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第4章 公然の秘密と謎の男
35話・最低な男
しおりを挟む「それで、今日はまたなんで駅前に?どこか出掛けてたんですか?」
狙われていたのは自分たちの会社だということに気付いた阿志雄は、更に情報を引き出すべく片桐に問い掛けた。彼女を追い詰めないよう穏やかな口調を心掛ける。
「……東京に行ってたんです。彼に会いに……」
「!その人、東京の人なんだ?」
「最初に会った時に名刺を貰って……。こんなことになってしまったから、彼に頼ろうと思ったんです」
嫌がる片桐に食品偽装を強要したのはその男だ。交際を餌に顧客を裏切る真似をさせられたのだから、解雇された彼女が男を頼るのは当然の真理と言える。
「いきなり東京まで?」
「何度電話しても繋がらなくて。仕事が忙しいって聞いてたので、とにかく彼の元に行こうと」
この時点でかなり怪しいが、精神的に追い詰められていた彼女は藁にも縋る思いで彼の勤め先の会社を直接尋ねた。
しかし、名刺に書かれている住所にその会社は存在していなかった。代表番号も不通、名前も偽名だった。
「わ、わたし、最初から騙されてたんですね。東京まで行ったのに彼の会社がどこにもなくて、電話も繋がらなくて、どうしたらいいか分からなくて」
「片桐さん……」
傷心のまま地元に戻って当てもなく歩いているところを穂堂に見つかり、今に至るというわけだ。
「なんだそいつサイテーだな!」
「阿志雄くん、言葉使い」
「……っと。でも許せないじゃないですか。利用するだけ利用して、片桐さんの気持ちを踏みにじって」
「それには私も同感です。許してはおけません」
阿志雄も穂堂も憤っている。
指示されたとはいえ悪事を働いたことに同情の余地はない。だが、こうして目の前で弱り切った姿を見てしまうと、彼女をここまで憔悴させた男が許せなくなる。
「しかし、今の話で分からなくなりました」
「え?」
「何がです?穂堂さん」
首を傾げる穂堂に、片桐と阿志雄が聞き返す。
「会社は架空でも、その男性が東京の人なのは間違いないですよね」
「え、ええ。たぶん」
既に一度騙されている片桐は自信なさげに頷いた。件の男が東京の人間だから何だというのか、といった表情だ。
「彼が狙っているのは我が社……株式会社ケルストでしょう?それなのに、なぜ東京支社ではなく本社を狙ったのかと思いまして」
「あっ……」
言われて初めて、阿志雄と片桐が声を上げた。
株式会社ケルストに嫌がらせをするのが目的ならば、近くにある支社を狙うほうが手っ取り早い。
しかし、男はわざわざ地方都市にある本社を狙った。片桐を説得するために行き来する労力を考えれば、それこそ割に合わない。
「本社に恨みを持つ者がいる、ってことですか」
「ええ、恐らく」
元々悪かった片桐の顔色が完全に青くなった。とんでもないことに関わってしまった、と恐ろしくなったのだ。
「片桐さん、その男性の特徴は分かりますか。写真などは?」
「あ、ええと……最初の街コンで、カップル成立記念に撮ってもらった写真なら」
一緒に参加した友人が撮って送ってくれた写真がある、と片桐はスマホ画面を見せた。
そこに写っていたのは、今より少しふっくらしている笑顔の片桐とジャケット姿の青年。田舎にはまず居なさそうな、洗練された雰囲気を持つ男だ。
「この写真のデータをいただいても?」
「あ、はい。送ります」
「ちょーっと待ったァア!!」
メールのやり取りをするため連絡先を交換しようとする穂堂と片桐の間に割り込み、阿志雄が自分のスマホを差し出した。
「片桐さん、オレにアドレス教えて!」
「は、はあ」
つい最近やっと穂堂と個人の連絡先を交換できたばかり。それなのに、会社のためとはいえ女性に連絡先を教えようとするとは。穂堂と片桐は年齢も近い。今回の件で彼女に同情して何かが芽生えられたら困る、と阿志雄は焦った。
代わりに自分が連絡先を交換することで、ふたりが親密になるのを防いだのだ。
だが、それ以前に阿志雄は忘れていた。
「こんばんは穂堂さん、片桐さんは……」
「しゃ、社長……!」
店員に案内されて個室に現れたのは、アルムフードサービスの女社長、有里村だった。
片桐を保護してこの居酒屋に入った後、穂堂がこっそり彼女に連絡をしておいたからだ。
「穂堂さん、ありがとうございます!このお礼はまた日を改めていたしますので」
「お気になさらず。片桐さんをお願いします」
「もちろん!……ああ、こんなに痩せて。片桐さん、とりあえずウチにいらっしゃい」
「社長ぉ……ごめんなさい……!」
さめざめと泣く片桐を連れた有里村が個室を出ていってから、阿志雄はテーブルに突っ伏して嘆いた。
──また有里村が穂堂と会う口実が出来てしまった、と。
【ARM社長 有里村 瑛里華】
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