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【はみだし番外編】※展開バレ有
お題【育てる】〜ハムになりたい〜
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「あんた、うちの子を自分色に染めようとしてない?」
その当の子──ギン、の母親がホラー作家であるオージュ・ウォゲに舌打ちをする。
不機嫌を隠そうともしない表情と冷ややかな目。それを見た常人なら普通は怯えたり謝ったりするようなものを、オージュは全く動じない。ギョロリと大きな眼で女を見る。
オージュとギンの母はちょっとした腐れ縁の長い付き合いである。が、どうもウマが合わないらしく昔から仲が悪い。今更、どちらかが不機嫌になって嫌われようが縁切られようが、どちらもどうでもいいと思っている。お互いに、恐れなどなかった。
オージュは、最近少し喋れるようになったギンに絵本を渡しに頻繁にギン宅に来訪していた。絵本のラインナップは、表紙を見るに、まぁ、少し……若干、おどろおどろしい作品が多く見受けられるような、気はする。
遠目から見て、黒地に赤い何かの絵が描かれているのがわかる『明らかにホラーな絵本』を広げながら、ギンはキャイキャイとご満悦だった。
「これとかは、ファンタジー可愛い作品だろうが」
ソファーの上に積んでいた絵本の一つ『桃色の猫が、とある森に生えた桃に恋する絵本』をオージュが母親に見せる。自らと同じピンク色の存在に心惹かれた、猫の可愛い物語。
「アイツ、こんなようなメルヘン作品を読ませそうじゃないか?」
オージュの言う“アイツ”とは、ギンの父親の事である。簡単に言うと『ギンの父親は強い武人なので、魔物討伐のために遠方に飛ばされました』である。
と、いうわけでそこから帰ってこないまま、かれこれ二年半ほどが経過している。
ギンは、その父親が遠方に行っている間に産まれた。その際、オージュが母親に何かしらのサポート、世話をしていた……が、オージュ曰く「母親のためではない。私はあいつとギン君のために動いていただけだ」と。
そう。オージュのその友人……の妻が、先程から険悪なオーラをぶつけてきている女だった。オージュは、友人の子であるギンを気に入っているだけなのである。
「大半はホラー絵本じゃないの! 人の子の趣味を悪くしないでくれる?!」
自分の子が、気色悪くて性格の悪いホラー小説家(兼・黒魔道士)に気に入られているのを本能で嫌がる母親のその態度は、そりゃあ自然なものだろう。
家に鍵はちゃんとかけているはずなのだが、何やら解錠魔法を使っているのか、気が付けばオージュは家に侵入してギンとコミュニケーションをとっている。
マイナーな出版社で肉々しいグロテスクなものや陰鬱としたホラーものを書いている、浅黒い肌で目付きが悪く、全身を黒いローブで覆っている怪しげな背の高い男。そんなもの、子どもの情操教育に悪いに決まっている。女は、とかくオージュを偏見の目で見ていた。
「あんたみたいな、マイナー趣味の可哀想な子になったらどうしてくれるのよ」
女はそうオージュを罵倒するが、彼は後に人気ホラー作家としてだいぶ、結構な売れっ子となる。オージュは、今はまだ“世間の好事家たちに見つかって”いないだけである。
「馬鹿だな、お前は。そんな簡単に私のような素晴らしくイイ趣味の人間に、そう易々となれるものか」
自らを卑下しているのか誇っているのかよくわからない言い草のオージュが「ほぉれ。この後、主人公はどうなると思う?」とギンが読んでいる絵本を指差して問いかける。
子供相手だからと変に高い声を出すこともなく、母親と喋る時と同じトーンで語りかけるのは、息子の友人に対しての敬意の現れである。
問いかけられたギンが「ゆぅじんに足をひっぱられて、はしから落とされまぅ」と答えたのを聞いて「マジでどんな絵本を読ませているんだコイツは」と、母親は心配になった。
「……おかあさん」
ギンが顔を母親の方に向ける。落ち着いた大人びた口調は、母親を真似したものである。
「わたしはオージュせんせぇには、なりましぇん」
「ほぅ」
それを聞いたオージュ自身が微笑む。オージュは基本的にギンの言動は何でも「愛しい」と思っており、高音で媚びることがない代わりに態度は甘々だった。
「わぁ、やったぁ。私のような立派な編集者になってくれるのよね? 作家さんと一緒に売れる小説を作るような!」
ギンの母親は、この世界の大手出版社で働く編集者だった。良く言えば『売れる小説を書かせる敏腕編集者』、悪く言えば『作家の個性を殺して言いなりに書かせる編集者』。
だから、オージュはギンの母親を邪険にしていた。その後者の方の肩書きを持つ女が、嫌いだった。小説はただ売れればいいのか? 売れない小説は悪か? と。──いや、悪か。悪だろうけどな。納得はしないが。
ついでに言うと、過去に自分が面白いと思った小説をこの女に紹介したら「でも、売れてないやつでしょ?」と断罪されたので、もうとにかく嫌いだった。
ちなみに、オージュはこの女が勤めていない別の出版社でデビューしている。
「いいえ、ちがいまぅ。わたしは……ハムになりまぅ」
「ハム?」
「ハム???」
表情が凍る母親と、ギンの謎の狂った答えに嬉しそうなオージュが声を合わせる。
「ギン君、なんでハムになりたいの?」
オージュが優しくギンに訊く。
「この絵本のハムくんと、おともだちになりたいと思いまぅ」
ギンが『ペラペラ ハムくん』という絵本を二人に見せる。風に飛ばされるペラペラなハム君が、あちこちで事件を解決する有名なほのぼのとした絵本である。
「そうかぁ、ギン君は大人になったらハムになりたいんだぁ」
オージュは笑いをこらえながら、ギンの頭を撫でた。
「ねぇ、お母さん? 君の息子……ハムになりたいってよ?」
「育て方を間違えた……!」
自分の冗談に対し、本気で絶望するユーモアが通じない母親を「つまらない奴だ」とオージュは哀れに思う。
「ハムはダメよ、ギン。ハムは誰かに食べられちゃうのよ? 逆に、あなたは『食べる側』……搾取する側にならなきゃいけないのよ?」
前言撤回。ギンの肩を掴みながら本気でそう心配する母親が面白い。
「ハムになるためには何をすればいいかな。まずは、ピンクのお洋服を着てみるかな?」
オージュの提案にギンが「なるほど」と、ハッとした顔をする。「おいやめろ」と、母親がオージュを睨む。
「でもギン君。君はこの前『アップルクエスト』を読んで『勇者様になる!』……と言ってなかったっけ?」
更にハッとした顔をするギンが可愛らしい。幼い子ども特有の【なりたい願望】。ギンは、ハムの前は「勇者になる」と息巻いていた。更にその前は看板屋さん、風見鶏。読んで魅力的だった本のキャラに、安易になりたがった。
「どうしよぉ……」ギンが悩む。
「つまり、ギン君はピンクの装備をして魔物を倒しながら木の看板に絵を描き、屋根の上で風に吹かれてクルクル回らなければいけないね……!」
ハム+勇者+看板屋+風見鶏、という事で適当に合成したギンの夢。
ギンは「オージュせんせぇ、天才……」と感激した。その横で母親が苦い顔をする。
「ギン? 城勤めの公務員か、作家か編集者以外は許さないわよ?」
前言撤回の前言撤回。夢のない母親だなぁ。つまらないなぁ、とオージュは他人事ながら凹む。
オージュ自身も、実は「我ながらアホな事を言っている」という自覚がある。本音を言うならば、ギンに言いたいのは「浮気者め。夢は一つに絞れ」と容赦ない言葉だった。
ハムも許す。風見鶏も頑張れ。しかし、片方に失礼なので、まずはどれか一つを極めてから……と思うも、まず「ハムを極める」と言いだしたら、さすがにどうしようと少し思った。
オージュが先程言った『合成夢』は、ギンの父親が言いそうなユルい発言を想定して言ったものだった。「アイツなら、こう言うだろうな」と、アイツと付き合いの長いオージュの演技。
アイツが言いそうなこれくらいの事をそう嫌がるのなら、やはりこの女はアイツとは気が合わないのでは? と改めてオージュは心配になる。
おおらかなアイツがいない状態で、こんな冗談の通じない夢のない女に育てられるギン君は大丈夫だろうか。
稀に割と本気で、善意からくる衝動からギンをさらって、自宅で世話をしたくなる。さらって、のびのびと育ててやりたいと思ってしまう。
オージュは目がギョロリと大きい、自身の元々の顔つきの怖さを自覚しているので、日頃はなるべく微笑むよう努めている。……のを忘れて真顔になってしまっていたので、慌てて口角を上げる。
「……あぁ、ギン君」
オージュがギンに再提案する。
「そんなになりたいものがあるなら、役者なんてどうだろう? アレはいろんなものになれる。変身できるよ?」
アイツ関係なく、自身の考えを伝えてみるが「役者なんて、売れるかどうかわからないそんなものなっちゃダメよ」と、案の定の難癖が入る。
「……売れる売れないで言うのなら、小説もそういうギャンブル要素が大きいと思うが?」
「おバカ。アレは『売れる必勝法やパターン』があるわよ。演技、と違って正解は導きやすいわよ」
──うるせぇなぁ。この女、マジでうるせぇなぁ。芸術に成功もクソもねぇよ勝手に評してんじゃねぇよ、無産が。金だけが目的なら、適当に体でも売って人生終えてろよ。
ホラー小説家としての陰険陰惨な思考や言い回しが、少し湧き出てしまった。
わかっている。この女の言うことを聞いたおかげで、貧困から脱した作家も数多くいる。「無産が」と吐いたが、その無産が創作者の生活を支えていたりしたりするのだ。無産は客観的に、他人事として作品を評してくださるのだ。無産は味方にして損はないのだ。多分。
自身が、嫌にプライドが高いだけだとは思う。本能で書きたいものだけをサッサと書くワガママ創作者が。
仮にもし、ギンがこの母親似に成長したら……果たして“アイツ”は嬉しいのだろうか、幸せなのだろうか。
「おかあさん、ハムやめたほうがいい?」
「勿論」
あぁ~、ほら。幼少期の可愛い戯言すら否定する、この母親よ。ギン君がしょげている姿が見えないのか。
「……というか、貴様。客人に対して茶も出さんのか」
オージュが、女に文句を言う。
「勝手に家にあがってきておいて、何その言い草は。誰が淹れるかボケ」
「ふっ……せめてもの、と台所に茶菓子を置いていた事に気が付いていないのか? その菓子に合う茶を入れろと言っているんだよ」
女が舌打ちしながら台所に行き、「あら。コレ、毎日行列が続いてて全然買えないヤツじゃないのぉ」と喜色ばむ。
「ギン君」
母親がいない間に、ぼそりとギンに話しかける。
「ハムになりたいのなら……では今度、ピンク色のブランケットでも持ってきてあげようか? それを体に巻けば、もうハムだよ。すっげぇ、ハム」
「ハム、なれる?」
「なれるなれる。ギン君、何にだってなれるよ」
ギンがフニャリと笑う。
アイツが言いそうな甘言を代わりに言ってあげているのか、自分自身の言葉なのか、オージュは少しわからなくなっていた。
後日。
ピンク色のブランケットを持って行くと、ギンは「オムライスになる!」と言いながら黄色い毛布にくるまっていた。
その当の子──ギン、の母親がホラー作家であるオージュ・ウォゲに舌打ちをする。
不機嫌を隠そうともしない表情と冷ややかな目。それを見た常人なら普通は怯えたり謝ったりするようなものを、オージュは全く動じない。ギョロリと大きな眼で女を見る。
オージュとギンの母はちょっとした腐れ縁の長い付き合いである。が、どうもウマが合わないらしく昔から仲が悪い。今更、どちらかが不機嫌になって嫌われようが縁切られようが、どちらもどうでもいいと思っている。お互いに、恐れなどなかった。
オージュは、最近少し喋れるようになったギンに絵本を渡しに頻繁にギン宅に来訪していた。絵本のラインナップは、表紙を見るに、まぁ、少し……若干、おどろおどろしい作品が多く見受けられるような、気はする。
遠目から見て、黒地に赤い何かの絵が描かれているのがわかる『明らかにホラーな絵本』を広げながら、ギンはキャイキャイとご満悦だった。
「これとかは、ファンタジー可愛い作品だろうが」
ソファーの上に積んでいた絵本の一つ『桃色の猫が、とある森に生えた桃に恋する絵本』をオージュが母親に見せる。自らと同じピンク色の存在に心惹かれた、猫の可愛い物語。
「アイツ、こんなようなメルヘン作品を読ませそうじゃないか?」
オージュの言う“アイツ”とは、ギンの父親の事である。簡単に言うと『ギンの父親は強い武人なので、魔物討伐のために遠方に飛ばされました』である。
と、いうわけでそこから帰ってこないまま、かれこれ二年半ほどが経過している。
ギンは、その父親が遠方に行っている間に産まれた。その際、オージュが母親に何かしらのサポート、世話をしていた……が、オージュ曰く「母親のためではない。私はあいつとギン君のために動いていただけだ」と。
そう。オージュのその友人……の妻が、先程から険悪なオーラをぶつけてきている女だった。オージュは、友人の子であるギンを気に入っているだけなのである。
「大半はホラー絵本じゃないの! 人の子の趣味を悪くしないでくれる?!」
自分の子が、気色悪くて性格の悪いホラー小説家(兼・黒魔道士)に気に入られているのを本能で嫌がる母親のその態度は、そりゃあ自然なものだろう。
家に鍵はちゃんとかけているはずなのだが、何やら解錠魔法を使っているのか、気が付けばオージュは家に侵入してギンとコミュニケーションをとっている。
マイナーな出版社で肉々しいグロテスクなものや陰鬱としたホラーものを書いている、浅黒い肌で目付きが悪く、全身を黒いローブで覆っている怪しげな背の高い男。そんなもの、子どもの情操教育に悪いに決まっている。女は、とかくオージュを偏見の目で見ていた。
「あんたみたいな、マイナー趣味の可哀想な子になったらどうしてくれるのよ」
女はそうオージュを罵倒するが、彼は後に人気ホラー作家としてだいぶ、結構な売れっ子となる。オージュは、今はまだ“世間の好事家たちに見つかって”いないだけである。
「馬鹿だな、お前は。そんな簡単に私のような素晴らしくイイ趣味の人間に、そう易々となれるものか」
自らを卑下しているのか誇っているのかよくわからない言い草のオージュが「ほぉれ。この後、主人公はどうなると思う?」とギンが読んでいる絵本を指差して問いかける。
子供相手だからと変に高い声を出すこともなく、母親と喋る時と同じトーンで語りかけるのは、息子の友人に対しての敬意の現れである。
問いかけられたギンが「ゆぅじんに足をひっぱられて、はしから落とされまぅ」と答えたのを聞いて「マジでどんな絵本を読ませているんだコイツは」と、母親は心配になった。
「……おかあさん」
ギンが顔を母親の方に向ける。落ち着いた大人びた口調は、母親を真似したものである。
「わたしはオージュせんせぇには、なりましぇん」
「ほぅ」
それを聞いたオージュ自身が微笑む。オージュは基本的にギンの言動は何でも「愛しい」と思っており、高音で媚びることがない代わりに態度は甘々だった。
「わぁ、やったぁ。私のような立派な編集者になってくれるのよね? 作家さんと一緒に売れる小説を作るような!」
ギンの母親は、この世界の大手出版社で働く編集者だった。良く言えば『売れる小説を書かせる敏腕編集者』、悪く言えば『作家の個性を殺して言いなりに書かせる編集者』。
だから、オージュはギンの母親を邪険にしていた。その後者の方の肩書きを持つ女が、嫌いだった。小説はただ売れればいいのか? 売れない小説は悪か? と。──いや、悪か。悪だろうけどな。納得はしないが。
ついでに言うと、過去に自分が面白いと思った小説をこの女に紹介したら「でも、売れてないやつでしょ?」と断罪されたので、もうとにかく嫌いだった。
ちなみに、オージュはこの女が勤めていない別の出版社でデビューしている。
「いいえ、ちがいまぅ。わたしは……ハムになりまぅ」
「ハム?」
「ハム???」
表情が凍る母親と、ギンの謎の狂った答えに嬉しそうなオージュが声を合わせる。
「ギン君、なんでハムになりたいの?」
オージュが優しくギンに訊く。
「この絵本のハムくんと、おともだちになりたいと思いまぅ」
ギンが『ペラペラ ハムくん』という絵本を二人に見せる。風に飛ばされるペラペラなハム君が、あちこちで事件を解決する有名なほのぼのとした絵本である。
「そうかぁ、ギン君は大人になったらハムになりたいんだぁ」
オージュは笑いをこらえながら、ギンの頭を撫でた。
「ねぇ、お母さん? 君の息子……ハムになりたいってよ?」
「育て方を間違えた……!」
自分の冗談に対し、本気で絶望するユーモアが通じない母親を「つまらない奴だ」とオージュは哀れに思う。
「ハムはダメよ、ギン。ハムは誰かに食べられちゃうのよ? 逆に、あなたは『食べる側』……搾取する側にならなきゃいけないのよ?」
前言撤回。ギンの肩を掴みながら本気でそう心配する母親が面白い。
「ハムになるためには何をすればいいかな。まずは、ピンクのお洋服を着てみるかな?」
オージュの提案にギンが「なるほど」と、ハッとした顔をする。「おいやめろ」と、母親がオージュを睨む。
「でもギン君。君はこの前『アップルクエスト』を読んで『勇者様になる!』……と言ってなかったっけ?」
更にハッとした顔をするギンが可愛らしい。幼い子ども特有の【なりたい願望】。ギンは、ハムの前は「勇者になる」と息巻いていた。更にその前は看板屋さん、風見鶏。読んで魅力的だった本のキャラに、安易になりたがった。
「どうしよぉ……」ギンが悩む。
「つまり、ギン君はピンクの装備をして魔物を倒しながら木の看板に絵を描き、屋根の上で風に吹かれてクルクル回らなければいけないね……!」
ハム+勇者+看板屋+風見鶏、という事で適当に合成したギンの夢。
ギンは「オージュせんせぇ、天才……」と感激した。その横で母親が苦い顔をする。
「ギン? 城勤めの公務員か、作家か編集者以外は許さないわよ?」
前言撤回の前言撤回。夢のない母親だなぁ。つまらないなぁ、とオージュは他人事ながら凹む。
オージュ自身も、実は「我ながらアホな事を言っている」という自覚がある。本音を言うならば、ギンに言いたいのは「浮気者め。夢は一つに絞れ」と容赦ない言葉だった。
ハムも許す。風見鶏も頑張れ。しかし、片方に失礼なので、まずはどれか一つを極めてから……と思うも、まず「ハムを極める」と言いだしたら、さすがにどうしようと少し思った。
オージュが先程言った『合成夢』は、ギンの父親が言いそうなユルい発言を想定して言ったものだった。「アイツなら、こう言うだろうな」と、アイツと付き合いの長いオージュの演技。
アイツが言いそうなこれくらいの事をそう嫌がるのなら、やはりこの女はアイツとは気が合わないのでは? と改めてオージュは心配になる。
おおらかなアイツがいない状態で、こんな冗談の通じない夢のない女に育てられるギン君は大丈夫だろうか。
稀に割と本気で、善意からくる衝動からギンをさらって、自宅で世話をしたくなる。さらって、のびのびと育ててやりたいと思ってしまう。
オージュは目がギョロリと大きい、自身の元々の顔つきの怖さを自覚しているので、日頃はなるべく微笑むよう努めている。……のを忘れて真顔になってしまっていたので、慌てて口角を上げる。
「……あぁ、ギン君」
オージュがギンに再提案する。
「そんなになりたいものがあるなら、役者なんてどうだろう? アレはいろんなものになれる。変身できるよ?」
アイツ関係なく、自身の考えを伝えてみるが「役者なんて、売れるかどうかわからないそんなものなっちゃダメよ」と、案の定の難癖が入る。
「……売れる売れないで言うのなら、小説もそういうギャンブル要素が大きいと思うが?」
「おバカ。アレは『売れる必勝法やパターン』があるわよ。演技、と違って正解は導きやすいわよ」
──うるせぇなぁ。この女、マジでうるせぇなぁ。芸術に成功もクソもねぇよ勝手に評してんじゃねぇよ、無産が。金だけが目的なら、適当に体でも売って人生終えてろよ。
ホラー小説家としての陰険陰惨な思考や言い回しが、少し湧き出てしまった。
わかっている。この女の言うことを聞いたおかげで、貧困から脱した作家も数多くいる。「無産が」と吐いたが、その無産が創作者の生活を支えていたりしたりするのだ。無産は客観的に、他人事として作品を評してくださるのだ。無産は味方にして損はないのだ。多分。
自身が、嫌にプライドが高いだけだとは思う。本能で書きたいものだけをサッサと書くワガママ創作者が。
仮にもし、ギンがこの母親似に成長したら……果たして“アイツ”は嬉しいのだろうか、幸せなのだろうか。
「おかあさん、ハムやめたほうがいい?」
「勿論」
あぁ~、ほら。幼少期の可愛い戯言すら否定する、この母親よ。ギン君がしょげている姿が見えないのか。
「……というか、貴様。客人に対して茶も出さんのか」
オージュが、女に文句を言う。
「勝手に家にあがってきておいて、何その言い草は。誰が淹れるかボケ」
「ふっ……せめてもの、と台所に茶菓子を置いていた事に気が付いていないのか? その菓子に合う茶を入れろと言っているんだよ」
女が舌打ちしながら台所に行き、「あら。コレ、毎日行列が続いてて全然買えないヤツじゃないのぉ」と喜色ばむ。
「ギン君」
母親がいない間に、ぼそりとギンに話しかける。
「ハムになりたいのなら……では今度、ピンク色のブランケットでも持ってきてあげようか? それを体に巻けば、もうハムだよ。すっげぇ、ハム」
「ハム、なれる?」
「なれるなれる。ギン君、何にだってなれるよ」
ギンがフニャリと笑う。
アイツが言いそうな甘言を代わりに言ってあげているのか、自分自身の言葉なのか、オージュは少しわからなくなっていた。
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