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執着心は蜜の味
「り、リシャルド様? お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
入浴して寝る支度をしていると、リシャルドが寝室へとやって来た。彼は明日の朝に同盟国の視察から帰ってくる予定だったので、私はかなり驚いたのだった。
「え、えっと……だいぶ早いお帰りで」
「ああ。視察が思ったよりも早く終わってね。泊まらずにそのまま帰ってきたんだ。何となくだけど……君のことが心配でね」
「……っ」
そう言って、リシャルドはベッドの上で私を緩く抱きしめたのだった。それは情事の最中の激しいものではなく、幼子を毛布に包むような優しい抱擁であった。
「最近、夫婦二人の時間がなかなか取れなかったから……久しぶりに、二人で過ごしたいと思ったんだ」
私の背中を撫でながら、リシャルドは言った。
芸術展に参加すると決めてから、私たちは生活時間が合わないことが増えていた。私は公務の時間以外をほぼすべて作品製作に使っており、リシャルドは公務で多忙となっていた。そのため二人揃って参加する公務以外では、食事と就寝の時ぐらいしか顔を合わさないのである。習慣となっていた夫婦のお茶会も、すっかり途絶えていた。
「だいぶ背中と肩が硬くなってるみたいだけど、無理してない?」
「え……っと、はい」
クラーラの魔力も身体のこりにまで効く訳ではないので、リシャルドは私の身体に触れて気づいたようだった。そんな些細な変化を見逃さない彼に驚いていると、リシャルドはこう言った。
「マッサージした方が良さそうだね。ティア、ちょっと横になって?」
彼に促されるがまま、私はベッドにうつ伏せとなった。いつもの自分ならば断っていただろうが、今の私は彼との触れ合いに少しだけ飢えていたのである。
「じゃあ、痛かったりしたら言ってね?」
「は、はい……お願いします」
私がそう言うと、リシャルドは肩からマッサージを始めたのだった。
「肩バッキバキになってるけど、どう?」
「あ……気持ちいいです」
「ん、良かった」
リシャルドのマッサージは、自分の片手と比べ物にならない程に気持ちいい。そして私は、だんだんと身体の強ばりがなくなっていくのを感じた。
「さっきメイドから聞いたけど、ウクラーリフの宮殿に行ってきたんだって?」
「え、ええ……クラーラ様からお茶に誘われたので」
「そっか。楽しめた?」
「は、はい……」
「ふふ、だったら良かった」
口止めしていたこともあり、メイドは宮殿で私が倒れたのをリシャルドには伝えていないようだった。そのことに安堵していると、リシャルドは背中を揉みながら言葉を続けた。
「やっぱり、作品を作るのは大変?」
「……え?」
「今まで夢中になってるから、寝不足でも頑張ってるんだって思ってたけど……何だか無理してるのかなって」
彼の言葉に、どきりと心臓が跳ねる。私が何も言えないでいると、リシャルドはさらに続けた。
「無理することはないし、純粋に楽しんでくれたらそれで良いよ」
「……っ」
兄上やクラーラと同じように、リシャルドもまた私に無理をするなと言ってくれた。しかし、彼の“一番の画家”となるためにノエミーに挑むと決めた今、私は素直に頷けないでいた。
すると、リシャルドはこう口にしたのだった。
「大丈夫、俺は絶対にティアに投票するから」
それは、妃である自分からすれば嬉しい一言。
しかし、絵を描く者としての自分からすれば、もっとも言われたくないひと言であった。
「っ、リシャルド様。……お言葉ではございますが」
「? どうしたんだい?」
私は起き上がり、リシャルドを真っ直ぐに見据えた。そして彼の頬に手を添えて、口を開いたのだった。
「リシャルド様。どうか芸術展では、私の絵を探そうとはしないでください。貴方から見て一番心惹かれた絵に、投票なさってください」
「え……?」
「私には、どうしても勝ちたい相手がいます。けど私は……彼女には正攻法で勝ちたいのです」
驚きのあまり絶句しているリシャルドを前にしても、言葉は止まらない。私は感情をそのまま彼にぶつけるように、さらに言った。
「貴方は以前、自分の価値と釣り合いについて考えよと仰いましたが……そんなもの、結局私には分かりませんでした。しかし、貴方には誰よりも私を見てほしい。貴方の一番になりたい」
「……」
「私は実力で、貴方の一番になってみせます。だから……貴方は黙って、審査員席に座っていてください!」
威勢よくタンカを切って、私はようやく黙った。一気に喋ったせいで、呼吸が荒い。自分の呼吸音しか聞こえない。
……やってしまった。
息を整えながらそう思っていると、リシャルドは私の両手を何も言わず掴んだ。
「……ティア」
「……っ」
「最高じゃないか!!」
「!?」
私の手を握りしめて、リシャルドは嬉しそうにそう言ったのだった。
「そう言ってくれるのを待ってたよ、だから本当に嬉しい。嬉しすぎると嬉しい以外に言えなくなるって本当なんだね……っ」
「え、あっ……リシャルド様?」
理由はよく分からないが、リシャルドはとにかく大喜びしていた。私が訳も分からず困惑していると、彼は急に言葉を切った。
「失敬、今は美術展に集中するのが先だね。この話はまた今度にしよう」
「は、はあ……」
「じゃあ楽しみにしてるよ、ティア」
そう言って、リシャルドは満面の笑みを浮かべたのだった。
+次は18:32更新予定。
芸術祭当日。ユスティアが発表した作品は……?
お楽しみに♡
「ああ、ただいま」
入浴して寝る支度をしていると、リシャルドが寝室へとやって来た。彼は明日の朝に同盟国の視察から帰ってくる予定だったので、私はかなり驚いたのだった。
「え、えっと……だいぶ早いお帰りで」
「ああ。視察が思ったよりも早く終わってね。泊まらずにそのまま帰ってきたんだ。何となくだけど……君のことが心配でね」
「……っ」
そう言って、リシャルドはベッドの上で私を緩く抱きしめたのだった。それは情事の最中の激しいものではなく、幼子を毛布に包むような優しい抱擁であった。
「最近、夫婦二人の時間がなかなか取れなかったから……久しぶりに、二人で過ごしたいと思ったんだ」
私の背中を撫でながら、リシャルドは言った。
芸術展に参加すると決めてから、私たちは生活時間が合わないことが増えていた。私は公務の時間以外をほぼすべて作品製作に使っており、リシャルドは公務で多忙となっていた。そのため二人揃って参加する公務以外では、食事と就寝の時ぐらいしか顔を合わさないのである。習慣となっていた夫婦のお茶会も、すっかり途絶えていた。
「だいぶ背中と肩が硬くなってるみたいだけど、無理してない?」
「え……っと、はい」
クラーラの魔力も身体のこりにまで効く訳ではないので、リシャルドは私の身体に触れて気づいたようだった。そんな些細な変化を見逃さない彼に驚いていると、リシャルドはこう言った。
「マッサージした方が良さそうだね。ティア、ちょっと横になって?」
彼に促されるがまま、私はベッドにうつ伏せとなった。いつもの自分ならば断っていただろうが、今の私は彼との触れ合いに少しだけ飢えていたのである。
「じゃあ、痛かったりしたら言ってね?」
「は、はい……お願いします」
私がそう言うと、リシャルドは肩からマッサージを始めたのだった。
「肩バッキバキになってるけど、どう?」
「あ……気持ちいいです」
「ん、良かった」
リシャルドのマッサージは、自分の片手と比べ物にならない程に気持ちいい。そして私は、だんだんと身体の強ばりがなくなっていくのを感じた。
「さっきメイドから聞いたけど、ウクラーリフの宮殿に行ってきたんだって?」
「え、ええ……クラーラ様からお茶に誘われたので」
「そっか。楽しめた?」
「は、はい……」
「ふふ、だったら良かった」
口止めしていたこともあり、メイドは宮殿で私が倒れたのをリシャルドには伝えていないようだった。そのことに安堵していると、リシャルドは背中を揉みながら言葉を続けた。
「やっぱり、作品を作るのは大変?」
「……え?」
「今まで夢中になってるから、寝不足でも頑張ってるんだって思ってたけど……何だか無理してるのかなって」
彼の言葉に、どきりと心臓が跳ねる。私が何も言えないでいると、リシャルドはさらに続けた。
「無理することはないし、純粋に楽しんでくれたらそれで良いよ」
「……っ」
兄上やクラーラと同じように、リシャルドもまた私に無理をするなと言ってくれた。しかし、彼の“一番の画家”となるためにノエミーに挑むと決めた今、私は素直に頷けないでいた。
すると、リシャルドはこう口にしたのだった。
「大丈夫、俺は絶対にティアに投票するから」
それは、妃である自分からすれば嬉しい一言。
しかし、絵を描く者としての自分からすれば、もっとも言われたくないひと言であった。
「っ、リシャルド様。……お言葉ではございますが」
「? どうしたんだい?」
私は起き上がり、リシャルドを真っ直ぐに見据えた。そして彼の頬に手を添えて、口を開いたのだった。
「リシャルド様。どうか芸術展では、私の絵を探そうとはしないでください。貴方から見て一番心惹かれた絵に、投票なさってください」
「え……?」
「私には、どうしても勝ちたい相手がいます。けど私は……彼女には正攻法で勝ちたいのです」
驚きのあまり絶句しているリシャルドを前にしても、言葉は止まらない。私は感情をそのまま彼にぶつけるように、さらに言った。
「貴方は以前、自分の価値と釣り合いについて考えよと仰いましたが……そんなもの、結局私には分かりませんでした。しかし、貴方には誰よりも私を見てほしい。貴方の一番になりたい」
「……」
「私は実力で、貴方の一番になってみせます。だから……貴方は黙って、審査員席に座っていてください!」
威勢よくタンカを切って、私はようやく黙った。一気に喋ったせいで、呼吸が荒い。自分の呼吸音しか聞こえない。
……やってしまった。
息を整えながらそう思っていると、リシャルドは私の両手を何も言わず掴んだ。
「……ティア」
「……っ」
「最高じゃないか!!」
「!?」
私の手を握りしめて、リシャルドは嬉しそうにそう言ったのだった。
「そう言ってくれるのを待ってたよ、だから本当に嬉しい。嬉しすぎると嬉しい以外に言えなくなるって本当なんだね……っ」
「え、あっ……リシャルド様?」
理由はよく分からないが、リシャルドはとにかく大喜びしていた。私が訳も分からず困惑していると、彼は急に言葉を切った。
「失敬、今は美術展に集中するのが先だね。この話はまた今度にしよう」
「は、はあ……」
「じゃあ楽しみにしてるよ、ティア」
そう言って、リシャルドは満面の笑みを浮かべたのだった。
+次は18:32更新予定。
芸術祭当日。ユスティアが発表した作品は……?
お楽しみに♡
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