破滅する悪役女帝(推し)の婚約者に転生しました。

鈴木竜一

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1巻

1-3

 ◇◇◇


 いよいよロミーナがこのパルザン地方へとやってくる日となった。
 今日の昼にも到着する予定らしいので、午前中はイルデさん指導のもとで魔法の鍛錬に挑む。
 ちなみに、以前作った冷蔵庫はダーネルさんをはじめとする調理場で働く人たちに大好評。今後も誰かの役に立つような物を手掛けていきたいと考えていた。
 魔法庫の可能性は無限大だ。
 こちらの想像力次第でいろんなアイテムを生みだせる。
 この前は素材を融合させて冷蔵庫を作ったけど、さらに修業を続けていけば無から有を生みだすことさえ可能になるとイルデさんは教えてくれた。
 そう聞いたら、さらにやる気が出てきたよ。
 鍛錬が終わると、少し時間が余っていたので屋敷からすぐ近くにあるガナス村へと向かった。

「おぉ、アズベル様」
「いらっしゃいませ、アズベル様」
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」

 俺はここでよく農作業を手伝っている。
 ガナス村は人口百人ほどの小さな村ではあるが、ここでできる小麦や野菜といった農作物は王都にある食堂へも提供されるくらい有名なのだ。
 この辺りは土壌が豊かで気候も穏やかだからなぁ。農業をやるにはもってこいの環境だ。

「そういえば、アズベル様の婚約者様がいらっしゃるのは今日でしたね」
「うん。お昼頃には到着するって話だよ」
「なんでも公爵家のお嬢様だそうで……どんな御方です?」
「とってもいい子だよ。――うん。いい子だ」

 感情が昂ると自動的に氷魔法が発動するという他の子にはないワンパクな特異体質を持っているが……まあ、それはイルデさんとの特訓でなんとか克服こくふくしてもらうしかないな。
 村民たちとそんな話で盛り上がっていると、突然「ガギン!」という鈍い音が響き渡る。

「ああっ! くそっ!」

 何が起きたのかと周りを見回していたら、くわを持った中年男性が頭を抱えていた。
 あの人は確か、ギニスさんだったか。

「ギニスさん、どうかしましたか?」
「アズベル様……いえ、耕していたら土の中に大きな石があったみたいで……」
「あぁ……見事に欠けちゃってますね」

 これでは鍬として使い物にならないな。
 新しい物を購入すれば手っ取り早いのだが、あいにくこのガナス村にはこの手の道具を扱う店はない。
 一番近い村に行くのも半日かかるからな。移動に一日かけて依頼をした後、完成品を受け取りにいかなくてはいけないので、手間が多い。
 ――だったら、生産魔法の出番だな。

「それを貸してください」
「えっ? 構いませんが……どうするんです?」
「修理するんですよ」

 そう告げて、俺は生産魔法を発動させる。
 目の前に出現した空間へ鍬を入れると、修復用の素材として欠ける原因となった大きめの石を放り込んだ。
 それから目を閉じて思い浮かべる。あの硬い石が分解し、鍬の欠けている部分を補う。それだけではなく、残った金属部分も強化するように――よし。これでいいはずだ。
 俺は目を開けて、前方へと手を掲げる。
 するとその方向から欠けた鍬が光に包まれて出現した。

「「「「「おおっ!」」」」」

 居合わせた村人たちは一斉に声をあげる。

「こんなところかな。――どうぞ、ギニスさん。さっきの石を素材として利用したので、頑丈がんじょうさは増していると思います」
「あ、ありがとうございます!」

 綺麗に生まれ変わった鍬を見て、ギニスさんは感激していた。

「いやはや、相変わらず凄い魔法ですな」
「まさに鍛冶屋いらず」
「ワシらのような者たちからすれば炎や風を扱う魔法より、大切な農具をよみがえらせてくださるアズベル様の魔法の方がありがたいですよ」
「そうじゃのぅ。まさに神様じゃ」
「あはは、大袈裟おおげさですよ」

 生産魔法の評判は上々だった。
 村人のひとりが言ってくれたように、戦闘と無縁なこの村にとってはド派手で破壊力のある魔法より、生活を助けてくれる工作や修繕しゅうぜんができる俺の魔法の方が役に立つんだよな。
 鍛冶屋もいないこの村にとっては、まさにうってつけってやつだ。
 農作業を再開しようとしていたら、村人のひとりが「あれはなんだ?」と遠くを指さしながら叫んだ。その先には、数多くの馬車が屋敷の方へと向かっている光景が。

「どうやら、ロミーナが到着したみたいだ」
「えっ? それはまさか……あの公爵家のお嬢様⁉」

 途端にその場は騒然そうぜんとなる。
 一方、ロミーナが乗っていると思われる馬車は方向転換。
 俺のすぐ近くまで来ると窓が開いて、そこからロミーナが遠慮がちに顔を出した。

「やあ、ロミーナ」
「ア、アズベル、久しぶり」

 周りに村人たちがいるからか、最初はどこか怖がっているようにも感じたロミーナの表情――しかしそれも俺と挨拶あいさつを交わしたら安心したのか緊張が解けて、柔らかくなっていった。
 やがてロミーナは近衛騎士であるパウリーネさんと一緒に馬車から降りて、俺のもとへとやってくる。

「何をしていたの?」
「今は野菜の収穫をしていたんだよ」
「ほぉ……これは立派な」

 パウリーネさんは近くに置かれた篭に詰め込まれているジャガイモや玉ねぎを見て、感心したように呟く。
 一方、生粋きっすいのお嬢様であるロミーナにとって収穫されたばかりの野菜というのは初めて見る物だったらしく、興味津々のようだ。

「書物を読んで知識としては持っていたけど、本当にお野菜って土の中にあるのね」
「この土地にはまだまだ収穫前の野菜がありましてな」
「アズベル様にもそのお手伝いをしてもらっているんです」
「領主のご子息が自ら?」

 村人たちの声に真っ先に反応したのはパウリーネさんだった。
 普通はそういうの領民任せで貴族はやらないからな。うちは弱小領だからそんな余裕ないけど。
 ついさっきまで手伝っていたこともあって、服とか土まみれだし……もうちょっと早く準備をすればよかったか。

「こんな格好ですみません。すぐに着替えて――」
「あの、私にも何かお手伝いができませんか?」
「「「「「えっ?」」」」」

 俺とパウリーネさん、そしてガナス村の人たちの声が重なる。

「ロ、ロミーナ様⁉ まさか畑仕事をしようと⁉」
「えぇ。アズベルもしているし、それに前々から興味はあったんです」

 サラッと答えるロミーナだが、パウリーネさんは複雑な表情を浮かべている。

「し、しかし……せっかくのお洋服が……」
「大丈夫よ。着替えはちゃんと持ってきているんだし」
「そういう問題ではありません」

 パウリーネさんは反対しているが、村人たちは嬉しそうに答える。

「まあまあ。とりあえず、そこにあるいもを引っこ抜いてみるかい?」
「ぜひ!」
「あっ! ロミーナ様!」

 パウリーネさんには悪いけど、積極的に何かをしようとするロミーナの気持ちを無下むげにしたくはない。
 とはいえ、さすがに本格的な作業をするのは急すぎるので、まずは手始めに小さな子どもでもチャレンジできる芋掘りからやることに。
 すでにある程度は掘り返してあるのであとは引っ張るだけなのだが、それでも初体験となるロミーナにとってはなかなかしんどい作業のようだ。
 見かねた俺が手を貸し、一緒になって芋を引っ張る。
 周囲では「頑張れ」と村人たちが応援してくれ、最初は反対していたパウリーネさんもいつしか「お嬢様、あとちょっとです」と声援を送っていた。
 そして、ついに――

「「わっ⁉」」

 俺とロミーナは芋が抜けた拍子ひょうしに後ろへと倒れる。

「ロミーナ様⁉」

 パウリーネさんが慌てて駆け寄るも、この程度で怪我はしない。ただ、懸念した通り、洋服は土まみれとなっていた。
 でも、最後までやり遂げたロミーナの表情はとても晴れやかだった。
 一方、村人たちは心配して彼女のもとへと駆け寄る。

「今すぐに薬草をお持ちします!」
「あぁ、せっかくの綺麗なお召し物が……」
「お、お嬢様、本当によろしかったのですか?」
「大丈夫ですよ。それに、とても貴重な経験をさせていただきました。ありがとうございます」

 返ってきたお礼の言葉に、村人たちは最初ポカンと口を半開きにしていたが、すぐに笑顔になり、歓声をあげた。
 それを眺めていたパウリーネさんはなんだか複雑そうな表情のまま呟く。

「……近いですね」
「おっしゃる通り、領主の屋敷の近くにこれだけ大きな畑がある場所なんて、国中でもパルザン地方だけでしょうね」

 俺がそう答えるが、彼女は小さく首を横に振る。

「そうではありません。村人と貴族との距離が、です」
「えっ?」

 もちろん、相手が貴族ということでみんなの態度や言葉遣いは丁寧ていねいなものになっているが、公爵家令嬢を前にしても誰ひとりとして臆した様子はない。
 パウリーネさんの話を聞く限り、ペンバートン家の領地ではこうはいかないらしい。

「あんな風に自然な笑顔を見られるなんて……もう不可能だと思っていました」

 しみじみと、何かを噛みしめるように語るパウリーネさん。
 ……ペンバートン家では、いろいろとあったんだな。
 そのことを感じつつ、ロミーナも到着したことだし、一度屋敷へ戻ろうとした――まさにその時、

「おやおや、ようやくご到着されたようだね」

 またしても近くから女性の声が。
 これは――

「イルデさん⁉」
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」

 ほうきまたがり、空から舞い降りるといういかにも魔女っぽい登場をしたイルデさん。相変わらず酒臭いな、この人は。

「アズベル様……誰ですか、この酔っぱらいは?」

 アルコールの臭いが苦手らしいパウリーネさんは指先で鼻をまみながら俺に尋ねる。

「こちらはイルデガルドさんと言って、このパルザン地方に住んでいる魔女です」
「魔女? もしや、ロミーナお嬢様に魔法を教えるというのは――」
「あたしだよ」
「…………」

 ドン引きしているパウリーネさん。
 言いたいことは分かるけど、イルデさんの実力は本物だ。
 俺が生産魔法使いに向いていると即座に見抜くし、何より原作の【ブレイブ・クエスト】では後に大物となって登場するのだから。
 とりあえず、イルデさんは優れた魔女であると説明するも、パウリーネさんは終始懐疑かいぎ的な姿勢であった。
 すると、このままではらちが明かないと感じたイルデさんからある提案が。

「そこまで疑うなら結果で示そうじゃないか。――これからすぐにお屋敷で魔法の特訓といこう」
「……いいでしょう。ただし、進展が見られない場合は指導者を交代していただく」
「構わないよ」

 あ、あれ? なんか不穏な空気が流れてきたぞ?


 場所をウィドマーク家の庭に移し、早速ロミーナの公開魔法特訓が始まった。
「公開」とつけたのは、俺とパウリーネさんだけでなく、ウィドマーク家とペンバートン家の関係者も見守っているからだ。
 まあ、ペンバートン家の人たちの立場になってみれば、大事なご令嬢を預ける相手が酒臭い魔女ってなるとさすがに「ちょっと待て」と言いたくもなるよな。
 一方、父上も母上も「イルデなら大丈夫」とまったく心配していない。
 俺も自分の属性をスパッと見抜いてくれたという実績から、きっと大丈夫だろうと信じてはいるが……果たしてどうなるか。
 ただ、気がかりなのはロミーナの魔法特訓は今回が初めてではないという点。
 公爵家令嬢ともなれば、すでに腕利きの魔法使いたちにアドバイスを求めていたようだ。それでも改善しなかった魔力の暴走を酔っ払い魔女が止められるのか。
 そう考えると、ちょっと不安なんだよな。

「ギャラリーも揃ったようだし……そろそろその強力な氷魔法とやらを見せてもらえないかい?」
「は、はい……」

 イルデさんは「見せて」と言ったが、あれって確か感情が昂ると突発的に発動するやつじゃなかったっけ?
 でも、ロミーナはすんなり返事をして集中し始めていた。
 どうやら任意でも発動させられるようだが、やはり完璧に制御はできないのだろう。
 発生する氷はあの日見たものとは比べ物にならないほど小さかった。

「遠慮はいらない。すべてをぶつけるつもりで放ってごらん。仮に暴走したって、あたしの結界魔法で抑えてあげるよ」
「で、ですが……」
「いいから」

 これまでの結果を知るロミーナには戸惑いがうかがえる。
 王国でも名のある魔法使いたちでさえ、氷魔法の暴走を止められなかったわけだからな。無理もないか。
 しかし、イルデさんの言葉を信じたのか、ロミーナは再び集中を深めていく。
 案の定、ロミーナの魔力によって生みだされた氷は少しずつ巨大化していき、やがて氷山のようなサイズにまで成長する――が、ロミーナが苦しそうな表情をした瞬間、氷が無造作に動き始めた。
 再び暴走させてしまったのかと思わず身構えるが、次の瞬間、氷の固まりが丸ごとバリアのようなもので包まれる。

「「「「「おぉ⁉」」」」」

 周りで見守っていた人たちから歓声があがった。

「いい魔法だ。魔力量も常人のそれを遥かに凌駕りょうがしている。一流になり得る資格は十分にあるようだね」


 イルデさんは宣言通り、ロミーナの氷魔法を自身の結界魔法によって抑え込んでいるようだ。
 おまけにロミーナの魔法の才能を手放しに褒めるくらい余裕がある。
 さすがは原作【ブレイブ・クエスト】にて公式チートの呼び声高い有能スポット参戦キャラだ。こんな凄い人がうちの領地内で自由に魔草を採集できる代わりに、こうして助っ人として手助けをしてくれるなんて……コスパよすぎない?
 まあ、本編での扱われ方を見ても彼女を全面的に信用するのはちょっと怖いが、これだけの実力者がそばにいてくれるのは本当に心強い。

「今ならこれ以上君の魔法は暴走しないよ。ほら、制御するためにまずは意識を集中させるんだ」
「わ、分かりました」

 戸惑いながらも、ロミーナは指示通りに目を閉じて意識を集中。
 すると、少しずつだが彼女が魔力で生みだした氷の塊は小さくなっていく。

「上出来だ」

 満足そうに頷くイルデさん。
 しかし、一体どういう仕組みなんだ?
 首をかしげていると、すぐ横に立っていたパウリーネさんが語り始める。

「そうか……一度発動した氷魔法は魔力の暴走でどんどん大きくなり、やがて人を傷つけてしまう。その不安があったからお嬢様は集中することができなかったのか」
「えっ? そ、それって……」
「あのように第三者が氷魔法を封じている間なら、魔力の制御に意識を向けられる。ロミーナ様ならば、それが可能だ」

 つまり、制御できなかった一番の要因は発動したことによって誰かが被害を受けるかもしれないと気になって、集中できていなかったからというわけか。
 けど、パウリーネさんの言うように、ああやって氷魔法を抑え込んでおけば、ロミーナは魔力制御に集中できる――と、思われたのだが、事態はそう簡単に解決するようなものではなかった。

「あう……」

 突然、ロミーナは膝から崩れ落ちた。
 それと同時に氷もすべて消え去ってしまう。

「「「「「ロミーナお嬢様⁉」」」」」

 同行していたペンバートン家の使用人たちが駆け寄ろうとするも、それに気づいたロミーナは顔を上げて気丈にも笑顔を見せた。

「大丈夫よ……軽くめまいがしただけだから」

 みんなに心配をかけまいとするロミーナ。
 氷が消えた瞬間はうまく制御できたのかと喜んだが、どうも魔力が尽きかけていたのが原因で自然消滅したらしい。

「今日のところはこんなものでいいんじゃないかな。初めてにしては上々の結果だよ」

 これを見て、イルデさんも特訓の終了を告げた。
 しかし、ロミーナは納得してないようだ。

「す、少し休憩をしたらもう一度……」
「それは許可できないねぇ。そんなに焦る必要もないじゃないか。どうせ今日からこの屋敷で暮らすのだろう?」
「え、えぇ」
「魔法をきちんとコントロールしたければ体調管理も万全にしておくものだよ。そういうわけだから、明日に備えて休むんだ」
「……分かりました」

 イルデさんの言う通りだな。
 パルザン地方にいる間は、彼女に何かを強要するようなマネはしない。原作と同じく悪役女帝となってしまわないように穏やかで平和な日々を過ごしてもらいたいと俺は考えている。そのためには、やっぱりあの氷魔法の制御は欠かせない。
 魔女イルデの実力は原作通りだ。ここは彼女に任せておくのがベストだろう。

「ロミーナ、大丈夫?」
「アズベル……平気よ。でも、ちょっと疲れちゃった」

 額からは玉のような汗がしたたり落ち、息も荒い。
 無理もないか。
 ここに来てすぐに氷魔法の制御をしているわけだし、急がずとも、これから徐々に慣れていけばいい。
 ……俺も可能な限り協力をしていきたいな。
 ロミーナと話をしていると、視界のはしにイルデさんへ近づく女性の姿を発見する。
 あれは……パウリーネさん?

「先ほどの無礼な振る舞い……申し訳ない」

 そう言って、イルデさんに対し深々と頭を下げたパウリーネさん。
 どうやら疑いを持ったことについて謝罪をしているようだ。

「問題はないよ。理解をしてもらえたのなら、これ以上何も求めはしないさ。それに、君の仕事の都合上、あたしのような人間を疑うのは職務に忠実な証拠だ」
寛大かんだいな心遣いに感謝いたします」

 ふたりは握手を交わして和解成立。嫌なわだかまりが残らなくてよかったよ。
 それから、ロミーナの荷物をうちの屋敷内へ運び込む作業が始まった。父上も母上も妙に張りきっているが……公爵家に名前を売り込むチャンスと思っているのかな。あんまり効果はなさそうだけど。
 ともかく、これにてロミーナ移住の準備は整った。彼女以外にも、近衛騎士のパウリーネさんや専属メイドさん数人がうちに滞在する予定となっている。

「改めて、今日からよろしくね、アズベル」
「こちらこそ」

 沈む夕日を背景に、俺とロミーナはこれからの生活を想像しながら笑い合うのだった。

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