リュドミラの恋占い~身代わりの花嫁は国王陛下の番となる~

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ある令嬢の独白

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 私には昔、とても仲が良い友人がいた。

 彼女の名前は、ネウ。とある伯爵の庶子であるものの、伯爵から許しを得たことにより、母親と共に伯爵家に住んでいた。

 我が公爵家と伯爵家は領地が隣合っていることもあり、私は彼女と会う機会も多かった。そして同い年で互いに女きょうだいがいないため、私たちはすぐに仲良くなったのだった。

「これ、プレゼントよ。ネウは髪がとっても綺麗だから、きっとこの髪飾りが似合うと思うわ」

「まあ、ありがとうございます!」

 我が家が裕福ということもあり、私はよくネウに贈り物をした。大切な友人を、少しでも喜ばせたかったのだ。

 公爵家の長女と、伯爵家の庶子。立場はまったく違うけれども、そんなことはまったく気にならなかった。子供からすれば、大人たちの言う身分差なんて、本当に些細なことだったのだ。

 しかし、そんな気持ちはすぐさま裏切られることとなる。

+

 その日。私の家では、食事会が開かれていた。宮殿の晩餐会のような格式ばったものではなく、両親と仲の良い友人や家族たちを招いた、気軽なものであった。そして母上の計らいで、ネウも招待されたのだった。

「ねえお母様。お食事会って、何をすればいいの? 私、ネウに何をしてあげればいい?」

「ふふっ、難しいことは考えないで大丈夫よ。貴女とお友達の席は隣同士にしたから、お食事とお話をめいっぱい楽しんでちょうだい」

「はあい!」

 しかし、晩餐会が始まる直前になっても、ネウは席に現れなかった。そして心配になった私は、彼女を探すために食堂から出て行ったのだった。

(馬車は停まっているから、もう来てるはずだけど……お手洗いかしら? うちには何度か来てるから、迷子ではないだろうけど……)

 そんなことを考えていると、廊下の曲がり角の向こうから、笑い声が聞こえてきたのだった。

「ネウってば、本当に演技派なんだから。将来、女優にでもなれるんじゃない?」

 こっそり覗いてみると、ネウと彼女の友達二人が、三人で何やら会話していた。

 ネウとはよく話すが他の二人とはあまり交流がないため、会話に参加するのは躊躇われた。とりあえず三人の様子を見ていると、友人の一人がこんなひと言を口にした。

「それにしても、ネウも大変ね。あんな頭の悪いお嬢様とお友達だなんて」

 頭の悪いお嬢様。それが私のことを指していることは明白だった。

 実際、私はあまり勉強が得意ではなかった。教科ごとに家庭教師を雇って懸命に勉強しても、要領の良い兄上には到底及ばない。自分が不出来な存在であることは、嫌という程に自覚していた。

「ふふっ、そうねえ……」

 ネウは友人の一言を否定することなく、控えめに笑った。彼女がそんな態度をとっても、怒りは湧かなかった。むしろ、バカな自分と仲良くしてくれることに感謝すべきだろうとすら、私は思っていた。

 しかし、ネウは信じられない言葉を口にしたのだった。

「あの子なんか、私からすれば友達でも何でもないわよ」

 その言葉を聞いた瞬間。胸に硬い石を投げつけられたような衝撃が、私を襲った。

(え……今、何て……?)

 聞き間違いであってほしいと、どれほど願ったことか。しかし、私の願いが届くことはなかったのだ。

「あら、そうなの?」

「ふふっ、だって……あの子が勝手に仲良しだと思い込んでるだけだもの。私が隣にいる理由なんて一つしかないわ。利用するためよ」

「あら。ネウってば、悪い子ね」

「一緒にいたら、高価なプレゼントもたくさんくれるし。ああいうのを、金ヅルって言うのかしら?」

「ふふふっ、もう、ネウってば」

 私を嘲る笑い声が、廊下に響く。しばらく私は、これが悪い夢だと必死に思い込もうとした。

 しかし。いつまで経っても、自分が悪夢から覚めることはなかった。

 不思議なことに、悲しみは湧き上がってこなかった。代わりに、マグマのように煮えたぎるような激しい怒りが込み上げてきたのだった。

(信じた私が、バカだった)

「さ、そろそろ食事会が始まるから食堂に行かないとね。貴女も仲良しごっこ、頑張りなさいな」

「もちろんよ。今日はご馳走も食べれるし、利用できるだけしてやるわよ、あんなバカ」

「……ちょっと」

 食堂に向けて三人が歩き出したタイミングで、私は彼女たちの前に立ちはだかった。すると、全員分かりやすく顔をひきつらせたのだった。

 なぜならこの場で一番高い身分なのは、他ならぬ私なのだから。

「じ、ジュリエッタ様、どうしてこんなところに?」

「全部聞いたわよ。貴女の気持ち、よく分かったわ。それに貴女たち二人が私をどう思ってるのかも、よく理解できたわ」

「ち、違うんです……これは」

「お黙りなさい!!」

 目の前にいるのは、もう大切な友人などではなかった。

 卑しい身分の、性格の悪いただの小娘だ。

「庶子なんていう卑しい身分だから、そんな下卑たことが考えられるんでしょうね!」

「……っ!?」

 私は怒りに任せて、ネウの足を思いっきり踏みつけた。

 鉄槌を下すような凄まじい音が、廊下に響く。しかし、ネウが私に対してやり返して来ることはなかった。取り巻き二人が止めに入ることもない。

 公爵家の者に逆らうなど、たとえ子供であってもできないのだ。

「お、お許しください……!」

「ひいいいっ」

 ネウを置いて、あとの二人は逃げ出した。しかし、彼女たちを許す気はまったくなかった。後に制裁を加えたことは、言うまでもない。

「絶交よ。もう一生、近づかないで」

 その日を境に、私は庶子というものを毛嫌いするようになっていった。それは、ネウと絶交してから父上に言われた一言がきっかけでもあった。

『ジュリエッタ、人には与えられた身分や立場というものがある。お前は公爵家の長女という、高貴な身分だ。卑しい存在と、仲良くする必要はないんだよ』

 私と、ネウたち正妻以外の子とでは、生きる世界が違う。父上は私にそう言い含めたのだった。

 奇しくも、愛妾が法律で禁じられたのはその頃であった。私の中で、庶子というものは完全に‘‘法の外の忌むべき存在’’と成り下がったのである。

+

「ああもうっ、お兄様の分からず屋!」

 悪態をつきながら、私はリュドミラの宮殿の廊下を歩いていた。兄上と喧嘩した手前、すぐに広間へと向かいたくなかったのだ。

 兄上が付き添いに寄越したメイドは、さっさと巻いたので今は私一人だ。宮殿の外には厳重な警備が敷かれているので、私が独り歩きしても問題ないと思ったのだ。

 とりあえず庭園にでも行って、夜風に当たろうか。そんなことを思っていると、後ろから足音が聞こえてきたのだった。

「ごきげんよう、ジュリエッタ」

 振り向くと、そこにはフリージアが立っていた。使用人を侍らせてはおらず、彼女一人きりであった。

 フリージアの周りには、家族や使用人など大抵誰かが付いているものだ。それもあり、彼女だけが立っているという状況は奇妙に見えたのだった。

「……何よ。いつもの頼もしい兄君も姉君もいないなんて、珍しいわね」

「ふふっ、そういう日もありますわよ」

 皮肉を言ったものの、フリージアが苛立つ様子はなかった。そんな彼女の姿を見て、私は苛立ってフリージアを睨みつけた。

「じゃあね。これ以上、貴女と話すことはないわ」

「ねえ、ジュリエッタ。この世で一番必要なものは……何だと思う?」

「……は? 何よ、いきなり」

 立ち去ろうとした私に、フリージアは問うた。彼女は相も変わらず穏やかな表情だが、それは仮面のように違和感のあるものであり、私からすれば気味悪いものであった。

 私が答えずにいると、フリージアは口を開いた。

「私はね、身分と財力だと思うわ。まずは身分がなきゃ、どこに行っても相手にされない。そうでしょう?」

「……」

「そして、やりたいことをするには勿論、お金も必要だわ」

「何が言いたいの?」

「まあまあ。お金があると、色んなことができるって言ったことそのまんまよ。例えば……」

 フリージアは、右手首に金色のブレスレットをはめていた。それをひと撫でしてから、彼女は自らの髪を右手でかき上げたのだった。

 すると……彼女の金髪は、艶やかな銀髪へと姿を変えたのだった。

「!?」

「ふふっ、驚いた? こうするだけで、魔法石の力を使って髪色を変えられるの。面白いでしょう? それで私の元の髪色は、こっちなのよ」

 私の父上も、艶やかな銀髪である。そして偶然にも、フリージアは父上と同じく色白な肌をしていた。

 言いようのない薄気味悪さを感じて、私は無意識に後ずさっていた。目の前にいる女が、今まで私が相対してきたフリージアとは違う存在に思えて仕方がなかったのだ。

「あ、貴女……誰なの?」

「誰って。ご存知のとおり、ハンデルク公爵家の養女フリージアよ。ツァレンテ家の庶子……ジアと言った方が分かりやすいかしら」

 そう言って、‘‘姉’’は静かに笑ったのだった。

「……え?」

「知らないわよね。だって私が家から追い出された時、貴女はまだ生まれてすらいなかったもの」

 髪や肌の色、そして輪郭の形。父上との共通点が多数見受けられる手前、フリージアが冗談を言っているようには思えなかった。

 私の母上は、私と兄上と同じ茶髪である。茶髪と銀髪の親の間に銀髪の子は生まれないので、察するにフリージアの母親は銀髪の女性ーーー正妻ではない存在、なのだろう。

 庶子であるならば、彼女はネウと同じく法外の忌み嫌うべき存在ということになる。

 しかし。たとえ半分だとしても血が繋がっていると思うと、フリージアのことを汚らわしい憎悪の対象とはどうしても思いきれなかった。

「さっきの話に戻るけど、貴女は身分も財力も十二分に持ってると思うわ。でも……その使い方は、とっても下手クソ」

「……」

「それを見てるとね、私、どうしようもなく苛苛しちゃって。何とか我慢しようとしたけど、それも無理だった。残念だけど、この性格は一生治らないみたい。貴女の際限ない愚かさと一緒で……ね」

 何も言い返せずにいると、フリージアはポケットから蓋付きのペンを取り出したのだった。

「ジュリエッタ。お金を積めば、こんなものも手に入るのよ。これには魔力が込められていて……刺したものを必ず死に至らしめるんですって」

「っ……」

 逃げようと思っても、思うように足が動かない。私はただ、震えながらフリージアを見据えることしかできないでいた。

「ルードガレスの夜会では失敗したけど……今回は逃がさないから」

「ひっ……」

 フリージアがペンの蓋を取ると、出てきたのはペン先ではなかった。

 恐ろしいほどに鋭く尖った、刃であった。

「私と一緒に死んでちょうだい。……ジュリエッタ」
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