場から私が居なくなったことにすら気付かない。そのことに一抹の寂しさを感じながらも、私は彼と共に夜会の会場を後にしたのだった。
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「騎士団長ともあろうお方がこんなことをして本当に良いのかしら? ヴァロン様」
「それは貴方もでしょう? ディアーヌ様」
平行眉の下にある憂いを帯びた目は、静かに私を見つめていた。
ここはゲストルームの一室。寝台の上で私を組み敷く屈強な男のことを恐れることなく、私は彼を見つめ返した。
「ふふっ、お互い様かしらね」
銅色の短い髪は、森に住む獰猛な獣を彷彿とさせる。しかし、粗暴であるどころか彼が理性的な人間であることはとうの昔に心得ていた。
そう。だからこそ、婚約者のいる女を部屋に連れ込むという今の状況がこの上なく異常であり、狂っている。
「それに私は、もう''騎士団長''ではございませんので」
軍服のネクタイを緩めてから、ヴァロンは淡々と言ってのけた。
三年前、この国では市民革命が勃発した。王政の廃止と国民による政治ー共和制の樹立を求めて、人々が革命を起こしたのだ。
革命の火は国全土を駆け巡り、とうとう先日、国王は国民からの反発を受けて退位に追い込まれた。それは数百年に及ぶ王政が、呆気なく幕を閉じた瞬間であった。
国王の退位後、すぐさま国民議会が組織された。そして王政存続派であった政治家は皆、冷遇される立場に成り下がったのである。
私の父上は、何を隠そう王政存続派であった。国王退位の是非を問う国民投票が行われる最後の最後まで、王室存続の為に奔走していたのである。
国王の退位決定後、私の身を案じて父上は国民議会派である政治家の令息との結婚話を纏めた。その令息というのが、マリウスである。
しかし、急あつらえの婚約に愛情などは無かった。今宵の夜会でも、マリウスは私を置いてステラという名の令嬢と会話を弾ませていた。
女であるにも関わらず彼女はトラウザーズを履き、なんと髪まで肩につかぬほど短く切っていた。そして男性に紛れて、政治を語っているのである。
夜会では男性が女性をエスコートするのがマナーだが、革命後は旧来のしきたりを無くしていこうという考えが主流になっていた。そのため社交の場でも男女一組で行動するのではなく、個人で動いて会話の輪に入り、談笑を楽しむのが常識となり始めている。
マリウスはすんなり会話の輪の中に入っていった。けれども私にはそれが出来ず、壁際にぽつんと一人佇む他無かった。
そんな私に声をかけ、夜会から連れ出したのがヴァロンという訳である。
「既に婚約している女を連れ出すなんて、いけない人ね」
華奢な婚約指輪が左薬指を締め付けるような感覚を覚えながら、私は言った。
「あの場に留まり続ければ、貴女が壊れてしまうと思いましたので」
「ふふっ、相も変わらず心配性ですこと」
広間からこの部屋に来るまで、彼は私をきちんとエスコートしてくれた。旧式の考えに囚われていると言われたらそれまでだが、自然と彼に対して言い表せない安心感を抱いていたのだった。
ゲストルームに着いてから、どちらかとも無く私達は「少しの休憩」をするためベッドへと倒れ込んだ。何方もソファに座ろうとは言わなかったのである。
「時代遅れの女を攫っても、大した利益は得られないと思いますけれども」
「価値というものは、手に入れた者が決めるものですので」
私を押し倒したまま、ヴァロンはそれ以上身体的な距離を縮めようとはして来ない。けれども、私達は今までに無く心を通わせていた。
心の中にも超えてはならない男女の一線というものがあるならば、既に私達は超えているのだろう。
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