【改稿版】 凛と嵐 【完結済】

みやこ嬢

文字の大きさ
27 / 46

25話・殺意の矛先

しおりを挟む

 
 驚いた嵐がソファーから飛び起きる。

「クソアマが殺される? なんでまた」

 凛は嵐の隣に座り、ぽつぽつと話し始めた。元々色白な顔から更に血の気が失せている。

「さっき里枝さんと駅ビルのカフェに行ったの。そしたら、たまたま例のタトゥースタジオの人が来てて。せっかくだから、遠くから軽く心を読んでみたんだけど……」

 まず、ゴツいピアスと指輪だらけの男は吾妻が通っているタトゥースタジオの店主で間違いなかった。店舗は駅の近くにあり、駅ビル内のカフェを利用すること自体は不自然ではない。だが、空いているテーブルが幾つもあるにも関わらず、男は席に着かずに立ったままドリンクを飲んでいた。

「その人、ずっとカフェの注文カウンターを眺めていたの。ドリンク一杯飲み切る間だからそんなに長くはないんだけど」

 一人でテーブル席を占領することに引け目を感じるタイプなのかもしれない。手持ち無沙汰で何となく眺めているだけだと周りにいた客は思ったことだろう。凛は心を読み、男が何故カウンターを眺めていたのかを知った。

「カウンターの奥で作業している吾妻さんをじっと見ていたの。いつもなら接客する係なのに、今日は奥で仕込み作業してたから直接話せなくてがっかりしてた」

 ここまでならば、せっかく立ち寄ったのに顔見知りと言葉が交わせず少々落胆しただけとも受け取れる。

「その人は吾妻さんのことばかり考えて、一緒に働いている店員さんたちを妬んでた。吾妻さんのことが好きで仕方がないって感じだった」

 吾妻は長身痩躯の爽やかな好青年である。ものすごくモテるとは思っていたが、どうやら対象は女性だけに留まらなかったらしい。

「タトゥー屋の話はわかった。でも、それがなんでクソアマが殺されるって話になるんだよ」
「里枝さんが吾妻さんと親しげに話をしてたからだと思う」

 カウンターで注文受付をしたのは店長で、たまたま来店した里枝に遅番スタッフ不足のためヘルプを頼んできた。奥で仕込みをしていた吾妻はそこで里枝の来店に気付き、自ら声を掛けたという。

「それだけで?」
「ううん、それだけじゃない」

 少し離れたテーブル席にいた凛からは死角となって見えなかったが、カウンター近くに立っていた男からはよく見えたはずだ。吾妻が里枝に向けた嬉しそうな笑顔を。熱い想いを秘めた眼差しを。
 凛は数秒ためらった後、言いにくそうに口を開いた。

「実は、吾妻さんが好きなのは里枝さんなの」

 依頼を受けた日に直接触れて得た情報だ。依頼者の個人的な話だからと今まで黙っていた。

 カウンターでのやり取りを見て、吾妻の気持ちが誰に向いているのかを男は悟った。殺人犯にとって、里枝はこれまで殺したの女性よりも邪魔な存在となってしまった。

「ってことは、タトゥー屋が殺人犯で間違いないんだな?」
「うん」

 カフェで男の心を読んだ時、凛は怯んだ。
 触れてはおらず、遠くから軽く覗いただけだというのに、ドス黒い感情の渦を垣間見て怖気付いた。憎しみと殺意が里枝に向けられていると気付いて身体がすくんだ。

「早く捕まえないと里枝さんが危ない」

 焦りと恐怖で、凛から普段の落ち着きや冷静さが失われていった。里枝は単なる依頼人や紹介者ではない。内向的な凛に対し、積極的に関わろうとしてくれた。純粋に仲良くなりたいと言ってくれた。凛にとって、里枝はかけがえのない友だちなのだ。

 殺人犯は里枝に狙いを定めた。
 女性たちを殺めた罪で警察に逮捕してもらえれば一番だが、今のところ何ひとつ証拠はない。凛が心を読んだだけ。

「証拠になるかどうかはわからねえが、関係がありそうな場所はあるぜ」
「えっ」

 嵐の言葉に、凛はパッと顔を上げた。

「安藤が聞いた呻き声がした日と吾妻に告白した三人が死んだ日が同じで、呻き声の発生元は嘉島不動産が管理してるレンタル倉庫だった。んで、昼間に嘉島社長に聞いてみたんだよ」
「社長に聞くって、なにを」

 意味が分からないといった様子で問われ、嵐がにやりと口の端を上げる。安藤が見たら怯えそうな悪そうな笑みだ。

「レンタル倉庫の利用者と監視カメラの映像だよ」


しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...