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第7章 未来を切り拓く選択
69話・動機
しおりを挟む居酒屋の個室で向かい合って飲みながら、九里峯は笑い出した。
「ははは、いや失礼。このまま腹の探り合いをするのも楽しいですが、今日お誘いした理由は仲良しごっこをするためではありませんので」
やはり目的があったのだ、と阿志雄は身構えた。
会社のそばではなくアパート近くで声を掛けてきたのは、通勤ルートと住居を把握しているという無言の圧力。断りづらい状況を用意して誘い込み、九里峯は阿志雄とふたりだけで話す場を設けた。
仕事の話ならば会社で済ませばいい。わざわざ社外に出てから誘ったのは、これからする話が個人的な内容だからだ。
「営業マンがそんなに嫌そうな顔をするものではありませんよ。感情を表に出すのは二流のすることです」
「……失礼しました」
指摘され、パッと笑顔を取り繕う。酒が入って気が緩んだのだろう。目の前にいるのは油断ならない人物だ。阿志雄は再び気を引き締め、九里峯の顔を真っ直ぐ見据えた。
「何か言いたいことがありそうですね」
「ありますよ、色々と」
「ここには私と阿志雄さんしかいません。お酒の席ですし、無礼講ということにしましょうか」
相手は業務提携先のトップで年上でもある。本来ならば阿志雄は持てなさなくてはならない立場。無礼講の許しを真に受けて色々言えば仕事にも響くかもしれないが、九里峯と働きたくない阿志雄にはむしろ望むところである。
「単刀直入にお尋ねしますけど、何故我が社の食堂に嫌がらせのような真似をしたんですか」
「おや、私は何もしていませんよ?」
阿志雄が切り出すと、九里峯は平然とお猪口を傾けながら答えた。
賑やかで楽しげな乾杯の音頭がどこからか聞こえてくる。個室内の話し声を店内の騒めきが掻き消していく。
すぐに認めないのは想定内。阿志雄は構わず言葉を続けた。
「食堂運営会社のアルムフードサービス、そこの経理をしていた片桐さんをご存知ですよね。彼女に指示を出して食品偽装をさせたのは何故ですか。ケルストに恨みでもあるんですか」
「……これは驚いた。まさかそんな風に思われてしまっているとは。心外ですね」
九里峯の表情は崩れない。ただ、声色だけが少し低くなった。 トン、とテーブルに空のお猪口が置かれる。さほど大きくもないその音に、阿志雄はビクッと身体を揺らした。
「私が個人的な恨みや何かでケルストに嫌がらせをするとしたら、もっと派手で効率の良いやり方を選びますよ」
「……ッ」
阿志雄の糾弾内容についてではなく、動機の部分だけを否定した。つまり、九里峯は食品偽装をやらせたことを認めたことになる。
「じゃあ、なんで」
動揺が顔に出ないようにするだけで精一杯で、言葉使いが徐々に崩れていく。そんな阿志雄の変化を楽しんでいるのか、九里峯は空いた竹串を一本手に取り、目の前の焼き鳥にぐさりと突き刺した。再び身体を強ばらせる阿志雄に、ニィ、と笑って見せる。
「本社の社員食堂は『総務の穂堂さん』が担当しているそうですからね。彼の仕事にケチをつけるためにやらせました」
「え……」
まさか九里峯の口から穂堂の名が出てくるとは思わず、阿志雄はついに表情を崩した。
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