【完結】営業部の阿志雄くんは総務部の穂堂さんに構われたい

みやこ嬢

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【番外編】最終話以降のお話

22話・付け入る隙

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 カーテンの隙間から差し込む朝日が寝室内をほのかに照らす。
 目覚まし時計の電子音に起こされた鍬沢くわざわは、ズキズキと痛むこめかみを押さえながらベッドの上で上半身を起こした。風呂にも入らず寝入ったため、服装は昨日のままだ。

 昨夜、小料理屋に行ったことは記憶にある。何も食べずに酒だけ飲んで酔い潰れ、どうやって自宅アパートまで帰ってきたのかは覚えていない。
 女将がタクシーを呼んでくれたのか。車は店の近くの駐車場に置きっぱなしだろうか。今日はとりあえずバスで出社して、帰りに車を回収しにいかなくては、などと考えながら立ち上がる。

 二日酔いのせいで足元がフラついている。寝室を出て薄暗いリビングを横切り、浴室に向かう。熱いシャワーを浴び、鍬沢は酔いの名残と汗を流した。

 腰にバスタオルを巻いた状態で着替えを取りに行こうと再びリビングに足を踏み入れた瞬間、視界の端に有り得ない存在が入った。小さく悲鳴を上げ、後ろの壁に背中がぶつかるまで飛び退く。

「おはようございます鍬沢さん」

 日が昇り、先ほどよりは明るくなったリビングに九里峯くりみねの姿があった。スーツの上着はソファーの背に掛けられており、彼は胸元をゆるめたシャツとスラックス姿で床に座っている。
 笑顔を向けられ、鍬沢は眉間に皺を寄せた。

「さっきからいましたよ。無視してるだけかと思ってましたが、もしかして気付いてませんでした?」
「は???」

 電気もつけず、早朝の薄暗い室内を半分寝ぼけた状態で横断したのだ。まさか一人暮らしの室内に誰かがいるなどとは考えもしなかった。寝ぼけまなこでぼんやりしていたとはいえ、油断していた自分を恥じる。

「昨夜送り届けた段階で帰っても良かったんですけど、久しぶりだからお話したくて」

 泥酔してる時に話をしましたけどねと言われ、昨夜の記憶が少しだけよみがえる。
 小料理屋で酔い潰れた鍬沢をアパートまで連れ帰り、ベッドまで運んだのも九里峯だ。

「話すことなんかありません。さっさと出てってください」

 ぴしゃりと言い放ち、鍬沢は九里峯の前を通り過ぎて寝室へと入った。クローゼットから今日着ていく服を取り出して着替える。
 視界に入れなければ扉一枚隔てた場所に九里峯がいようと関係ない。着替えが済んだら叩き出せばいい。そう考えていた。

「朝食、どうしましょうか」
「うわっ」

 シャツのボタンを留めている最中に真後ろから声を掛けられ、鍬沢はまた悲鳴を上げた。いつの間にか寝室内まで侵入されている。驚きと心労で心臓と胃がキリキリと痛んだ。

「普段は朝も作っているんですよね。昨夜は酔っていたから何も用意がないようですけど」

 普段なら前夜に炊飯器のタイマーをセットしておくが、昨夜は何もせずに寝てしまっている。

「……途中でコンビニ寄るんで」
「今から買ってきましょうか。確か一本奥の通りにコンビニがありましたよね」

 飄々とした物言いを聞きながらボタンを上まで留め、ネクタイを結ぶ。まだ頭が痛いのは二日酔いのせいか、勝手に居座る男のせいか。

「ほっといてください。ていうか帰れ」

 不機嫌さを隠しもせず、振り返って間近で睨みつける。何度目かの退去勧告にも九里峯は怯まない。それが一層鍬沢を苛立たせた。

「つれないなぁ。少しは私に関心を持ってくれたと思ったのに」

 昨夜の自分の発言を覚えていない鍬沢は、心底嫌そうな表情で舌打ちした。
 さすがにこれ以上はマズいと悟ったのだろう。九里峯は笑顔のまま一歩引いた。

「しつこくして嫌われても困るので、今日のところは帰ります」
「……なんで昨夜ゆうべのうちに帰らなかったんですか」

 鍬沢の問いに九里峯は肩をすくめた。

「ひどく酔っていたから、あなたがちゃんと起きれるか心配だったんですよ。まだ火曜ですからね。今まで会社に遅刻したことないでしょう?」
「……」

 何故そんなことまで、と聞くだけ無意味だ。
 新会社に取り込まれたケルスト東京支社には情報システム部の同僚がいるし、会社を切り離す前ならデータベースも見れたはず。調べようと思えば幾らでもできる。会社に開示している程度の個人情報は全て握られていると思って間違いない。

 昨日、元東京支社長から九里峯のことを色々聞かれて苛立っていたところだ。二ヶ月ぶりに現れたと思ったら自宅アパートに一晩居座っている。

 目的は何なのか。
 嫌がらせではないのか。
 飽きたのではなかったのか。

 彼が何を考えているのか鍬沢には分からない。

「早く出ていってください」
「はいはい。分かってますよ」

 再び促され、九里峯は大人しく引き下がった。
 リビングのソファーに掛けてあった上着を取って羽織り、玄関へと向かう。出て行くのを見届けるために後ろについていった鍬沢は、玄関先に置いてある大きなトランクに目を奪われた。持ち手には手荷物引換証クレームタグが付いたままになっている。

「……そのトランク」
「海外出張だったんですよ。昨日帰ってきたところです」
「海外?」

 二ヶ月間も姿を見せなかった理由を知り、ほんの少しだけ胸の中のモヤモヤが治まる。

「帰国して、すぐここに?」
「ええ。早く鍬沢さんに会いたくて」

 その言葉に嘘はないが、帰国を急いだ理由は調査部門の部下から『社長が貴方のお気に入りの彼について色々聞き出したあと本社に行った』と報告が来たからだ。
 慌てて仕事を片付け、飛行機に飛び乗った。帰国したその足で小料理屋へと向かったのは、鍬沢の行動を把握しているから。

 酔い潰れていたのは予想外だったが、アパートまで送って寝かしつけた後、つむぐに電話をして経緯を確認した。部下が危惧していた通り、紡は鍬沢を呼び出して直接話をしたという。

 それをきっかけに鍬沢の中で葛藤が生じた。



『ずっと来なかったくせに』

『僕とあんたのことを、なんで他人から聞かれなきゃならないんだ……!』



 昨夜の鍬沢は本当にひどく酔っていた。
 あんな風に感情をあらわにした姿は初めてで、睨まれても拒絶されても嬉しくて仕方がなかった。離れがたくて一晩アパートに居座った。


(聞かれて気分を害したのは迷惑だから?)

(それとも、二ヶ月も放っておいたから?)


 執着を捨てるつもりで海外出張を引き受けたのに、結局こうして会いにきてしまった。久々に対面した彼はやはり可愛い。
 付け入る隙があるなら逃したくないと九里峯は強く思った。



 
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