11 / 42
11.クローディアの要求
しおりを挟む
「離婚……?」
ラズヴァンはあからさまに、心底驚いたような顔をしていた。しかし、私は構わず言葉を続ける。
「顔を失ってしまった以上、私は貴方の足枷にしかならないでしょう。ですので……」
「そういうことか。ならば、私は離婚は望まない」
「なっ……」
「逆に聞きたいのだが、なぜ好きな女と別れることを、わざわざ望まなければならんのだ?」
ラズヴァンに即答され、私は言葉に詰まった。好きな女というひと言に、心が揺らいでしまったのだ。
しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。動揺を悟られないように、なるべく落ち着いた口調で私は言った。
「おそらく、顔は完全に元に戻ることはございません。夜会や晩餐会への参加など、公の場に顔を出すこともできない。そんな役立たずな妻は、ご不要でしょう」
「だったら、私も参加しなければ良い話だ。人がやたらたくさんいる場所は、元から好きではない」
「……っ、顔の崩れた女と暮らすことを、想像してみてください。それに、義父上と義母上にも、ご迷惑がかかってしまいます」
「夫婦の問題は二人で相談して決めていけばいいと、前から言われてる。だから、問題ないよ」
「っ、世間体が悪いとは、思わないのですか?」
「お前のことを悪く言ってくる人間がいるならば、こちらから願い下げだ。絶交すればいい」
どう説得しようとしても、ラズヴァンは絶対に譲らなかった。そして、逆に彼はこう問いかけてきたのだ。
「ディア。お前が事故に遭った時、気を失うまで自分が何を言ってたか、覚えているか?」
「いいえ……?」
「ずっとメイドと御者と、馬車を引いてた馬二匹のことを心配していたらしい。自分はあとでいいから、とにかくみんなを先に助けてくれ……と、言い続けていたんだ」
「……!」
そこまで言って、ラズヴァンは目を細めて笑った。
「‘‘弱者を思いやる強者であれ’’。それがうちの家訓だ。自分を後回しにしてでも、目下の者への思いやりを忘れない。そういった優しさが、私は何よりも必要だと思ってる。ならば、お前以上に妻としてふさわしい女はいないだろう?」
「……別に、あの時は気が動転していただけですわ」
「そうか? 限界まで追い詰められた時に、人間の本性は出ると思うのだがな」
「……」
「とにかく、顔の怪我を理由に別れる気はない」
そう言って、ラズヴァンは私の頭を撫でてきたのである。
夫の優しさに触れて、別れなくても良いのではないかと、私はだんだんと思い始めていた。
……しかし。
『抱くって考えただけで虫唾が走る。絶対勃たねえ自信があるぐらいだ』
アルベルトの言葉が、頭の奥に響いた。
そして私は、無意識にラズヴァンの手を払い除けていたのだった。
「ディア?」
「子供が作れないから……、やはり私は……っ、貴方の妻ではいられません……っ!!」
「指以外は打撲や擦り傷だけと聞いていたが、もしかして他にも怪我してるのか?」
「いいえ……っ、でも、顔の潰れた女など、抱けないでしょう?」
仮治療を終えたとはいえ、包帯の中では事故の日から時間が止まったままも同然である。
ラズヴァンがこれまで私を抱いてくれたのは、好みでないにしても、外に出して恥ずかしくない外見だったからだろう。少なくとも、私はそう考えていた。
たしかに彼は、私を家族として大切に思ってくれているのかもしれない。しかし、家族としての愛情と性愛は別である。
優しい彼だって、私を女として抱くことは絶対にできない。ならば、やはり別れるべきなのだろう。
「心配しなくていい。……と、言葉で言うだけでは、安心材料としては不十分か」
「……っ!?」
「とはいえ、今からする訳にもいかないからな。全部治療が終わったら、好きなだけ試してみるといい」
それは、私を抱けるということを遠回りに表現した言葉であった。
私が従順な妻であるならば、ここで頷いて話は終わる。しかし、恋愛対象に見れないからと男から婚約破棄された私は、彼の言葉を素直に受け入れられなかった。
口ではそう言ってくれたものの、結局は私を抱けなかった。そんな未来を想像しただけで、気が狂いそうだった。そうなるかもしれないという不安な日々を送るなんて、到底耐えられない。
……ならば今、白黒つけるしかない。私は覚悟を決めた。
「ラズヴァン様。……そのお言葉は、本気で仰っているのですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ならば……今ここで、抱いてくださいな」
ナイフで一刺しするように、私は言った。
さすがのラズヴァンも、この私の言葉は想定外だったようだ。軽く目を見開いて、彼はしばらく固まっていた。
「……待ってくれ。まだ治療は始まったばかりで、体調は万全ではないだろう?」
「顔と手指はダメでも、それ以外は元気そのものですわ。ならば、身体を重ねるのには十分でしょう?」
実を言うと、怪我をしたストレスにより月のものは完全に止まっていた。ここで情を交わしたとしても、身ごもることはない。
これは夫婦の子作りとしてではなく、完全に彼を試すための情事への誘いであった。
「……とりあえず、入浴してきていいか?」
「いいえ、今すぐに、答えが欲しいのです」
何かに取り憑かれたかのように、私は頑として譲らなかった。考える猶予を与えず、部屋から出ることすら許さない。我ながら、とんでもない女である。
「……そうか」
私がそこまで言って黙っていると、ラズヴァンは何も言わず立ち上がった。怒って出て行くのかと思っていると、彼は軍服の襟元のホックを外して上着を脱ぎ始めた。
上着をベッドの上に放り投げてから、ラズヴァンは寝台に上がり込んできたのである。
「そこまで言うなら、仕方ないな」
「あっ……」
ラズヴァンは私に覆い被さり、シャツの第一ボタンを外した。その瞳は、まるで獣のような妖しい光を孕んでいたのだった。
「始めようか、ディア」
ラズヴァンはあからさまに、心底驚いたような顔をしていた。しかし、私は構わず言葉を続ける。
「顔を失ってしまった以上、私は貴方の足枷にしかならないでしょう。ですので……」
「そういうことか。ならば、私は離婚は望まない」
「なっ……」
「逆に聞きたいのだが、なぜ好きな女と別れることを、わざわざ望まなければならんのだ?」
ラズヴァンに即答され、私は言葉に詰まった。好きな女というひと言に、心が揺らいでしまったのだ。
しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。動揺を悟られないように、なるべく落ち着いた口調で私は言った。
「おそらく、顔は完全に元に戻ることはございません。夜会や晩餐会への参加など、公の場に顔を出すこともできない。そんな役立たずな妻は、ご不要でしょう」
「だったら、私も参加しなければ良い話だ。人がやたらたくさんいる場所は、元から好きではない」
「……っ、顔の崩れた女と暮らすことを、想像してみてください。それに、義父上と義母上にも、ご迷惑がかかってしまいます」
「夫婦の問題は二人で相談して決めていけばいいと、前から言われてる。だから、問題ないよ」
「っ、世間体が悪いとは、思わないのですか?」
「お前のことを悪く言ってくる人間がいるならば、こちらから願い下げだ。絶交すればいい」
どう説得しようとしても、ラズヴァンは絶対に譲らなかった。そして、逆に彼はこう問いかけてきたのだ。
「ディア。お前が事故に遭った時、気を失うまで自分が何を言ってたか、覚えているか?」
「いいえ……?」
「ずっとメイドと御者と、馬車を引いてた馬二匹のことを心配していたらしい。自分はあとでいいから、とにかくみんなを先に助けてくれ……と、言い続けていたんだ」
「……!」
そこまで言って、ラズヴァンは目を細めて笑った。
「‘‘弱者を思いやる強者であれ’’。それがうちの家訓だ。自分を後回しにしてでも、目下の者への思いやりを忘れない。そういった優しさが、私は何よりも必要だと思ってる。ならば、お前以上に妻としてふさわしい女はいないだろう?」
「……別に、あの時は気が動転していただけですわ」
「そうか? 限界まで追い詰められた時に、人間の本性は出ると思うのだがな」
「……」
「とにかく、顔の怪我を理由に別れる気はない」
そう言って、ラズヴァンは私の頭を撫でてきたのである。
夫の優しさに触れて、別れなくても良いのではないかと、私はだんだんと思い始めていた。
……しかし。
『抱くって考えただけで虫唾が走る。絶対勃たねえ自信があるぐらいだ』
アルベルトの言葉が、頭の奥に響いた。
そして私は、無意識にラズヴァンの手を払い除けていたのだった。
「ディア?」
「子供が作れないから……、やはり私は……っ、貴方の妻ではいられません……っ!!」
「指以外は打撲や擦り傷だけと聞いていたが、もしかして他にも怪我してるのか?」
「いいえ……っ、でも、顔の潰れた女など、抱けないでしょう?」
仮治療を終えたとはいえ、包帯の中では事故の日から時間が止まったままも同然である。
ラズヴァンがこれまで私を抱いてくれたのは、好みでないにしても、外に出して恥ずかしくない外見だったからだろう。少なくとも、私はそう考えていた。
たしかに彼は、私を家族として大切に思ってくれているのかもしれない。しかし、家族としての愛情と性愛は別である。
優しい彼だって、私を女として抱くことは絶対にできない。ならば、やはり別れるべきなのだろう。
「心配しなくていい。……と、言葉で言うだけでは、安心材料としては不十分か」
「……っ!?」
「とはいえ、今からする訳にもいかないからな。全部治療が終わったら、好きなだけ試してみるといい」
それは、私を抱けるということを遠回りに表現した言葉であった。
私が従順な妻であるならば、ここで頷いて話は終わる。しかし、恋愛対象に見れないからと男から婚約破棄された私は、彼の言葉を素直に受け入れられなかった。
口ではそう言ってくれたものの、結局は私を抱けなかった。そんな未来を想像しただけで、気が狂いそうだった。そうなるかもしれないという不安な日々を送るなんて、到底耐えられない。
……ならば今、白黒つけるしかない。私は覚悟を決めた。
「ラズヴァン様。……そのお言葉は、本気で仰っているのですか?」
「ああ、もちろんだ」
「ならば……今ここで、抱いてくださいな」
ナイフで一刺しするように、私は言った。
さすがのラズヴァンも、この私の言葉は想定外だったようだ。軽く目を見開いて、彼はしばらく固まっていた。
「……待ってくれ。まだ治療は始まったばかりで、体調は万全ではないだろう?」
「顔と手指はダメでも、それ以外は元気そのものですわ。ならば、身体を重ねるのには十分でしょう?」
実を言うと、怪我をしたストレスにより月のものは完全に止まっていた。ここで情を交わしたとしても、身ごもることはない。
これは夫婦の子作りとしてではなく、完全に彼を試すための情事への誘いであった。
「……とりあえず、入浴してきていいか?」
「いいえ、今すぐに、答えが欲しいのです」
何かに取り憑かれたかのように、私は頑として譲らなかった。考える猶予を与えず、部屋から出ることすら許さない。我ながら、とんでもない女である。
「……そうか」
私がそこまで言って黙っていると、ラズヴァンは何も言わず立ち上がった。怒って出て行くのかと思っていると、彼は軍服の襟元のホックを外して上着を脱ぎ始めた。
上着をベッドの上に放り投げてから、ラズヴァンは寝台に上がり込んできたのである。
「そこまで言うなら、仕方ないな」
「あっ……」
ラズヴァンは私に覆い被さり、シャツの第一ボタンを外した。その瞳は、まるで獣のような妖しい光を孕んでいたのだった。
「始めようか、ディア」
7
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。
可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される
よしゆき
恋愛
両親に可愛がられず、甘え方を知らず、愛嬌のない令嬢に育ったアルマ。彼女には可愛らしく愛嬌のある自分とは正反対の腹違いの妹がいた。
父に決められた婚約者と出会い、彼に惹かれていくものの、可愛げのない自分は彼に相応しくないとアルマは思う。婚約者も、アルマよりも妹のリーゼロッテと結婚したいと望むのではないかと考え、身を引こうとするけれど、そうはならなかった話。
覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜
甘塩ます☆
恋愛
男装騎士アーサーは、かつての宿敵・カイル王に捕らわれ、「専属メイド」として屈辱的な奉仕を命じられる。しかし、復讐のために自分を弄ぶはずのカイルが向けたのは、狂気にも似た深い愛だった。
義姉の身代わりで変態侯爵に嫁ぐはずが囚われました〜助けた人は騎士団長で溺愛してきます〜
涙乃(るの)
恋愛
「お姉さまが死んだ……?」
「なくなったというのがきこえなかったのか!お前は耳までグズだな!」
母が亡くなり、後妻としてやってきたメアリー夫人と連れ子のステラによって、執拗に嫌がらせをされて育ったルーナ。
ある日ハワード伯爵は、もうすぐ50になる嗜虐趣味のあるイエール侯爵にステラの身代わりにルーナを嫁がせようとしていた。
結婚が嫌で逃亡したステラのことを誤魔化すように、なくなったと伝えるようにと強要して。
足枷をされていて逃げることのできないルーナは、嫁ぐことを決意する。
最後の日に行き倒れている老人を助けたのだが、その人物はじつは……。
不遇なルーナが溺愛さるまで
ゆるっとサクッとショートストーリー
ムーンライトノベルズ様にも投稿しています
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
その騎士は優しい嘘をつく
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第二騎士団の団長であるハイナーは、二年間つきあっている彼女に結婚を申し込もうとしていた。
これから遠征のため、一年間も会えなくなってしまうからだ。
だが、それを言うために彼女と会った時、彼の口から出た言葉は「他に好きな人ができたから、別れて欲しい」だった――。
※完結しました。
※ムーンライト様からの転載になります。
姫様は平民騎士のお嫁さんになりたい
柴田
恋愛
立場の弱い皇女と、護衛騎士の話。
幼い頃からずっと、専属護衛騎士のお嫁さんになりたかった皇女。平民の護衛騎士はそれを冗談だと受け取っていた。身分違いに年齢差もある。
しかし皇女の気持ちは大きくなっても変わらなかった。
そして護衛騎士もある出来事から英雄と称えられるようになり、身分差の問題も解決した。
皇女の気持ちに応えようと、護衛騎士は国を救った褒賞に、皇帝へ皇女との結婚を望む。
だが皇女は、護衛騎士が別の皇女、しかも皇后の実娘と結婚する噂を耳にしてしまった。
別の女に取られる前に既成事実を作ってしまおうと企む皇女であった。
※女性優位からの大逆転です。
他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる