赤と青のヒーロー

八野はち

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第二話 つまらない日常②

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 相変わらずの雨の中、久しぶりのいい体調のせいかのんびりしすぎてしまい、遅刻してしまった。1時間目の授業が終わり騒がしい教室の後ろのドアからこっそりと入り自分の席に着く。

「珍しいなお前が重役出勤なんて」

 席に着くなり話しかけてきたのは大島大志。小学校からの幼馴染だ。

「俺が当ててやる。隣の席の女の子と昨日いい感じになったのに興奮して、今日が楽しみのあまり夜あんまり寝れなかったんだろう」
「あほ。俺の隣星野だぞ。昨日のあれがいい感じに見えたのならお前は眼科へ行け。というかその星野はどこ行ったんだ?」
「さあな。星野さんは好きな時に来て、好きな時に帰るからな。自由奔放さ。1時間目の途中まではいたと思うけど」
 
 不思議なことに先生たちは星野に対して甘い。他の生徒なら停学や厳しく叱られそうなことをしても星野は仕方ない、といった風に強く叱る先生がいないのだ。一年のころはそうでもなかったと聞くが、二年になってからか特にその傾向が強く見られるような気がする。

 具体的には、先月、不審者を想定した避難訓練が行われた時、星野は避難する生徒たちとは逆方向に走りだし、不審者役の人のもとに一人で駆け付けると、バットを持った体育教師をのしてしまう、という暴挙にはしったことがあった。
 これはさすがに停学でもおかしくないと誰もが思ったが、のされた体育教師含め、先生たちは叱りこそするもののただの注意で済ませてしまった。
 うちの学校の先生たちは人格者の集まりなのかというと別にそんなことはない。どちらかというとうちの学校は規則にうるさく、つまらないルールで俺たち生徒はがちがちに縛られている。
 
 例えば男子はツーブロック禁止だったり、女子はスカート膝上禁止などだ。そんな校則になんの意味があるのか教えてほしいものだ。
 そんなことから星野はヤクザを味方につけている、や大金を学校に寄付しているなどのうわさが流れているが真偽のほどは定かではない。

 こんな厳しいルールを強いられていると、個性を押し殺し、型にはめられ息苦しいだけの日々の中、将来何の役にも立たないような、数年もすれば忘れてしまう勉強をこなすためだけに家と学校を往復するだけの毎日や、家に帰っても一人きりで自責の念に駆られるだけの毎日に一体何の意味があるのだろうか、なんて考える。
 
 そんなことばかり考えていると気づけば放課後になっていて、後ろの席から話し声が聞こえてきた。

「ねえ知ってる?あの噂。ネットの掲示板に載ってたらしいんだけどね、学校の近くに病院があるじゃん?そこの裏に廃ビルがあるらしいんだけど、その廃ビルの屋上から飛び降りると過去に戻れるらしいよ。なんかおじさんが落ちて消えたらしいの。で、死体もどこにもなくて跡形もなくきえちゃったんだってー。すごくない?」
「えー絶対嘘じゃん、それー」
「あ!あとね、隣町につながってる橋があるでしょ?あそこ深夜2時に覗き込んだら未来の自分に会えるんだってー」
「あんたそういうの好きねー」

 つまらない日常の中で、ちょっとした噂話さえも生徒たちにとっては格好の的だ。   
 だけれど、もし仮に戻れるんだとしたら、百憶分の一でも戻れる可能性があるのなら、どうせ無価値な命だ。試す価値はあるかもしれない。また、澪と母さんに会えるのなら。
 
 俺が盗み聞きした、というか聞こえてきた話に思いを馳せていると、噂話をしていた生徒たちは楽しそうに教室から出ていった。
 そういえば結局星野は戻ってこなかった。帰ってしまったのだろう。本当に自由なやつだ。俺もそろそろ帰るか。

 窓の外を見やると朝と変わらぬ空模様に、鬱陶しい雨がザーザーと降っていた。もうしばらく青い空を見ていない。

「翼!まだ残ってたか。俺も委員会の集まりがあって遅くなってよ。今から銭湯行こうぜ!そんでその後ラーメンだ!今日は気分いいから俺のおごりでいいぜ!そしたらこのじめじめした空気も幾分かましになるだろ」

 大志はいつもそうだ。俺の様子がいつもと違うときは、いつもこうして何かを察して俺を励まそうとしてくれる。恐らく今回は俺が夢の件や進路調査票の件で揺れていることを察してくれたのだろう。それとも俺の調子が悪く見えたのか。
 正直銭湯に行こうがラーメンに行こうが俺の麻痺して鈍った心では大して楽しむこともできない。でも気を紛らわす程度にはなってくれるかもしれない。大志はそれも承知の上で俺を気遣って誘ってくれているんだろう。

「おう、行くか」

 こんな泣きも笑いもしない朴念仁なんかとどうしてつるんでくれるんだろうか。
 大志には本当に、あの日からずっと支えられてきた。大志がいなかったら俺はとっくの昔に腐ってしまっていただろう。今の俺があるのは大志のおかげだ。
 それなのにいつかはお別れをしなくてはいけないことを考えるとこいつの悲しそうな顔が容易に想像でき、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
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