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出会い編

陸 鏡の場合

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    学校の七不思議の一つ『鏡』。

    鏡と聞いて、「なんだ。家にいつも置いてあって、大して怖いものじゃないか」と、思う人もいるだろう。
    しかし、鏡とは本来、魔除けとしての役割を持っている。なんでも、鏡は入ってこようとする『魔』を反射してくれるかららしい。これは、古来からそう言われている。
    ついでにいうと、鏡を捨てる時、新聞紙に包んで鏡の上に塩をひとつまり置くでしょう?家によっては塩水で拭く。と、いう人もいるかもしれないが。ボクの家は、ひとつまりの塩を置く方法だ。まぁ、これは一つの風水でしかないけど…。

    あとは…鏡には魂が宿るとか言われている。だから、鏡を使って何かを占っていた。卑弥呼であれ、クレオパトラであれ。皆、鏡を使って何かを占ったりいろいろやっていた。
    日本の地獄の閻魔大王が持っていると言われている亡者の真実を映す浄玻璃鏡じょうはりのかがみであれ。魂が宿っているからだと思う。

    それと、これは絶対に絶対にやってはいけないこと。これを読んで興味本意でにやってはいけないよ。鏡に向かって繰り返し「お前は誰だ」と、聞くこと。「なんだ大したことじゃないじゃん」と、思ってもやってはいけない。何故なら、徐々に頭がおかしくなっていき最後に壊れて完全に狂ってしまうかららしい。これは、大戦中のナチスがユダヤ人に行った実験だ。人格をコントロールするゲシュタルト崩壊と言うらしい。
    そして、合わせ鏡も。鏡を合わせるとそれが霊道になってしまうからだ。
    あとは…鏡にはちゃんと上下があって、間違えて上下逆に使っていると寿命を吸いとられて早死にする。とか。


鏡はあの世とこの世を繋ぐ……とか。





    もう一度、言っておく。興味本意で絶対にやるなよ。取り返しがつかなくなる。





    と、まぁ話がだいぶ逸れてしまったね。
    取り敢えず、鏡は色々と言い伝えがあるというものだということ。

    これは、ひとつの鏡との話だ。













カチッコチ

4時41分

カチッコチ

4時43分


カチッ


──4時44分




───鏡の時間が始まる。











「……早く来すぎましたね」

    学校の廊下で妙に響いた黒炎の声。
    窓から見た外は、日がやっと出てきたくらいだ。

「でも、朝日を見たいですし…」

    ただ今の時刻、4時35分。

    ………。

    早く来すぎたにも程がある。と、いうかもはや早く来たというレベルではない。

    そりゃあ、綺麗な朝日は見れるでしょうとも。だって、4時だもの。

    そして、4時くらいによく校舎に入れたな。

    と、言うのも何故かこの学校にはアウトドアな人が何故か自然と集まる。先生もまた、然りだ。それが、何故、校舎に入れるということになるかと言うと、今日の黒炎の行動を順に追っていったほうが分かりやすいだろう。



     黒炎は、まぁ、朝日見たさにいつもよりちょっと早く家を出たわけだが、(本当に『ちょっと』と、いうレベルではない)学校の校門に行くと、いつものように先生が立っていた。

    ……。
    うん。可笑しいね。この時点で可笑しいよね。

    そして、いつものように

「おはよう」

    と、言った。

「おはようございます」

    と、黒炎も返した。

「あれっ?いつもより少し早いね。どうしたの?忘れ物?」

    いや、だから、『ちょっと』ってレベルじゃないって。突っ込めよ。

「いいえ。今日は天気がとてもいいので、朝日を見たくて。学校の屋上からだと綺麗に見えるのではないかと…」

「あぁ。なるほどね。確かにもうそろそろ朝日が見えるわね。気をつけて見てらっしゃい」

    いや、『なるほどね』じゃないよ。
    絶対に可笑しいだろう。

「はい」

    ……うん。いいお返事ダネ。



     瑞獣ずいじゅう学校には、アウトドアな人が集まりやすい。理由は全くもって分からないが、取り敢えず集まる。
    そして、そのアウトドアな人達──先生達も例外では決してない。むしろ、先生方のほうが生徒より凄いアウトドアだ。

    ある先生は、朝の眠気覚ましに八〇〇メートルある山を登ったり。
    ある先生は、町を一周走ってきたり。
    ある先生に至っては、寝る間も惜しいと思い、寝ながら走ったり、山を登ったり、取り敢えず動けるもはや人間技ではない特殊能力を身に付けてしまったり…。

    ……うん。
    アウトドアの域すらも軽く飛び越えて、全く違うことになって気がする。
    しかも、明らかに人間技ではないことをやっている人もいるし。



    校舎に入った黒炎だが、職員室に近い一階でも他の先生達にも挨拶をされ、返している。

    なんで、当たり前のように起きてるの?
    先生達、本当に人間?

    …………。
    うん。うん…もう、何も言わない。












「?」

    屋上へ上がる途中、黒炎はふと、三階の階段にある鏡が目に留まった。
    周りがぐるっと金の細かい装飾がされていてる。古そうだけれども、それが味になっているかのようなモダンな鏡。人が一人映せるくらいの大きさだ。

    普段はあまり気にしないはずなのに、何故かとても気になって、鏡の前に止まる。 


カチッ


    鏡の前に立ってみると、黒炎一人を優に映すことができるくらいの大きさだった。


カチッ


    いつもと変わらない自分の姿。特におかしな事はない。
    大きな鏡を久しぶりに見たからかどこか楽しくて、くるくると回ったりして、鏡に映った自分を見てみる。  


カチッ 


    無意識に鏡に手を触れた。
    鏡のひんやりとした冷たさが掌に伝わってくる。







カチッ






──4時44分





───さぁ、鏡の時間の始まりだ。





    急に鏡に映っている黒炎の首に小さな子が抱きついていた。
    真っ赤な瞳に光によって虹色に輝く髪を持った──

    ぱっと後ろを見る間もなく、鏡に触れていた手がまるで水の中に入るように鏡の中に沈むように引き込まれていく。



カチッ



    大きな鏡の前に一つ白いランドセルが落ちていた。












「……此所はどこですかね?」  

    呟くようにそう黒炎は言った。

──そこは、白い空間だった。
    白い空間の中心に机と椅子だけが置いてあり、浮いているように周り一面に柄、大きさ、古さ、それぞれ違う様々な種類の『鏡』があった。じっと見ているとどちらが右か左か、上か、下か分からなくなる。
    思わず鏡の国のアリスを思い出させるような、そんな場所だ。

「此所は、鏡の世界。ようこそ鏡の世界へこちら側へ

    男か女か分からない中性的な声だ。
    声のした方を見ると、さっき、鏡で見た子がいた。真っ赤な瞳に光によって虹色に輝く髪。男の子か女の子か分からない中性的な見た目。

「人間…じゃない?
    何者ですか?」

    どこか警戒したような声で黒炎は聞いた。

    しかし、その子は答えずに黒炎を白い空間にある椅子に座るように促した。
    黒炎が座ったのを確認すると、その子も黒炎の向かいの椅子に座った。

「まぁまぁ、落ち着いて話そうじゃないか。
    紅茶はいかが?」

    いつの間に用意したのか黒炎の目の前には湯気を立てた紅茶が置かれている。

「さてと、君の質問に答えよう。
    確かに俺は人間じゃない。
    この学校にある鏡、大体三、四〇年くらい前からここにいる。うん何千年くらい存在し続け、生まれた鏡の精。名はエス」

    紅茶を口に含み、コトリとソーサーにコップを置いて答えた。

「──しかし、そんなのは君も同じてはないか。





    半妖・・の黒炎?」

    黒炎は、答えずに紅茶に口をつけた。

「まぁ、半妖だと言っても黒炎に流れている人間の血は一〇〇分の一ぐらいだろうがな」

「………」

「だんまりか。
    まぁ、いいや。時間はたっぷりあるしね」

    と、紅茶を口につけながら言った。

「………に…………たい」

    ボソッと黒炎の声が聞こえる。

「ん?なに?」

    エスが聞き返す。

「…朝日。朝日見に行きたいです。時間がなくなってしまいます」

    ……。
    黒炎。ここまで来てそれを言うか?

「ん?」

    ほら、エスもどこか戸惑ってるよ。

「って、事でまだやりたいことがあるので帰って良いですか?朝日が見えなくなってしまいます。
    話すのでしたら、また明日」

    椅子から立ち上がり、入ってきた鏡に手を触れた──が、入ってきた時のように沈む感覚はない。ひんやりとした鏡の、冷たさしかない。

「帰さないよ」

    エスが、始めに鏡で見たときのように黒炎の首に抱きついていた。

「いや、帰してください。朝日が見たいので」

    …黒炎。

「帰さないよ。此所は、鏡の世界。俺の世界。
折角遊べるんだ。楽しませてよ。───一生」








「元の場所に帰してください」

    黒炎は、エスの血のように真っ赤な瞳をしっかりと見て言った。

「嫌だ。帰さないよ」

    眼を細め、にっこりと笑いながらエスも言った。

「帰してください」

「帰さない」

「帰してください」

「帰さない」

「帰してください」

「帰さない」

「帰してください」

「帰さない」



「……分かりました」

    黒炎は、エスとの言い合いを止め、





───不意にエスを抱きしめた。

「…!?」

    黒炎の突然の行動にエスは少し固まった。

    その瞬間、周りにある全ての鏡が鏡の部分だけ僅かに波立つ。 

    黒炎は、素早く動き、入ってきた鏡に目をつぶり飛び込んだ。
    さっきと違い、沈む感覚がして、目を開けた。
    元の階段の場所に戻っている。

    素早くランドセルを背負い、全力で残りの階段を上り、屋上へ走る。





「…逃がさないよ」

    鏡の世界でエスの声が静かに響いた。











    そこから、エスと黒炎の鬼ごっこみたいなのが始まった。
    エスは鏡の精だ。廊下や教室などにある鏡から現れ、黒炎を捕まえようとする。───しかし、黒炎は、口裂け女が驚くほどの足の速さだ。当然、追い付けることはできない。逆に追い付ける人がいるのならば教えてもらいたい。 





    黒炎が屋上へ着いた。
    エスは、鏡の精のため、反射させるものがないと現れることはできない。

    つまり、黒炎の勝ちだ。






「綺麗」

    空を見上げ、黒炎はそう一言だけ言った。

    炎のような朱色かかった青い空。そこに白い太陽が光を放ちながら輝いている。
    それに、昨日は雨が降ったからか、木々についている水滴が太陽に反射してキラキラと光っている。
    とても綺麗だ。





「……綺麗だ」

    黒炎を追って屋上に行き、屋上にできていた水溜まりに現れたエス。
    その赤い目を空に向け、朝日を見、そう一言だけ言った。

    久しく外の光景など見なかった引きこもりのエスが見たその光景は言葉では言い表せないほど幻想的で、それでいてただただ綺麗だった。そんな光景をバックに嬉しそうに太陽のように綺麗な金色の眼を細め、微笑みんだ黒炎もとても綺麗で。
    きっと、エスはその光景を忘れないだろう。











「ふふふふっ。
    本当に黒炎と一緒にいると楽しいな」

「そうですか?」

    コテンと首を傾げ黒炎はそう答えた。

「あぁ。楽しい」

    と、真っ赤な目を細め笑った。

「これをやるよ。また、遊びに来て楽しませろよ」

    と、虹色に輝く五ミリくらいの球体の付いているイヤリングを黒炎の右耳につけた。

「これは?」

「俺の鏡から作ったイヤリングだ。
    黒炎がいつでも俺のところに来れるし、俺からも黒炎のところに行ける」

    黒炎の耳につけたイヤリングを手で弄びながらそう言った。

「基本的に黒炎の髪で隠れるだろうし、俺たちみたいなのしか見えないし、守りの効果もある」





「じゃあ、また、遊びに来ます」 

    エスに手を振り、鏡から出ていった。





    こうして、黒炎はたまに鏡の世界へエスの元へ遊びに行っている。

    まぁ、大半、エスから黒炎のところに遊びに行くんだが……。

































 


















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