【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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第6章 現在に繋がる過去

65話・縁《よすが》

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『行き場のない子どもを引き取る』

 美談にされそうな話だが、実際は違う。
 穂堂 薫ほどう かおるの代わりに『精神的な支え』として仕立て上げるために育てる。善意だけではなく打算込みの養育。

 そんな思惑があるとも知らず、幼いとおる翁崎おうさき家の人間によく懐いた。世話になっていることをきちんと理解し、我が儘を言わず、家の手伝いも積極的にやった。

 翁崎家の末娘・かなでは「弟が出来た!」と大喜びで、四つ年下の徹を連れ回して遊んだ。自らの意志で家に引き込んだ長男のまなぶも、おとなしくて従順な徹を可愛がった。唯一、次男のつむぐだけが最初から徹を避けていた。虐めたりはしないが、話し掛けられても応えず、一切関わろうとはしなかった。

 特に社長の翁崎 征おうさき まさしの可愛がり方は尋常ではなかった。学校行事には必ず夫婦で出席し、親のいない徹が肩身の狭い思いをしないように努めた。一日の終わりに何があったか報告させ、どんな些細な話でも目を合わせて聞いてやった。休みの日には一緒に出掛けたりもした。
 翁崎家の三兄妹が小さな頃は仕事が忙しくて子育てに参加出来なかったぶん、徹でやり直しをしていたのかもしれない。

 徹が翁崎家に引き取られてから一年も経たないうちに、父親の穂堂 要路ほどう ようじが入院先の病院で死んだ。四十代前半という若さと精神の不安定さが病の進行と死期を早めたのだろう。彼は最後まで息子との面会を拒んだ。

 葬儀は翁崎家が取り仕切り、つつがなく終了した。これを機に正式に養子として迎え入れようという話も出たが、徹はそれを拒否した。

 大事に育てられた徹は自然と翁崎家の人々を慕うようになり、それはいつしか家族愛を通り越して忠誠心と化していた。自分の立場をよく理解し、受けた恩に報いることだけを考える存在。

 思惑通り、徹は翁崎家に盲従するようになった。





 次男の紡は薄々気付いていた。
 子どもらしい我が儘を一度も言わず、翁崎家の人間に諾々と従う徹を理解出来ずにいた。嫌味や皮肉を言っても『ごめんなさい』と頭を下げるだけ。嫌なことを言われたら怒ればいいのに、徹は何も言い返さない。紡にしてみれば不気味でしかなかった。

 そして、ついに見てしまった。




「徹、私はこれでいいのだろうか」
「大丈夫、征さんはいつも頑張ってます」




 徹の前に膝をついて縋り付く父親と、その父親の頭を労わるように撫でる徹の姿を。

 家では決してこぼさないような弱音を洩らして年端もいかない少年に慰めてもらう父親の姿に、紡は嫌悪感を抱いた。
 誰にも言えぬまま進学のために家を出て距離を置いた。戻ってくる頃には徹も高校を卒業し、翁崎家から出て行く。そうすれば、もう二度と情けない父親の姿を見ずに済むだろう、と。

 時間が解決してくれることを期待したが、結局何も変わらなかった。

 徹は翁崎家に恩返しするため、株式会社ケルストに入社することを決めた。社長である征も、後継ぎの学もその話を当然のように進めていく。
 ただひとり、紡だけが言いようのない違和感を覚えて反対したが、誰も取り合わなかった。

 紡は更に徹を遠去けるようになった。





 徹が株式会社ケルストに入社して数年後、社長の征が病に倒れた。奇しくも穂堂 薫と同じ癌だった。

「学には私の跡を、紡と奏には支社を作ってやった。おまえにも何か遺してやりたいが……ああ、無理にでも養子にしておけば良かったな」

 徹は翁崎家の人間ではないため、財産を相続する資格はない。戸籍上の繋がりがなくても財産を残すことも出来なくはないが、他の親戚や紡が黙ってはいないだろう。

「マンションを一部屋買っておいた。名義は学にしてあるが、おまえが自由に使いなさい。これがその部屋の鍵だ」

 病床に伏しながら、征は鍵を徹に差し出した。
 しかし徹は受け取ろうとはせず、眼鏡の奥の瞳を涙で滲ませ、嗚咽をこぼした。

「駄目です、受け取れません」
「おまえのために出来ることはもうこれくらいしかないんだ。黙って受け取ってくれ」
「おそばに置いていただくだけで充分です。これ以上は望みません」
「……ああ、本当におまえは可愛い子だ」

 実の父親から拒絶された徹にとって、征は本当の父親以上の存在となっていた。両親を失い、天涯孤独となった自分を引き取り、愛情を注いで育ててくれた。

「何もいらないから早く元気になってください。お願い、……いなくならないで、おとうさん」

 征が徹を薫の代わりにしたように、徹も彼を父親の代わりにした。実の父親から愛されなかった事実を隠すように上書きして精神の安定を保っていた。

 涙の懇願も虚しく、征の病が快方に向かうことはなかった。
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