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第23話~やっとの想い~

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その日も玉は教会の礼拝堂で手を組み祈っていた。

神様、愛おしいあの人と逢わせてください。きっと彼は生きてます。

玉は、親族の勧めがありキリスト教の教徒となっていた。洗礼名はガラシャ。
親族は、長岡与一郎が亡くなっていると聞き、明日にでも玉が後を追うのではないかと心配し、自死を禁じているキリスト教徒になることを勧めたのだった。

5年前のあの日、政府の人間だと名乗った青木進と言う男が長岡の実家に現れ、「9月26日に宮城県沖で漁船が転覆しました。乗組員の長岡与一郎さんは見つからずお亡くなりになった可能性が高く。ご報告にお伺いました。もし…、もしですが、ソ連国の方がこちらにいらしたら長岡与一郎さんは仕事中に亡くなったと必ず言ってください。」と言い出した。
与一郎の母は、何故に与一郎が終戦後、間もなく漁船の仕事をしていたのか。何故、転覆したのか。何故、ソ連国の人間が詮索に来ることがあるのかと、青木に問い詰めたが、青木は遮り、「いいご子息さんでしたね。残念でした。が…。(遺体が)見つかっていないと言うことは、(生きてる)可能性があると言うことです。いいですか。くれぐれも長岡与一郎さんは亡くなったと周りには周知してください。」と言い、深々と頭を下げ帰って行った。
その頃、玉はあてもなく与一郎を捜していた。京、滋賀、大阪、兵庫と…。歩きに歩いて。
一か月ぶりに長岡の実家に立ち寄った時に与一郎の母からこの話を聞いた。
玉は与一郎が生きていることを確信し、二日後、玉は宮城県へ汽車で向かった。
一縷の望みである、宮城県・漁師のワードを基に捜した。漁港から漁港へと。
「あの~。すみません。」
「なんだべ。」
「男の人を捜していて、二十歳位に見え、小柄で、顔の額と鼻に傷がある人を見かけなかったですか。漁師をしているらしいのですが。」
「この辺じゃ、知らねえ。」
「そうですか。ありがとうございました。」玉の気落ちした声に、
「見つかるといいな。けっぱれ(頑張れ)。」と潮焼けした初老の漁師が励ました。
それから毎年のように宮城県へ与一郎を捜しに来たが、会えなかったし情報も無かった。
玉は、まさか、離島(江島)の漁港に与一郎がいるとは思わなかった。

「きーぃ。」教会のドアが突然開いた。
「神父様。勝手に入ってすみません。」
玉が振り向いたが神父ではなく。逆光の中、一人の男が立っていた。
「与一郎さん。」
「えっ。」
玉は余りの嬉しさに気を失っていた。

「与一郎さん、会いたかった。」
「俺もだよ。玉さん。」
二人は抱擁していた。
玉の夢の中で~。
気が付くと、玉はベットに横になっていた。
ベットの傍には男二人が椅子に座っていた。
一人は神父。もう一人は、小綺麗なスーツを着た全く知らない男性。
「玉さん。大丈夫ですか。」神父が心配そうに聞いて来た。
「すみません。寝ちゃって。大丈夫です。」
「何か。驚かしちゃった見たいで、すんません。」と男性が詫び、
「道を聞きに教会に入った者です。赤羽と申します。」と言った。
「私は明智玉と言います。」
「明智玉さん?さっき、倒れこむ前に与一郎さんと言ってましたが、もしかして長岡与一郎さんのことじゃありませんか。顔の額や鼻に傷のある。」
「そうですが、与一郎さんをご存じなのですか。」
「いや~。奇遇ですね。与一郎さん、元気にしてますか。」
「(私は)戦時中から会ってません。何時、与一郎さんと会っていたのですか。」
「一ヶ月ほど前に、東京の新橋の居酒屋で一人でぶつくさと桔梗丸の話をしてたら、与一郎さんが近づいて来て、私は桔梗丸の船員でした。と言い、桔梗丸のことを根掘り葉掘り聞いて来て…。話しているうちに何だか馬が合い、与一郎さんを俺が住んでいる下宿に泊めて朝まで飲みました。
お互いの色んな話をし、与一郎さんは明智玉さんと言う綺麗な許嫁がいると言う話を恥ずかしそうに言っていました。与一郎さんは明智玉さんに直ぐにでも会いに行きたいが、桔梗丸のことでどうしても知りたいことがあり、それを解決しないと将来への一歩が踏み出せない。と言ってました。そうですか…。まだ帰ってないのですか。大丈夫、必ず玉さんのところに帰ってきますから。」
「ありがとうございます。(与一郎さんが)生きていることが何よりです。私はいつまでも待ってます。赤羽さんは京都へは何をしにいらっしゃったんですか。」
「観光と言いたいところですが、仕事です。私は与一郎さんに会うまでは日雇い労働をして酒浸りの日々だったのですが、与一郎さんの将来の一歩を探す姿勢に感じ入り、日本の復興に向け金融面で何かできないかと思い、証券会社に入りました。与一郎さんには感謝しています。まさか…、しかし、仕事の途中で、与一郎さんが言っていた玉さんにお会いできるとは思ってもみませんでした。」と赤羽は笑っていた。
玉は与一郎が一歩一歩近づいて来ているように思えた。

玉は教会を出たところで赤羽と別れた。
その玉の姿を遠くからこっそりと見ていた男がいた。
玉が通りを歩きだすと、その男は玉をつけて行った。
玉は30分程歩き自宅に着いた。
玉が入った建屋は古風な平屋建てだが、近所でも大邸宅と言われるくらい立派な住まいであった。
建屋には玉の父母ともに戦時中に亡くなったため、それまでいた奉公人達には辞めてもらい、今では昼間は玉以外はお手伝いの中年女性が一人いるだけで夜は玉一人だけだった。
玉は正面の門をくぐり立派な和風庭園を通り建屋の玄関へ着いた。
扉を開けて、「ただいまー。教会から帰りました。」玉は、赤羽から与一郎の話を聞いたためか声が弾んでいた。
建屋の奥の方から廊下をパタパタと走っている音が聞こえてきた。
小太りで着物を着た中年女性が息を切らしながらも、きちんと座り頭を下げた。
「ふ~うっ。お嬢様、お帰りなさいませ。」
「小柄さん。わざわざ座って挨拶するのやめてください。」
「そうはいきません。20年も明智家に使って頂いているのです。止める訳にはまいりません。」
「それじゃ。小走りはやめてね。」くすっと玉は笑った。
「お嬢様、夕飯の準備が出来ておりますが、直ぐにお食べになりますか。」
「お風呂に入ってから食べますから…。小柄さん、今日はお孫さんが遊びに来てるのでしょ。早く帰ってあげないと。」
「お嬢様、お言葉に甘えても…、いいんですか?それでは、お風呂を沸かしてから失礼します。」
午後7時頃、小柄はウキウキと帰って行った。
その時、門の外では玉を尾行していた男と建物を見張っていた男が小声で話をした後、
暗闇の中に消えて行った。
街が寝静まった頃、野犬の声が聞こえた。
玉は今日一日色んなことがあり熟睡していたため、家へ勝手に人が入り自分の傍に居ようとは、思ってもみなかった。
玉の口が手で塞がれ、「シッ、静かにしろ。」知らない男の声がした。
玉の口を塞いでいる男は、もう一方の手でたまの胸を触り、もう一人の男は玉の両足をがっしりと掴んでいた。
玉は今日、神父が言ったことを思い出した。
「最近。この街で、一人住まいの女性の家に忍び込み強盗強姦をする二人組がいるらしいから、ガラシャ(玉)さん、戸締り等しっかりしてね。」
ああ。神様お助けください。与一郎さん。与一郎さん。助けに来て。
玉は舌を?みちぎって死のうと考えた。
あ~。神様、マリア様、自殺する私を破門してください。お許しください。
その時、部屋の電球が付き、足が軽くなったのを感じた。
玉の足を掴んでいた男が後ろから首根っこを摑まえられて、立たされ顔面に鋭い拳を受けころげ落ちた。
「玉さん。大丈夫ですか。」
「あっ、赤羽さん。」玉の目から涙が溢れてきた。
「(玉さんのことが)無性に心配だったので、深夜でしたが、神父に(たまさんの住所を)教えて貰い来ました。ちょっと待ってください。こいつらに仕置をしますんで。」
赤羽はもう一人の男の首根っこを掴み立たせた。
赤羽は最初に殴られた男が包丁を握っているのが分からず、もう一人の男に、「男の風上にも置けない奴だ。おしおきだべぇ。」と言い何度もそいつの顔を殴っていたが、赤羽の後ろから声がした。「野郎、死ねー。」、赤羽が振り向くと男が持っていた包丁を赤羽の腹に深く突き刺した。
「きゃーあ。赤羽さーん。」玉が大声で叫んだ。
「ぶすっ。ぶすっ。」男は更に二度、包丁を赤羽の腹に深く突き刺した。
「やめて。」玉は男を赤羽から放そうとしたが、
男は赤羽を蹴り倒し、玉の方を向き包丁で刺そうとしていた。その瞬間、
その男の後ろからすーと手が出、包丁の刃を素手できつく握っている男がいた。
「与一郎さん。」と玉はハッとして叫んだ。
そこには、包丁の刃を握ったまま、怒りの表情で仁王立ちしている与一郎がいた。
悪党の二人には、与一郎が着ていたスーツが徐々に鎧武者の格好に変わっていく姿が見えていた。
「何なんだ。お前は。手品師か。それとも幽霊…。」悪党らはわなわなと震え与一郎の殺気に縛られ全く動けないでいた。
与一郎は玉にうんと頷いた後、倒れた赤羽の首元を優しく抱きかかえ、「赤羽さん。長岡です。しっかりしてください。」と呼びかけた。
赤羽は血を吐きながら、「あっ。目の前に見えるぞ。桔梗丸だ。やはり、凄いや。」と嬉しそうに言った。赤羽の目には巨大な桔梗丸が近づいて来てるように見えていた。
「九鬼大佐殿、お久しぶりです。呉(工廠)でお会いしました赤羽です。桔梗丸に乗っても宜しいですか。」
幻想の中、九鬼や船員達もにこやかに頷いていた。
桔梗丸からゆっくりとタラップが降ろされ、赤羽は、「ありがとうございます。」と言い桔梗丸に乗船して行った。
与一郎や玉には全く見えなかったが、悪党二人にはその幻想的光景が見えていた。
悪党達は部屋の中を急に走り出しながら、「やめてくれ。」「助けて。」と叫んだ。
二人の脳裏の中では、二人は熱湯のような波打つ海から逃げ出そうとしていた。桔梗丸に必死にしがみついたが、百人程の兵隊に船の上から長い棒でつつかれ灼熱の海の底に落ちて行った。何度も、何度も。
そうしている間に与一郎と玉が見守っているなか、赤羽は安らかな顔で旅立って行った。
その傍らでは悪党二人は走りが止み、バタンと倒れた。
二人の心の臓は止まり、形相は恐ろしく歪んで、身体全体がケロイド状に焼けただれていた。

病室のベッドの中、長岡は昏睡状態が続いていた。
長岡は頭の中で、60年ほど前に玉の実家で起きたことを思い出していた。
あの日、俺は夜遅くに東京から汽車で京都に着いて、玉の実家を一目見ようとお屋敷の門についたが、街が閑散としているなか、大きな争う音が聞こえだ。心配になり屋敷に入ったところ、赤羽さんが血まみれで倒れ、玉は悪党二人に包丁で襲われそうになっていた。
赤羽さん、ありがとうございました。玉と長い間暮らせたのもあなたが身を張って玉を守ってくれたお陰です。
赤羽さんは、あの世で桔梗丸の方々と会えたのかなと思った瞬間、
長岡の脳裏で急に霧が出てきたと思ったら、たちまちにキレイに晴れてきた。
長岡は何故かどこか知らない埠頭に立っていた。
沖の方から巨大な船が近づいて来た。ゆっくりと。ゆったりと。
その船は桔梗丸だった。
107人の船員達を甲板に乗せて…。
みんな、長岡の姿を見て笑みを浮かべている。
桔梗丸が巨大な輸送船から織田信長が建造させた鉄甲船へと変化した。
それと同時に船員みんな水兵姿ではなく戦国時代の海賊の鎧武者姿になっていた。

埠頭にいる若い長岡が大きな声で手を振りながら叫んだ。
「皆さん、お久しぶりです。新人の長岡です。」
船の甲板から九鬼が答えた。
「長岡君、いや、細川の殿。お久しぶりでございます。」
長岡は60年程前に岩瀬から聞いた輪廻転生の話を思い出していた。
「某は九鬼水軍をまとめていました九鬼嘉隆でございます。細川家には関ヶ原の戦の折、恩義を被った大名の一人でございます。」九鬼は深々と頭を下げた。
「(九鬼)船頭、私が前世で貴方と数百年前に会っていた話は岩瀬少佐から聞きましたが、本当にそうなんですか。」
「貴方様の前世は細川忠興様に間違いござりませぬ。姿形、お顔の二つの傷までも一緒なのです。私は貴方(細川忠興)様へ大変な恩義がございました。その当時(戦国時代末期)、大名達は家を存続させるため、東軍の徳川方に御味方をするのか。西軍の石田方に与するのか迷っておりました。
当家も悩んだ末、某は西軍、倅の守隆が東軍に与し、家の存続を図ることになったのです。西軍は、大坂城内にある東軍に与した大名家の屋敷にいた妻子達を人質に取ろうとしたところ、細川家は敵につかまるのを良しとせず、凛と同行を拒絶し、細川ガラシャ様(細川忠興の妻)は非業の死を遂げられました。そのことがあり人質を取る西軍の計略も緩やかになったため数多くの大名の妻子達は逃げおおせたのです。倅の妻子も助かりました。このご恩に報いるため、今があると思い、卒爾ながらガラシャ様の実家(明智家)の家紋(桔梗紋)から巨船に桔梗丸と言う名前を付け、来たるときに備えておりましたが、桔梗丸が亡船、身共達は亡霊となり、現世で細川たま様、いや、ガラシャ様を津波からお助けすることができませんでした。八方を探しご遺体(ガラシャ様)を見つけ仙台の浜辺に安置しておりますので、暫くしましたら捜索の方に見つかることでしょう。」
長岡は、姿形全てが細川忠興になり前世の記憶が戻ってきた。
「九鬼殿、かたじけない。御礼申す。」
「奥様はお綺麗な方ですね。あたいが…。でなく、某が化粧をさせて頂きました。」三浦が低頭ひれ伏し言った。
忠興は、「三浦殿、痛み入る。」と頷いた。
「九鬼殿、あの時、家老の小笠原秀清へ『妻の名誉に危険が生じたならば、妻を殺し、全員殉じる(切腹する)こと。』と言ったことを後悔しておったが、まさか現世でも津波に巻き込まれ玉が亡くなろうとは…。」
「細川殿。ガラシャ様のご遺体に御霊が無く彷徨っておると思われます。(御霊が)見つかり次第、あの世にお連れしたいと思いますが如何でしょうか。」
「何から何まで痛み入る。」
「細川殿、それでは、お元気で。」
106名が口々に「お元気で。」と言い、桔梗丸の船底から法螺貝が鳴り響いた。

小笠原が会社へ珍しく一番に出勤していた。
「7時5分か。はやっ。ハア…。じいさん(顧問)、意識戻んないかな。仕事終えたら病院へ行こう。」
「ツルル。ツルル。」会社の電話の呼び出し音が静かな事務所に鳴り響いた
「ネクスコEASTです。」小笠原が電話に出た。
「仙台東警察署の杉山と言いますが、長岡与一郎さんはいらっしゃいますか。」
「長岡は入院していて会社におりませんがご用件は?」
「昨日、津波で行方不明となっていた長岡さんの奥様、玉さんと見られる方のご遺体が見つかりました。ついては、東松島市の市民体育館に安置しておりますので、ご家族の方にご確認をお願いします。」
「長岡は、先程も申しました通り入院し、意識が戻らなくて・・。確認しょうにも他に家族がいないのですが…。私は長岡の部下で小笠原と言います。長岡や奥様とは長年親しくさせて頂いております。私が確認に行きます。それでよろしいですか。」
「わかりました。ご確認をお願いします。」
小笠原は会社から1時間程車で走り市民体育館に着いた。
安置所には長岡の奥様のご遺体があった。
小笠原は恐る恐るご遺体に近づき一礼をして手を合わせお顔を覗き見ると、発した言葉は、「す・ご・く・き・れ・い。」だった。
着ていた服は汚れもなく綺麗で、肩まであった髪は十分にすいてあり、薄化粧もキレイにしているように見えた。80歳過ぎのおばあちゃんには見えない。どう見ても40歳代にしか見えない。
「間違いございません。長岡の奥様の玉さんです。」
警察官の方に見つかった状況について聞いてみると、「ご遺体は、仰向けにきちんと置いてあるかのように見え、胸に両手でしっかり巻物を握りしめていた。身体全体に大きな旗でやさしく包んであり、旗には桔梗の紋章が染めてあった。髪や顔も綺麗に整い、津波で流されたとは見えないため、他の事件で亡くなったのではと思った程だった。」と言っていた。

それから小笠原は、長岡が入院している病院へつらい報告をしに向かっていた。
(長岡)顧問に事実を伝えればいいのか。顧問は身体が動かないだけで、もしかしたら意識はあるのかも…。そんなこと(奥様が亡くなったこと)を言えば気落ちして死んじゃうんじゃないか…。出来ない…。車の中で自問自答を繰り返した。

病院の駐車場に車を入れ、足取りも重く、とぼとぼと歩き…病室へ着いた。
長岡が入院してから数度、挨拶を交わしたことのある看護師さんが、長岡の容態確認に来ていた。
看護師が小笠原に気づき、「小笠原さん、いつもお見舞いご苦労様です。長岡さんのことですが、昨日、長岡さんの体を拭きながら、天気がいいですね。桜は五分咲きですが綺麗に咲いてますよ。と語りかけたら、口元が笑ったんです。本当ですよ。」と、にこやかに話しかけてきた。
「良かっ…た。本当。良かった。」と小笠原は言いつつ半分心が沈んできた。
「長岡さんへ語り掛けてくださいね。きっとですよ。それではごゆっくりと。」
そう言うと、看護師が病室を出て行った。
小笠原は長岡が寝ているベットの傍に置かれた椅子に座り、長岡の近くに顔を寄せ、
「顧問、奥様が見つかりましたよ。今は津波でお身体を痛めているため、こちらにこれませんが、何日かしたら会えますよ。私がお連れしますから。」陽気な声でしゃべりかけた。
長岡は心の中で、この嘘つき。でもありがとう。と思っていた。
長岡の頭の中では目の前に玉がいた。
玉は手を振りながら長岡の方へ歩いて来た。
「ごめんね。遅くなっちゃって。」
「どうしたんだい。大震災後、自宅に帰ってみたら近くの殆どの家が津波で流されていて、途方に暮れた時、お隣に住んでいた大学生の美彩ちゃんがアルバム等が残ってないか探していたので、君(玉)の行方を聞いてみたら、地震後、美彩ちゃんが(美彩ちゃんの)おじいさんと一緒になった君(玉)と高台へ逃げていった時に、君(玉)は忘れ物をしたからと帰って行ってしまった。美彩ちゃんは強く引き留めるべきだったと後悔していたよ。忘れ物とはなんだい?身一つで逃げなきゃ。」
「貴方の大切にしていたもの…。仏壇に置いていた巻物を…。」
「いいのに…。」
「家に帰って巻物を手に取ったとき、津波がやって来て、あっという間に自宅毎流され、息が出来なくて意識がなくなり、目が覚めると身体が信じられないほど軽くなっていたわ。私は死んだことを理解したんだ。それから貴方に会いに行ったけど貴方は私が見えないみたいで…。この世に居たんじゃいけないと思い、教会で祈っていたところ、空を飛ぶ大きな船が現れ、その船に乗っていた九鬼さんから私と貴方の前世のこと。貴方の戦時中のこと。今の貴方が病気になり入院し意識がなくなっていることも全て聞いたわ。」
「そうか…。前世の時は、一人で(あの世に)行かせてすまなかった。今度は一緒に逝こう。」
「あなたは生きれるの。生きてください。」
「わしは十分に生きた。これからはお前とずうっと一緒に居たいんだ。それに、桔梗丸や仲間とあの世で楽しく過ごしたい。」
「いいの?」
「いいさ。共に逝こう。桔梗丸のみんなもきっと待ってるさ。」
小笠原の目の前で長岡の口元が笑った。最高の笑顔のように見えたと同時に長岡の命が尽きていた。
「顧問…。」小笠原は、そう言った途端、涙があふれて来た。
それと同時に小笠原にある記憶が脳裏に蘇ってきた。遠くの、ずっと遠くにある何世代前の記憶が。

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