ヒカリを、見にいこう

もち紬

文字の大きさ
1 / 1

ヒカリを、見にいこう

しおりを挟む


 
 ピピは、人魚の子どもです。
 海のずっとずっと深く、陽の光のとどかない、まっ暗な谷底に住んでいます。

 昔は人魚たちも、浅瀬の明るい海に住んでいたのです。
 けれど、陸の兄弟たちは乱暴で、ひっきりなしに戦争をしていますから、彼らのすむ地上はとうとう毒まみれになり、その毒は海まで流れこんで、人魚たちも浅い海を捨てねばならなくなったのです。

 ピピは目をさますと、巣穴からそっと顔をだしました。
 するりと岩の割れ目をぬけて、泳ぎだしました。
 ピピがたてる小さな波におどろいて、プランクトンたちが星屑のように光っています。そのまたたきに、薄っぺらいナイフのような小魚たちが食いつきます。その小魚を、猛毒の腕でクラゲがからめとります。そのクラゲを、影のようにしのびよった大魚が丸呑みにします。

 ピピは、この谷底で生まれました。
 わずかな光があれば、暗闇のむこうまで見通せます。プランクトンの光がまぶしいくらいです。尾びれを蹴って、しずかに泳いでいきます。上をめざして泳いでいきます。


 やがて、ふしぎなほど明るい光が見えてきました。
 ここはまだ、深い深い、海の底です。陽の光はとどかないはずです。
 けれど巨大なサンゴに守られたその街だけは、海のうえの世界のように、まばゆくかがやいているのです。

 人魚のすむ都です。

 冷たく暗い海の底で、あの場所だけは光に満ちています。
 海藻がたくさん生えます。生きものもたくさんいます。
 けれどあの街に住めるのは、ひと握りの強い人魚たちだけです。弱い人魚たちは、海の底のさらに深い谷底に、みじめな巣穴を見つけるしかありません。

 サンゴの壁のむこうから、門番がピピをにらみました。
 するどい銛の先が光りました。
 ピピは街に近づきすぎないよう、距離をとって泳いでいきます。

 
 街の光はやがて、闇の底に見えなくなりました。
 ピピは尾びれをとめません。
 首からさげたポシェットがピピのおなかで跳ねています。
 ポシェットには、小さな貝殻がひとつ入っています。青く光る、ふしぎな貝殻です。きのう巣穴の入り口で見つけました。
 貝殻を拾いあげたとたん、歌が、胸いっぱいにあふれてきました。
 古い歌です。
 どこで聞いたのか覚えていません。明るい海と、その上にひろがる海面をうたっています。海面は青色をしているらしいのです。この貝殻と、おなじ色です。

 巣穴の奥で、ピピは一晩中、貝殻をながめていました。
 そうして、決めました。
 海面を目指すことを。
 光を、見にいくのです。

 
 小さな尾びれで、ピピは泳ぎつづけます。
 ピピの腕はやせ細って、胸にはあばら骨が浮いています。尾びれはくすんで、ウロコがあちこち剥げ落ちています。もうずっと食事をしていません。お腹いっぱい食べたことが、生まれてから一度もありません。
 海面を見てどうするのか、ピピにはわかりません。
 ただ、見てみたいのです。人魚たちがしあわせに暮らしていた浅瀬の光を。その光のなかを、ただ泳いでみたいのです。


 気の遠くなる闇を、ピピは上だけを見て泳いでいきます。


 どれだけ泳ぎつづけたのでしょう。
 はるか頭上に、とうとう、ほのかな光が見えてきました。

 ピピの尾びれは、もうボロボロです。
 ひと蹴りするごとに、ズキン、ズキンと、はげしく痛みます。やぶれたヒレの隙間から、水がたくさん逃げていきます。
 それでもピピは、懸命に尾びれを動かしました。

 きらきらかがやく水面が
 すこしずつ、すこしずつ、近づいてきます。

 ふるえる胸から、歌があふれだしてきます。
 争いを知らなかった頃の人魚たちの、のんきでしあわせな、愛の歌です。

 明るい青い光が
 ぐんぐん、ぐんぐん
 近づいてきます。

 嬉しくて、しかたありませんでした。
 それは陸の毒で濁りきった光でしたが、暗闇しか知らないピピの目には、突き刺さるほど、まぶしく見えたのです。









しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

青色のマグカップ

紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。 彼はある思い出のマグカップを探していると話すが…… 薄れていく“思い出”という宝物のお話。

緑色の友達

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしあるところに、大きな森に囲まれた小さな村がありました。そこに住む女の子ララは、祭りの前日に不思議な男の子に出会います。ところが男の子にはある秘密があったのです……。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、貴様 二太郎様に描いて頂きました。

そうして、女の子は人形へ戻ってしまいました。

桗梛葉 (たなは)
児童書・童話
神様がある日人形を作りました。 それは女の子の人形で、あまりに上手にできていたので神様はその人形に命を与える事にしました。 でも笑わないその子はやっぱりお人形だと言われました。 そこで神様は心に1つの袋をあげたのです。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です* 最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

人柱奇譚

木ノ下 朝陽
児童書・童話
ひたすら遣る瀬のない、救いのない物語です。 ※デリケートな方は、閲覧にお気を付けくださいますよう、お願い申し上げます。 昔書いた作品のリライトです。 川端康成の『掌の小説』の中の一編「心中」の雰囲気をベースに、「ファンタジー要素のない小川未明童話」、または「和製O・ヘンリー」的な空気を心掛けながら書きました。

魔女は小鳥を慈しむ

石河 翠
児童書・童話
母親に「あなたのことが大好きだよ」と言ってもらいたい少女は、森の魔女を訪ねます。 本当の気持ちを知るために、魔法をかけて欲しいと願ったからです。 当たり前の普通の幸せが欲しかったのなら、魔法なんて使うべきではなかったのに。 こちらの作品は、小説家になろうとエブリスタにも投稿しております。

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

[完]水の底に沈む愛

あいみ
児童書・童話
ちいさな村に女の子がいました。 女の子には願いがあり、それは……。

処理中です...