星見る神の仔は何を想う

Ray

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神殿にて

目覚め或いは生

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 私は昔から私が分からなかった。…いや、少し違う。途中から分からなくなってきた。
 物心がつく頃から本をよく読む子供だったのだと言う。小さい頃…それこそ、小学生の頃までは本を読めば、偉いね、と褒められた。私は別に本を読むことは苦ではなくて、寧ろ好きな方だったから毎日図書館へ通って飽きずに本を読んだ。図書館の本を全部読みきってやる、だとかそんな今考えれば阿呆としか思えないことを本気で思っていた。
 だけど、中学にでも上がればそれは何でもなくなる。本を読めば知識が増え、語彙が増え、難解な漢字だってスルスル読めるようになるなんて嘘っぱち。本の虫とまでは言わずとも、本を好んで読んでいた私は変に屁理屈に厭世的な思想を持つようになっただけだった。
 それに閉じ籠って、休み時間も帰ってからも本を読んでいてはクラスメイトと交流する事はほぼ皆無になるし、人気のアイドルだとか俳優だとか、そういうテレビでやっている事にも追い付けなくなる。気が付いた時にはもう遅くて、グループからポツリと外れてしまっているのは当然だった。
 だから、中学に入ってから本を読むことはぱったりとなくなった。それより、周りに合わせる事に苦戦していた。人が一を聞いて二できることが、私にはできなかったから。二、三を聞いてようやっと基本の一へといける。私は要領も頭もお世辞でも良くなかったから。だけど努力するのは何だか嫌で、そのくせ自分はできる筈なのに、と自分の事を棚に上げて周りを恨む。そんな自分を時々後ろを向いて目の当たりにして、嗚呼、嫌だな、死にたいな、とかそんな事を口の中で呟く。
 悲撃のヒロインでもないのに、自分はこの世界で不幸な人間なのだ、とかそんな事を考えてしまって、自分で自分を否定ばかりした。昔は違う。昔はよく笑って遊ぶ、プラスな人であったのに、気が付いたらそれとは真逆なマイナスな人となってしまっていた。
 いつからそうなってしまったのかだなんて幾ら考えても分からない。分からなかったから、せめて人なりにはなろうとして、右を見て、左を見て、そっくりそのまま真似をする事にした。そうすれば気が楽だった。そうすれば自分は間違えていないのだ、と安心できた。
 一度こんな事があった。授業中に先生に聞かれて、嗚呼、これは知っている。他の人は知らなくて、私は知っている。そんな優越感にも似た感情のままに話した事がある。実際、それに答えられたのは私だけで…だけど、違った。先生は私の答えに違うよ、と言った。その後に正しい答えを言って、同級生クラスメイトもそうなんだ、と言った。凄い、と向けられていたその目は忽ちに何だ、違ったのか、という冷ややかな目となっていた。
 先生は悪くなんてない。教える者として正しい事を言っている。だけど、私のプライドのような…下らない自尊心じみたものが、がらがらに崩れて、最後には恥ずかしいというそんな思いのまま胸の奥にずしりと残った。
 先生のその言葉に何て答えたのかだなんて覚えていない。覚えているのは、笑っていた事だけ。恥ずかしさから、頭をぐちゃぐちゃにするものから逃げ出すために、誤魔化すために、いつもより大きな声で出鱈目に笑っていた。
 そんな事が何回かあった。一回やれば馬鹿でも分かる筈なのに、それでも私は何度かそれを繰り返して、その度に何度も自分に嫌悪した。結果、私は間違える事が怖くなった。答えのある数学は安心できて、答えのない国語は怖くなった。間違っているのかもしれない。以降、そんな事ばかりがいつだって私の頭を占領するようになった。私は…もうあんな思いはしたくない。そう思うようになった。
 あんな思いをしたくないから。だから、右を見て、左を見て、間違えないようにした。だけど、間違えていない、と思っているのは自分だけで、きっと私は同じになれていなかった。色の違う鳥のように、私は皆と同じにはなれていなかった。

 特別な人間になりたい。自分が他の人にはない才能を持っていると誇示したい。そんな自分が嫌いだった。…違う、今も嫌いだ。
 できなければ怒られた。周りと違うと途端に不安になった。だから、できるように何とかするようにしていったのだけれど、周りに同化するように兵隊のように規則正しく同じであろうとしたのだけれども、次にぶつかった壁は高く厚いものだった。
 個性を持て、と言われた。
 周りに揃えろ、と言われていたのにその癖個性を持て、だなんて矛盾している。面接の問題でよくある「貴方の特技は?」とか「貴方はどんな人?」とか、そういう空白を埋めるためだけに私は何時間も時間をかけていた。適当に埋めればいいのに、違う、そんなのは私じゃない、だなんて思ってしまうから。下らない傲慢じみたプライドの塊が、皆と同じでありたい筈なのに、飛び抜けて自慢できる何かが欲しくなって、そう望んでしまっていた。だけれど、私にはそんなものなかった。なくなってしまった。
 どうしようもなくなって、八方塞がりになって。そうしたら、何だか“死”というものが素敵なものに見えた。まるで宝石のように身近にあって、だけど手を中々伸ばせない輝かしいもの。
 ネットで調べたら死ぬ方法なんて幾らでもあった。だけど、私はそれに踏み出す勇気なんてものもなかった。ないくせに死にたい、とその場凌ぎのように口に出して、だけど行動になんて移せない、そんな曖昧で嫌なもの。きっと私は生きたい、ツラい、と言う代わりに「死にたい」と、そう言葉を溢す。
 自分が自分を嫌になる。嫌いになる。死にたくなる。だけど…だけど……本当は。本当は──…


 †


 目覚めは大事だ。
 夢と現実の境目をゆらゆら漂い、そして目覚める時。その時に私の1日の気分は変わる。
 目覚めた時に頭が靄がかかったように気怠く、はっきりとしない時。それが良い。逆にパッチリと頭が嫌にクリアになって、身体が軽い時。その日は駄目だ。人は多分、それは逆なのだと言うと思う。だけれど、私にとっての基準はそれだった。
 頭が嫌にクリアになっている時はいけない。嫌な事ばかりが、もう過ぎ去った瞬間瞬間が頭を過り、馬鹿みたいに受け止めて苦悩してしまう。だから、何も入り込めないくらいの靄かかった時がいい。ひとつの事を単純に考えられるから。

「──…ぁ、」

 声を溢す。熱の籠った身体に溜まったあついものを吐き出すように浅い呼吸から深い呼吸へと切り替えるその狭間に音を乗せる。
 起きる時、目を開けても周りのものはぼんやりとして見える。ピントを合わせるのを失敗した壊れたカメラの向こうに見える景色にそれは少し似ている。
 目覚めはだった。眩しいまでの、いっそ脅威的なまでの真っ白。
 未だぼんやりする意識の中で此処はどこだろう、と考える。直前の記憶を辿っても靄がかかったように思い出せない。頭に靄がかかっているから良い日なのだと思えば、身体は嫌になるくらい軽い。良い日でも悪い日とも判断がつかない。それは初めての事だった。
 何処。
 そう言葉にしようとした口はひゅっ、と息を出すばかりで声なんて出ない。喉がからからに渇いているわけではないのに、初めから喉にそんな機能はないとばかりに声を出すことが出来ない。さっきまで声は出せた筈なのにどうしてか出せないのだ。
 ならば身体を張ればいいのだろうか。横になっていた身体を起こして、腹に手を当て、大きく息を吸ってみる。肺に息をめいいっぱい吸い込んで、喉を震わせて──…。

 駄目だった。
 何度声を出そうとしてもどうにも声は初めに出しきってしまった、とでも言うように空気をほんの少しでも震わす事すらできない。体育座りになったままはっきりとした意識の中、それでも曖昧な、ぼんやりとした視界を映す。
 視界は依然変わらず白、白、白…。
 嗚呼…、死にたくなる。
 白いばかりで何もない。時計もないから時間の感覚もない。自分が自分をはっきりと認識できない。人間は何もない真っ白な空間に長い間居ると精神に支障をきたす、と聞いた事がある。確か…感覚遮断の実験の一種だったと思うけれど…何だか何か考える思考も曖昧になってきて、次の瞬間にはさっきまで保っていた意識がふわふわと飛んで何処かへ行ってしまいそうだ。
 ツラい、終わりが見えない。嫌だ。怖い。…逃げたい。
 手を伸ばして何か掴もうにも空を切るばかり。目を閉じても瞼に白が映り込む。まるで、永遠にこのに囚われ続けるのではないか、とそう思ってしまう。
 終わりが見えないことは…それはきっと絶望に近い。人は終わりがあるから頑張れる。何か目標を持って、それを遂げようとする。それが終われば次の目標へと…。その目標が分からなくなってしまったり、なくなってしまうのも勿論恐ろしい。けれど、人には神から与えられたとされる死がある。だから、“死”という終わりを迎えられる。
 ならば、その“死”という終わりすらなくなる事が恐ろしいのか、と思えば…そうではないように思える。少なくとも、私にとっては置いていかれる事よりも、自分が置いていくよりも、怖いものがある。
 本当に恐ろしいのは忘れられる事──それこそが悪夢に囚われ続ける牢獄のようだ。

「ーーー  ーー ーーーーー」

 何処からか声が聞こえる。
 糸が折り重なるような細く、小さな声。だけど、それは引っ張っても切れない程強いもの。
 僅かに動く脳で何処かで聞いたその声をそっと思い出す。目を閉じて、重力すら曖昧な白い空間に沈むように記憶を掘り返す。

「ーー  ーーー」

 そして、水からあるものを探しだし、拾い上げたかのように思い出す。
 だから、口を動かし、必死に言葉にしようとする。

 ───嫌だ。
 その声は響かない。
 ───ツラい。
 その声は無言で返される。
 ───変わりたい。
 その声は自分の中で渦巻くばかり。
 ───逃げたい。
 その声に終わりはない。
 ───…死にたい。
 その言葉は赦されない。

「ーー  ーーーーーー  ーーー」

 その声が求めていることを私は知っている。知っていて、だけど我が儘を言う子供のように口に出したくなくて口を噤む。

 ───死にたい。
 代わりにその言葉を吐き出す。

「ーー  ーーー」

 ひとりは嫌だ。だけど、ひとりは好き。
 一人だと誰にも気を遣わなくていい。自分の好きなままに息をすることができる。だけど、一人だと途端に不安になる。何か良く分からないものに踏み潰されるかのようにぐるぐる嫌な事ばかりが循環する。人と話していれば気が紛れるそれも一人だとどうしようもなくなる。
 暗いところは好きだけど、同時に嫌い。
 真っ暗だと、自分という存在すらなくなるようで、嗚呼…世界は自分に何も求めていないのだと感じられる。だけど、それは“私”という存在がなくなるのと同じであり、だからこそ脚の先から冷えて冷えて…いつか私という人間が凍って氷像となりそうだった。
 ハッキリとしたものが好きなくせして、私という存在はいつだって曖昧で不透明だ。そんな自分に嫌気がさす。だけど、そんな自分を好きでいれるのは私しかいないから、私しか私を存在させられないから、だから、好きでなければならない。
 ──嗚呼…、神様……。どうか、そんな私を目覚めさせないで。
 目を閉じ、訴える。

「ーー  ーーーー」

 ハハッ、と渇いた笑いを上げる。声にも音にもならぬ笑いを溢す。
 嗚呼、本当に神様は残酷だ。それでいて自分勝手で、無邪気。何でもお見通しで、こんなちっぽけな私をそれでものだ、と言う。
 このまま殺していてほしいのにそれを赦してなんてくれない。何でも叶えて愛してやろう、と言うのに…死にたい、のだという望みだけは叶えられない。それだけは赦してなんてくれない。

「……かみさ…ま…」

 次は言葉が溢れた。


「わたし、を──たすけて…」


 死にたくて、死にたくて、死にたくて、私はいつだって死に魅入られる。
 自分が自分を嫌になる。嫌いになる。死にたくなる。だけど…だけど……本当は。本当は──私は…どうしようもなく、生きていたいのだ。


 ††


 目の前には藍の瞳。

「あら、おはよう。お寝坊さんね」
「嗚呼、そうだな。随分と長いこと眠っていた。もしやこのまま目覚めぬのかと思うまでよ」

 新雪より尚白く見える髪を揺らし、細めるその瞳は周りが明るいからか澄清ちょうせいを思い起こさせる。
 澄清。澄んだ清らかな空、曇りなんてひとつもなく晴れ渡る、そんな空。だから、清らかな世の中で何事もなく穏やかに治まる事を意味するらしい。…神様なのだからそれも案外間違ってはいないのだろうけれど。

「目覚めはどうだ」

 するり、と私の頬を、身体を、確かめるように滑らかな手が探る。

「かみ…さ、ま…」

 神様達の後ろから見えるのは木。大きな…大木。細い木々が寄せあって、集めあって、そうして造られたかのような木だった。
 あれは何だろうか、と思うより先にトクサのようだ、と思う。大木の葉の色は木賊とくさ色に似ていた。鈍い緑の色。前の世界ではあまり見かけなくなったトクサと同じように、この大木も雨が降ると色に深みを増すように見えるのだろうか。私は雨降りの、そして雨上がりの深い緑を見せるトクサがどうにも美しく見えて好きだった。

「…あら、気になるの?」

 そんな私の目線の先にあるものが分かったのか、腰まで届く長い白の髪を揺らした神様が私を抱えて大木を見せてくれた。

「これはね、世界樹よ」

 私がさっきまで居た場所はその大木の下だった。少し上を見れば、繭のように細く絡み合った枝が球体の形を型どっていた。それが僅かに破れ、私が居る。つまるところ、私は彼処から生まれ出たと言うことで……、待って。

「世界樹…?」

 世界樹。それは世界が一本の大樹で成り立っているという考え方のひとつ。天を支え、天界と地上、さらに根や幹を通して地下世界もしくは冥界に通じていると言われている。
 世界樹、というと…真っ先に思い出すのは、北欧神話。世界樹───ユグドラシル。巨大なトネリコの樹。それは世界の中心に生える神聖なもの。アース神族の国アースガルズヴァン神族の国ヴァナヘイム妖精の国アールヴヘイム人間の国ミズガルズ巨人の国ヨトゥンヘイム小人の国ニザヴェッリル或いは黒い妖精の国スヴァルトアールヴァヘイム霧の国ニヴルヘイム炎の国ムースペッルスヘイム死者の国ヘルの九つの世界が支えられているとされている。

「……、…」

 ユグドラシルの枝は遥か天高く伸び、それを支える3つの根ははるか遠い世界へと繋がっている、と言われているけれど…

「………ない」

 その枝は天を裂くようにして広がるけれど、その根は地面の遥か底を抉るように張るけれど、それでもその世界樹と呼ばれる大木は私の知っている世界樹とは違った。
 きっと、この木はどの世界へも繋がって・・・・なんて・・・いない・・・
 確信すらないのに、何故か自分の中でそう理解ができてしまって、同時に納得できてしまっていた。

「ふむ…、既に世界樹この木にそう大それた意味などあらぬよ。あるのは腐れ落ちた骸のように形を残す残骸のみ。あくまでこれ・・はこの世界を繋ぎ止めるが為だけに存在し、“接続”するがための機能の一部になっておるだけよ」

 何が楽しいのか神様が私の髪に指を滑らし、そしてくるりと巻き付けては遊ぶ。そんな手慰みのような事をしているのに、その発言はどうしてかあまりにだった。
 
「それを僅かにねじ曲げ、生み落とす。アレ・・は…言うならば、人を生み落とす果実だ」

 その藍の瞳はまるで猫のように細められていた。鼠を甚振いたぶり、そして殺さんとする猫の瞳だった。

「神様…」

 小さく言葉を口の中で溢す。続きの言葉はぽかりと開いた口からは出てこなかった。

「ク、フフ…その名も悪くはないが、」

 くるり、と身体を回される。腕の中から拐うようにして私を抱えて、そうして小さい子供を喜ばすように戯れる。髪の長い神様はそれに「あ、」と声を出したけれど、すぐに眉を下げてため息をひとつついた。慣れているらしい。

「儂はセローサだ」
「私はテヌースよ」

 ぱちり、と目が合う。

「セローサ…様、と、テヌース、様……」

 美しい名だと、そう思う。似た発音のこの声は何故だか似ているのに全く似ていない双子の神様にぴったりだった。

「あら、あらあら!  “様”付け何て!!」

 だと言うのに、目の前の髪の長い神様は──テヌース様はその藍の瞳をぱちり、とさせてから嘆き悲しむように声を溢す。それはまるで我が子に拒絶されたただの母のような悲惨な声だった。

「“様”付けならば、母様と呼んでちょうだい。私達の子」
「…え…、母様?」
「ええ、ええ。母様よ。貴女の母様よ」

 ぱちり、ぱちり、とお互いに瞬きをする。

「………」
「……?」
「……、…」
「………あら?」

 最後に二人揃って首を傾げ合わせた。

「フ、ククッ…フ、フフ。何をしておる。呆けた顔を晒しよって…ク、フフ」

 堪えきれなかったようで、私を抱えている神様──セローサ様はくつくつと笑う。その振動が諸にきて、思わず音を溢せば、ひょいともう一度抱え直された。そして、また笑う。私を降ろす気はないらしい。

「私…」

 どうやら笑いすぎて立つことを諦めたらしいセローサ様は地面に胡座をかいて座り込むと、その間にすっぽり私を置いた。腰に腕を回しているところを見るとやはり離す気はないらしい。試しに身じろぎをしてみれば、笑っていた筈の藍の瞳がスンと細められているのを見てしまって抵抗を止めた。止めれば、よしよしと頭を撫でられた。

「私……」

 向かい合う形で片手で髪を押さえながら、同じく脚を崩して座り込んだテヌース様は私の言葉に「あら、何?」と、返した。その手はにぎにぎと私の手を触っている。

「“おとし・・・仔”、だって…」
「ええ、そうね」
「この世界の人間じゃないって…」
「ええ、そうよ」
「……母様?」
「ええ、貴女の母様よ」
「私の両親は…人間、で…ッ」

 ひゅっ、と息をのむ。

「あら、なに可笑しな事を言っているの?」

 藍の瞳が…人形の瞳にカチリと嵌め込むような綺麗な硝子玉のように澄んだ瞳が私を見ていた。柔らかに細められているのに、その私を包む手は優しいのに、空気が、空気が──…

「貴女の母は私よ。他の…それに人間ですって?  ココ…、大変だわ。混乱しているのね」
「──…」

 忘れていた。忘れてはいけない筈なのに、どうしてか忘れていた。
 その精巧な貌、何一つ汚れを知らぬ笑み、純粋なまでの邪気のない転がっては必ず叶えられる言葉。
 神だ。神様だ。
 嫋やかに笑おうが、どれだけ人と似た見た目をしていようが、それでも彼女は神様。息の仕方を忘れてしまったかのように喉が嫌な音をたてる。唇が震え、どんどん脚の先から凍えていくような感覚に支配される。

「恐れないでちょうだい。怖がらないでちょうだい。私は貴女の母様よ。私にはよく分からないのだけれど、人間の母様は子供を護るそうよ。ね、私にも貴女を護らせてちょうだい」


 †††

 ───忘れられる事が怖い。
 まァ、よくある話ではありますが、それが自分にとっても一番怖いものだと思います。
 何もなくなる事が怖い。自分という、生きた証すらなくなるのが怖い。そうならない為に、人は何かしら…傷跡だろうが何だろうが自分の手の指の爪が捲れ落ちるまでに自分ができることを必死に残そうとするのだと思います。だって、そうしなければ自分が生きていた、というものすらなくなってしまうのですから。
 それは神にも言えることです。人に覚えられているからこそ、神は存在する。誰にも記憶に残らないならば居ないのと同じで、だからこそ存在すらできない。神話がなけらば神は居ないものとされるし、“居た”という事すら知らない、神社がなければ人は神を敬えない。まァ…今では形骸化していてあまり残ってはいませんが、ともかく、そういう事です。
 だから、わりとこの主人公───セリーヌの考え方やら性質は神に近いです。それを見抜いて神はそうしたのではなく、こればかりは気紛れと他の要因もあるのですが……これは本編で追々やっていく…と思います、多分。自分の気力が続く限りやるので。

 そんなわけで、お馴染みの小噺です。今回はうっかり半神になっちまったぜ、なセリーヌの事について話しましょう。何だかセリーヌの事しか話していない気がしますが、それはそれ。
 わりと面倒な性格で変に理屈めいた事をいうセリーヌですが、生前…と言うより前世では頭はあまりよろしくありません。多分、クラス順位で言うところの下から10番目辺り。凄く悪くはないけれど、担任の先生によっては苦言を言われるタイプ。
 なのに何故神話やら雑学についてはやたら知っているか、と問われれば普通に興味の問題です。自分の興味のある事にはめっちゃ詳しいけど、それ以外…それこそ勉学とかは無理なタイプ。意欲の方向が思いっきり偏る。それがセリーヌです。興味があれば自主的にやっていけるし、楽しいからできるけど、それがどうにも勉学には進まない……。あるあると言えばあるあるのヤツですね。良くも悪くもセリーヌは“普通”の人、というのを意識して書いています。
 わりと書いている作者ですら掴みづらい主人公ですが、その思考も信条もシンプルです。
 生きたい、ツラい、変わりたい、逃げたい、愛して、助けて。その言葉の代わりに「死にたい」と、口にする。そして、誰よりも生きるのが下手くそ。初めから生きるのが向いてなんていなくて、だけれど誰よりも生きようと足掻く者。
 生きたくないにしては明るいし、死にたいにしては何かを求めすぎてている。それが満たされる日が来るのかどうか、…は物語次第ですが、終わらない物語はないように、答えのない問題はないものです。いつかそれは見付かるでしょう。と、言うか見付からなければこの話が終わらないので、ゆっくりながら見付けていくと思います。
 つまるところ…単純に言うならば、セリーヌは半分は生きていたくて、もう半分は死にたいのです。生を望むからこそ死を求める。そして、皮肉な事にセリーヌは生きるのに向いていないくせして、誰よりも生きようとしている。矛盾していますが、その実矛盾はしていません。要は両方恐ろしく、両方恋い焦がれるように渇望しているのです。
 だからこそ、忘れられる事が怖い。何者でもなく、それが自分という存在が確立されない事が怖い。遠回しなもの言いが多いのもその反動です。自分を見つめ直したくなくとも、それが唯一自分だと認識するものだからこそ、それから逃れられない。遠回しながら、そういう過程を得てようやっと見つめる事ができる。そうでないと見つめられない。同時に恥があれば、死にたくなる。恥をかいて生きるくらいならば、選択肢として死ぬことを選ぶ。ほんな主人公です。
 そも、セリーヌは──…何だか此所まで話すと本編が薄っぺらくなりそうですね。セリーヌの詳しい説明は本編で書いていくとします。だから、小噺としてセリーヌについて追及するのはこれで最後です。
 何だか、メンドクセーと思った其所の貴方。そうです、取り敢えず何度も言っていますが、この主人公は面倒くさい性格だと覚えていてくれればそれでOKです。

 因みにこの目を覚ました時のセリーヌ、すっぽんぽんです。つまり、全裸。
  



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