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不遇な水魔法使い
11話 鉄人紳士
しおりを挟む「あうっ! い…、いきなり始まるのかあっ」
臨戦態勢を取ったアルジェントに驚きの声を上げる。都市魔法使いにして金属器の使い手。一方の俺は、魔法の詠唱に時間のかかる徒手空拳。この状況は、あまりにも不利だった。
「もちろん、ハンデも用意していいけどさ~」
フランがニマニマと笑いながら、こちらからアルジェントへと視線を移す。
アルジェントは優雅に髭を撫でながら、しかし厳しい口調で告げる。
「戦闘は、準備をしてから開始の合図を待つものではありません。脅威と対峙した時、『準備してなかった』などという言い訳が通じないことを、貴殿は身をもって知ったはずですが」
その言葉に、胸を突かれる。
「……っ!」
そうだ。あの強盗の夜、準備など出来るはずもなかった。それなのにサーシャは、しっかりと対処し、あまつさえ俺を守りながら戦った。敵が譲歩してくれるなどと、甘い考えは持てない。
「カイ殿」
アルジェントの声が、不思議な温かみを帯びる。
「今回の件、フラン嬢からは魔法戦闘の訓練も仰せつかっております。まずは貴殿の覚悟を示すと共に……」
その瞳に、戦士としての鋭さが宿る。
「ワタクシという脅威で、いつか来るかもしれない敵へと慣れていただきましょう」
アルジェントの全身が銅色に輝き、開いていた顔を埋めるように金属が流れ、仮面を形成していく。全身を覆う金属が、まるで生き物のように脈打つ。
その液体と化した金属の展開方法に、見覚えがあった。
「それって、サーシャが水でやっていたのと同じですね」
「ご明察です」
仮面越しの声が、どこか誇らしげに響く。
「サーシャ嬢に基本的な魔法戦闘を教授したのは、このワタクシ。レッスン1――『初手は遠距離攻撃で牽制をしろ』と」
パチパチッ、キラキラッ。
アルジェントの体を包む液体金属が、無数の粒となって周囲に広がる。月明かりに照らされた貴金属の輝きは、まるで星空のよう。こんな状況でなければ、その美しさに見とれていただろう。
「『散弾の金鉄』」
美しい幻想が、一転して凶弾の雨となる。
「うおっ!」
間一髪で回避する。日頃のトレーニングの賜物だ。
距離を取りながら、懐に手を伸ばす。水色に輝く球を一つ握る。これは水爆弾の魔法をカプセルで包んだもの。術式名を唱えるだけで即座に発動できる、サーシャと共同開発した護身用の道具だ。
あの一戦後、十個ほど作成して持ち歩いている。威力は通常より抑えめだが、人体に当たれば十分なダメージを与えられる。
しかし――。
戦争を潜り抜けた手練。無策な魔法は簡単に避けられ、弾を無駄にするだけだろう。それに全身を金属で武装した相手には、効果も薄いはずだ。
(スキを作って、あの金属を剥がさないと……!)
近くの鉄パイプを拾い上げ、とりあえずの牽制とする。
「そろそろ、作戦の立案は終わりましたかな?」
アルジェントの声には、どこか余裕が感じられた。
「すみませんね。……と、言うか意外ですね。もっと間髪入れずに攻めてくるものかと」
思わず本音が漏れる。
「結構、慈悲深いんですね」
その言葉に、横で机に腰掛けていたフランが楽しそうに笑う。
「カイ君~、アルジェントはそんなお優しい人じゃないよ~。待ってたんじゃない、もう終えていたんだよ」
突如、目の前に金色の光景が広がる。薄いモヤが立ち込め、やがて金に輝く檻を形成していく。
「えっ?」
「『金牢』」
アルジェントの仮面越しの声が、静かに響く。
「フラン嬢、あまり助言はなさらないでください。これはカイ殿とワタクシの闘い」
「は~い。でもフランお姉さんは優しいからね~。多少は助言するさ」
その場を離れようと鉄パイプを振るうが、モヤに触れた瞬間、動きが止まる。まるで沼にはまったように、抜けない。
(このままじゃまずい!)
左手の水爆弾のカプセルを取り出し、風魔法で浮かせる。人差し指をピンと伸ばし、手銃のポーズを取る。
「『水爆弾』!」
カプセルの中の水球が震え、回転を始める。そして金色の霧へと発射される。触れた瞬間、水弾は破裂。急膨張した水流が、文字通り金色の景色を雲散霧消させた。
カランッ!
解放された鉄パイプが、不快な金属音を響かせる。
「……ほう」
アルジェントの声に、僅かな感心が混じる。
「そのような隠し玉があるとは。見事です、カイ殿」
「お褒めに預かり光栄ですよ。マジで何も持ってなかったら、蹂躙するつもりでしたでしょう?」
「いえいえ」
仮面の向こうで、微笑んでいるのが分かる。
「ワタクシは貴殿の覚悟を確かめようとしているだけ。まだ戦闘は継続しています。油断なされませんように」
その言葉には、厳しさの中に不思議な暖かさが感じられた。
俺は鉄パイプを拾い上げ、構え直す。残弾は9発。水爆弾の存在もバレた。怯んでいる場合ではない。今度はこちらから攻めなければ。
だが、そのまま殴りかかっても簡単に躱されるだろう。あまりにも力量差が大きい、どうすれば……。
――ふと、手の中の鉄パイプが妙な存在感を放つ。
(なるほど、これだ!)
俺はカプセルを2粒取り出し、手に忍ばせた。
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