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選ばれし家族。
しおりを挟む春の風が城の庭を撫でていた。
ユージンは剣を振り、笑いながら転んだ。
ユリアスはその姿を見て、そっと手を差し伸べた。
「立てるか?」
「うん、だいじょうぶでしゅ!」
その笑顔に、彼は何度も救われていた。
記憶はまだ戻らない。
でも、心は確かにこの子を“息子”と感じていた。
シルビアは、変わらず侍女として振る舞っていたのだ。
だが、彼女の手の温もり、紅茶の香り、焼きたてのパン。
それらが、彼の心に静かに染み込んでいた。
「シルビア、君は俺にとって、何だったんだろう」
彼女は確かに何時も側に居てくれた。
「王太子殿下にとって、私は侍女です」
いいや、笑い声や君の香りそして、立ち振る舞いに
覚えがある。
「でも、君の瞳を見ると、胸が熱くなる。
君の焼いたパンを食べると、涙が出そうになる」
彼女は黙っていた。
妖精王との契約が、言葉を封じていた。
でも、彼の心は、もう答えに近づいていたのだ。
ある夜、ユージンが眠ったあと、ユリアスは静かに語った。
「俺は、君とユージンを選びたい。
記憶が戻らなくても、心が覚えている。
それだけで、十分だと思うんだ」
シルビアは目を伏せた。
「本当に、そう思ってくださるのですか?」
「思っている。君とユージンが、俺の家族だ。
誰に何を言われても、俺はそう信じる」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
窓の外に、虹色の光が一瞬だけ揺れた。
妖精王が、契約の終わりを告げたのかもしれない。
翌朝、ユリアスは目を覚ました瞬間、涙を流した。
「思い出した。君の声、君の手、君のすべて」
シルビアは微笑んだ。
「おかえりなさい、ユリアス様」
ユージンが駆け寄ってきた。
「おとうしゃま、どうしたの?」
「何でもない。嬉しいだけだよ。
君と、おかあしゃまに会えて、本当に良かった」
その日、ユリアスは正式に宰相に告げた。
「私は、シルビアとユージンを家族として迎えます。
これは、王族としてではなく、一人の人間としての選択です」
宰相は深く頭を下げた。
「仰せのままに」
選ばれし家族。
それは、血ではなく、心で結ばれた絆。
記憶を越えて、愛が選んだ家族だった。
シルビアは、書斎で詩を綴っていた。
「妖精の涙は、誰かの孤独に触れたときに落ちる。
それは、赦しの前に流される、沈黙のしずく」
ペン先が止まり、彼女はそっと息を吐いた。
「この詩は、誰かの心に届くだろうか」
その問いは、答えを求めるものではなく、
ただ“灯をともす”ために綴られたものだった。
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