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第3章 就業時間外の過ごし方
25話・水汲み場の謎 2
しおりを挟む本殿の裏手にある山道は踏み慣らされて平坦になっているが、大人ひとり通るのがやっとの道幅しかない。こちらは表の境内と違ってゴミひとつ落ちていなかった。
「穂堂さん、こっちで合ってます?」
「はい。しばらく進んだ先に岩場があって、そこが水汲み場だったはずです」
先を歩く阿志雄が時折後ろを振り返って確認する。迷うような分かれ道はないが、何の案内板もないので逆に不安になるのだろう。穂堂は昔の記憶を辿りながら、懐かしい山道を一歩一歩進んでいった。
穂堂の言った通り、五分ほど登った先に岩場があった。苔むした岩場の中央に水汲み場があり、すぐ側には看板が立てられている。ここが『御霊泉』と呼ばれる湧き水であり、定期的に水質検査も行われていること、そのまま飲んでも問題ないことなどがきちんと書かれていた。
上段の岩の隙間に差し込まれた竹筒からチョロチョロと流れ落ちる水。下の岩場には何十年何百年かけて水に削られて出来た窪みがあり、そこに澄んだ水が溜まっている。
鍬沢は再びリュックからコップを取り出し、その水を汲んでみた。見た目では違いは分からない。意を決し、口に含む。先ほどとは違うキンと冷えた水に、鍬沢は目を見開いた。
「鍬沢、どう?」
「美味しいですか?」
二人が問うと、鍬沢はコップの中身を無言で飲み干してから口を開いた。
「味はありません」
「エッ」
「それは……」
まさかの『無味』。わざわざここまで来たのにハズレかと阿志雄は落胆し掛けたが、鍬沢の表情を見てそれが誤りであることに気付く。
「ほのかに土の匂いを感じますが嫌な感じはしません。ここまで口当たりの良い水は初めてです。冷蔵庫でキンキンに冷やしたみたいに冷たくて気持ち良い」
普段はダルそうで眠たげな表情しかしない鍬沢が目の前の水汲み場を見てキラキラと目を輝かせている。勧められ、阿志雄と穂堂も交替でコップを借りて飲んでみた。ひんやりとした水が何の抵抗もなく喉を通り、身体全体に染み渡っていくように感じた。
「澄んだ湧き水というのは味がしないんです。ミネラルが多く含まれる硬水はやや雑味を感じますが、ここの御霊泉にはそれが無い。口当たりがまろやかで、ものすごく飲みやすいです」
テンション高めに語りながらリュックを下ろし、鍬沢はタンクに水を汲み始めた。予備の折り畳み式タンクも取り出したところをみると、かなり気に入ったようだ。
「目的は果たせたみたいですね」
「ええ、鍬沢くんが嬉しそうで何よりです」
今回ここに来たのは鍬沢へのお礼代わりだ。目的の湧き水を無事に入手することが出来て、穂堂は安堵していた。
「それにしても、境内の看板は何だったんでしょう。悪質なイタズラでしょうか」
「イタズラで立てたって地元の人が見たらすぐバレるじゃないですか。そんなことする意味ありますかね?」
あの看板が指していた場所は一見水汲み場らしく作られていたが、出てきたのはただの水道水だった。恐らく元々境内にあった立水栓を改造してそれらしく見せていたのだろう。単なるイタズラにしては手が込んでいる。
ゴミだらけの境内。
綺麗な山中。
その差を目の当たりにして、穂堂は閃いた。
「……理由が分かったかもしれません」
「え?」
「帰る前にやらねばならないことが出来ました。阿志雄くん、鍬沢くん、付き合ってくれますか?」
阿志雄と鍬沢はすぐに頷いた。
【総務部 穂堂 徹】
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