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25話・殺意の矛先
しおりを挟む驚いた嵐がソファーから飛び起きる。
「クソアマが殺される? なんでまた」
凛は嵐の隣に座り、ぽつぽつと話し始めた。元々色白な顔から更に血の気が失せている。
「さっき里枝さんと駅ビルのカフェに行ったの。そしたら、たまたま例のタトゥースタジオの人が来てて。せっかくだから、遠くから軽く心を読んでみたんだけど……」
まず、ゴツいピアスと指輪だらけの男は吾妻が通っているタトゥースタジオの店主で間違いなかった。店舗は駅の近くにあり、駅ビル内のカフェを利用すること自体は不自然ではない。だが、空いているテーブルが幾つもあるにも関わらず、男は席に着かずに立ったままドリンクを飲んでいた。
「その人、ずっとカフェの注文カウンターを眺めていたの。ドリンク一杯飲み切る間だからそんなに長くはないんだけど」
一人でテーブル席を占領することに引け目を感じるタイプなのかもしれない。手持ち無沙汰で何となく眺めているだけだと周りにいた客は思ったことだろう。凛は心を読み、男が何故カウンターを眺めていたのかを知った。
「カウンターの奥で作業している吾妻さんをじっと見ていたの。いつもなら接客する係なのに、今日は奥で仕込み作業してたから直接話せなくてがっかりしてた」
ここまでならば、せっかく立ち寄ったのに顔見知りと言葉が交わせず少々落胆しただけとも受け取れる。
「その人は吾妻さんのことばかり考えて、一緒に働いている店員さんたちを妬んでた。吾妻さんのことが好きで仕方がないって感じだった」
吾妻は長身痩躯の爽やかな好青年である。ものすごくモテるとは思っていたが、どうやら対象は女性だけに留まらなかったらしい。
「タトゥー屋の話はわかった。でも、それがなんでクソアマが殺されるって話になるんだよ」
「里枝さんが吾妻さんと親しげに話をしてたからだと思う」
カウンターで注文受付をしたのは店長で、たまたま来店した里枝に遅番スタッフ不足のためヘルプを頼んできた。奥で仕込みをしていた吾妻はそこで里枝の来店に気付き、自ら声を掛けたという。
「それだけで?」
「ううん、それだけじゃない」
少し離れたテーブル席にいた凛からは死角となって見えなかったが、カウンター近くに立っていた男からはよく見えたはずだ。吾妻が里枝に向けた嬉しそうな笑顔を。熱い想いを秘めた眼差しを。
凛は数秒ためらった後、言いにくそうに口を開いた。
「実は、吾妻さんが好きなのは里枝さんなの」
依頼を受けた日に直接触れて得た情報だ。依頼者の個人的な話だからと今まで黙っていた。
カウンターでのやり取りを見て、吾妻の気持ちが誰に向いているのかを男は悟った。殺人犯にとって、里枝はこれまで殺した四人の女性よりも邪魔な存在となってしまった。
「ってことは、タトゥー屋が殺人犯で間違いないんだな?」
「うん」
カフェで男の心を読んだ時、凛は怯んだ。
触れてはおらず、遠くから軽く覗いただけだというのに、ドス黒い感情の渦を垣間見て怖気付いた。憎しみと殺意が里枝に向けられていると気付いて身体がすくんだ。
「早く捕まえないと里枝さんが危ない」
焦りと恐怖で、凛から普段の落ち着きや冷静さが失われていった。里枝は単なる依頼人や紹介者ではない。内向的な凛に対し、積極的に関わろうとしてくれた。純粋に仲良くなりたいと言ってくれた。凛にとって、里枝はかけがえのない友だちなのだ。
殺人犯は里枝に狙いを定めた。
女性たちを殺めた罪で警察に逮捕してもらえれば一番だが、今のところ何ひとつ証拠はない。凛が心を読んだだけ。
「証拠になるかどうかはわからねえが、関係がありそうな場所はあるぜ」
「えっ」
嵐の言葉に、凛はパッと顔を上げた。
「安藤が聞いた呻き声がした日と吾妻に告白した三人が死んだ日が同じで、呻き声の発生元は嘉島不動産が管理してるレンタル倉庫だった。んで、昼間に嘉島社長に聞いてみたんだよ」
「社長に聞くって、なにを」
意味が分からないといった様子で問われ、嵐がにやりと口の端を上げる。安藤が見たら怯えそうな悪そうな笑みだ。
「レンタル倉庫の利用者と監視カメラの映像だよ」
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