124 / 142
【番外編】最終話以降のお話
22話・付け入る隙
しおりを挟むカーテンの隙間から差し込む朝日が寝室内をほのかに照らす。
目覚まし時計の電子音に起こされた鍬沢は、ズキズキと痛むこめかみを押さえながらベッドの上で上半身を起こした。風呂にも入らず寝入ったため、服装は昨日のままだ。
昨夜、小料理屋に行ったことは記憶にある。何も食べずに酒だけ飲んで酔い潰れ、どうやって自宅アパートまで帰ってきたのかは覚えていない。
女将がタクシーを呼んでくれたのか。車は店の近くの駐車場に置きっぱなしだろうか。今日はとりあえずバスで出社して、帰りに車を回収しにいかなくては、などと考えながら立ち上がる。
二日酔いのせいで足元がフラついている。寝室を出て薄暗いリビングを横切り、浴室に向かう。熱いシャワーを浴び、鍬沢は酔いの名残と汗を流した。
腰にバスタオルを巻いた状態で着替えを取りに行こうと再びリビングに足を踏み入れた瞬間、視界の端に有り得ない存在が入った。小さく悲鳴を上げ、後ろの壁に背中がぶつかるまで飛び退く。
「おはようございます鍬沢さん」
日が昇り、先ほどよりは明るくなったリビングに九里峯の姿があった。スーツの上着はソファーの背に掛けられており、彼は胸元をゆるめたシャツとスラックス姿で床に座っている。
笑顔を向けられ、鍬沢は眉間に皺を寄せた。
「さっきからいましたよ。無視してるだけかと思ってましたが、もしかして気付いてませんでした?」
「は???」
電気もつけず、早朝の薄暗い室内を半分寝ぼけた状態で横断したのだ。まさか一人暮らしの室内に誰かがいるなどとは考えもしなかった。寝ぼけ眼でぼんやりしていたとはいえ、油断していた自分を恥じる。
「昨夜送り届けた段階で帰っても良かったんですけど、久しぶりだからお話したくて」
泥酔してる時に話をしましたけどねと言われ、昨夜の記憶が少しだけ蘇る。
小料理屋で酔い潰れた鍬沢をアパートまで連れ帰り、ベッドまで運んだのも九里峯だ。
「話すことなんかありません。さっさと出てってください」
ぴしゃりと言い放ち、鍬沢は九里峯の前を通り過ぎて寝室へと入った。クローゼットから今日着ていく服を取り出して着替える。
視界に入れなければ扉一枚隔てた場所に九里峯がいようと関係ない。着替えが済んだら叩き出せばいい。そう考えていた。
「朝食、どうしましょうか」
「うわっ」
シャツのボタンを留めている最中に真後ろから声を掛けられ、鍬沢はまた悲鳴を上げた。いつの間にか寝室内まで侵入されている。驚きと心労で心臓と胃がキリキリと痛んだ。
「普段は朝も作っているんですよね。昨夜は酔っていたから何も用意がないようですけど」
普段なら前夜に炊飯器のタイマーをセットしておくが、昨夜は何もせずに寝てしまっている。
「……途中でコンビニ寄るんで」
「今から買ってきましょうか。確か一本奥の通りにコンビニがありましたよね」
飄々とした物言いを聞きながらボタンを上まで留め、ネクタイを結ぶ。まだ頭が痛いのは二日酔いのせいか、勝手に居座る男のせいか。
「ほっといてください。ていうか帰れ」
不機嫌さを隠しもせず、振り返って間近で睨みつける。何度目かの退去勧告にも九里峯は怯まない。それが一層鍬沢を苛立たせた。
「つれないなぁ。少しは私に関心を持ってくれたと思ったのに」
昨夜の自分の発言を覚えていない鍬沢は、心底嫌そうな表情で舌打ちした。
さすがにこれ以上はマズいと悟ったのだろう。九里峯は笑顔のまま一歩引いた。
「しつこくして嫌われても困るので、今日のところは帰ります」
「……なんで昨夜のうちに帰らなかったんですか」
鍬沢の問いに九里峯は肩をすくめた。
「ひどく酔っていたから、あなたがちゃんと起きれるか心配だったんですよ。まだ火曜ですからね。今まで会社に遅刻したことないでしょう?」
「……」
何故そんなことまで、と聞くだけ無意味だ。
新会社に取り込まれたケルスト東京支社には情報システム部の同僚がいるし、会社を切り離す前ならデータベースも見れたはず。調べようと思えば幾らでもできる。会社に開示している程度の個人情報は全て握られていると思って間違いない。
昨日、元東京支社長から九里峯のことを色々聞かれて苛立っていたところだ。二ヶ月ぶりに現れたと思ったら自宅アパートに一晩居座っている。
目的は何なのか。
嫌がらせではないのか。
飽きたのではなかったのか。
彼が何を考えているのか鍬沢には分からない。
「早く出ていってください」
「はいはい。分かってますよ」
再び促され、九里峯は大人しく引き下がった。
リビングのソファーに掛けてあった上着を取って羽織り、玄関へと向かう。出て行くのを見届けるために後ろについていった鍬沢は、玄関先に置いてある大きなトランクに目を奪われた。持ち手には手荷物引換証が付いたままになっている。
「……そのトランク」
「海外出張だったんですよ。昨日帰ってきたところです」
「海外?」
二ヶ月間も姿を見せなかった理由を知り、ほんの少しだけ胸の中のモヤモヤが治まる。
「帰国して、すぐここに?」
「ええ。早く鍬沢さんに会いたくて」
その言葉に嘘はないが、帰国を急いだ理由は調査部門の部下から『社長が貴方のお気に入りの彼について色々聞き出したあと本社に行った』と報告が来たからだ。
慌てて仕事を片付け、飛行機に飛び乗った。帰国したその足で小料理屋へと向かったのは、鍬沢の行動を把握しているから。
酔い潰れていたのは予想外だったが、アパートまで送って寝かしつけた後、紡に電話をして経緯を確認した。部下が危惧していた通り、紡は鍬沢を呼び出して直接話をしたという。
それをきっかけに鍬沢の中で葛藤が生じた。
『ずっと来なかったくせに』
『僕とあんたのことを、なんで他人から聞かれなきゃならないんだ……!』
昨夜の鍬沢は本当にひどく酔っていた。
あんな風に感情をあらわにした姿は初めてで、睨まれても拒絶されても嬉しくて仕方がなかった。離れがたくて一晩アパートに居座った。
(聞かれて気分を害したのは迷惑だから?)
(それとも、二ヶ月も放っておいたから?)
執着を捨てるつもりで海外出張を引き受けたのに、結局こうして会いにきてしまった。久々に対面した彼はやはり可愛い。
付け入る隙があるなら逃したくないと九里峯は強く思った。
0
あなたにおすすめの小説
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
平民なのに王子の身代わりをすることになり、氷の従者に教育されることになりました
律子
BL
牢に捕まった平民のカイルが突然連れていかれた場所はなんと王宮!
そこで自分と瓜二つの顔を持つ第二王子に会い、病弱な彼の「身代わり」をさせられることになった!
突然始まった王子生活でカイルを導くのは、氷のように冷たい美貌の従者・アウレリオ。
礼儀作法から言葉遣い、歩き方まで──何もかもを厳しく“教育”される日々。
でも、そうして過ごすうちにアウレリオの厳しいだけではない一面が見えてくることに。
二人は「身代わり生活」の相棒となり、試練を乗り越えていくが…。
だんだんと相手に向ける感情が『相棒』に向ける信頼だけではなくなっていく…!?
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる