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【番外編】最終話以降のお話
31話・阿志雄の秘密 1
しおりを挟むリビングから寝室に場所を移し、二人はベッドの上で絡み合った。互いの身体に触れるだけで息が上がる。穂堂は固く目を閉じ、阿志雄に身を委ねた。押し倒され、首元まできっちり留められたボタンを一つずつ外される度に鼓動が速くなっていく。
「んっ……」
熱い手のひらが素肌を這う感触に自然と吐息が漏れる。身を捩らせれば、太腿あたりに何か硬いものが当たった。
(良かった。ちゃんと私で興奮してくれている)
求められることで安心したいのだと自分の心理を分析しながら、一方で何も話してくれない阿志雄に対して不満を抱く。
話せない理由は、やはり伊賀里が絡んでいるからだろうか。電話口の向こうから聞こえた声と、それに応えて通話を切る阿志雄の様子を思い出し、穂堂の胸がちくりと痛む。その拍子に、抑えきれなかった感情が表に溢れた。
「穂堂さん、どっか痛い?」
「いえ、これは……」
阿志雄から問われ、穂堂は自分が涙を流していることに気付いた。慌てて手の甲で拭うが、次から次へと溢れてくる。
流石に阿志雄もおかしいと思い、身体を離して顔を覗き込む。茫然とした表情で涙を流し続ける穂堂を見て、はあ、と溜め息をついた。
「やっぱ今日はやめましょう」
「……大丈夫ですから」
「穂堂さんに無理させたくない」
「でも、」
尚も食い下がる穂堂の身体をそっと抱き締め、あやすように背中を軽く叩く。
「もう寝ましょう。ね?」
優しく耳元で囁かれ、穂堂は更に涙をこぼした。
気遣われているのに、なぜ彼を信じられないのだろう。いつから自分はこんなに我が儘になってしまったのだろう。以前はケルストに尽くし、全てを捧げるだけで満足していた。
変わったのは、阿志雄と出会ってから。
「……君が、何も言ってくれないから」
「へ?」
穂堂の声はか細く、間近にいても聞き取れないほど小さかった。阿志雄が聞き返すと、穂堂は今まで溜め込んできた感情を吐き出した。
「私に不満があるなら言えばいい。私は鈍いし、経験もないし、年上なのに頼りないし、君には我慢ばかり強いてしまうけど、でも」
「え、え?なに?」
「ご家族のことを教えてくれないのは私とずっと一緒にいるつもりがないからですか。やはり伊賀里さんのほうがいいんですか」
「は?家族???」
突然堰を切ったように捲し立てられ、阿志雄は困惑した。穂堂の言葉は前後の文脈がぐちゃぐちゃで理解できないが、不満を爆発させているということだけは分かる。
「穂堂さん落ち着いて」
「私はいつも冷静です」
「いや、今はちょっと」
肩を掴んで身体を離し、話ができる程度に落ち着かせようと試みる。涙をぼろぼろ流しながら訴える姿に、阿志雄はただただ戸惑った。
とりあえず呼吸を整えてもらい、もう一度順序立てて話してもらうことにした。
「ええと、つまり、今日オレが行き先も告げずに出掛けたのが嫌だったんですか」
「出掛けたこと自体はいいんです。ただ、帰ってからも何も教えてくれないから不安になってしまって」
「それはオレの落ち度ですね、すんません」
悪く思われたくない一心から自己保身に走ったせいで不安にさせてしまった。阿志雄は素直に非を認め、謝罪した。
「それに、出先では伊賀里さんと一緒でしたよね。君は伊賀里さんが好きだから……」
「アッ違います!伊賀里先輩には頼みごとをしただけで、すぐ解散してますから!」
伊賀里との仲を疑われ、即座に否定した。
本社まで追い掛けるほど伊賀里に憧れていたのは事実だが、恋愛感情ではない。当然浮気などするはずがない。嫉妬されて嬉しく思いながらも、穂堂を追い詰めてしまったことを反省する。
全ては何も話さなかった阿志雄のせい。
「実は今日、九里峯に会いにいったんです。伊賀里先輩にはアイツを呼び出すために協力してもらって……えーと、その、鍬沢の件で」
「九里峯さんに?」
「鍬沢に手出しすんのやめさせようと思ったんすけど、逆効果になっちまったかもしんなくて」
勝手に相手のところに乗り込んだ上に事がうまく運ばなかった。鍬沢と仲が良い穂堂にがっかりされたくなくて、話すことをためらった。
「逆効果というのは、鍬沢くんへの嫌がらせがエスカレートするかもしれないということでしょうか」
「あ~、う~ん、嫌がらせってゆーか……本人が嫌なら嫌がらせになる、のか?とりあえず、九里峯が鍬沢に危害を加える気はないのは確かですけど」
「はあ」
要領を得ないが、とにかく九里峯に悪意はないということだけは伝わった。まだ阿志雄の中でこの件は消化できておらず、半信半疑状態である。故に、九里峯が鍬沢に好意を抱いていることは現時点で伏せている。
阿志雄が話したがらない理由は他にもあった。
「あと、伊賀里先輩に九里峯との繋ぎを頼む見返りに顧客の説得を頼まれてて」
「それはどういう……」
「東京支社で働いてた時に担当してた顧客が新会社への契約移行を渋ってるんすよ。オレはあちらの担当者さんに気に入られてるんで、説得役を任されました」
説明しながら、申し訳なさそうに項垂れていく。
「ケルストには何の得もない上に他社の利益になるようなことだから、余計に言いにくくて……」
「そうだったんですか」
しかし、穂堂はホッとしていた。
心配していたようなことはなかった。鍬沢が悩んでいる件を相談したのは穂堂だ。それを忘れず気に掛け、九里峯に直談判しに行ってくれたのだ。例え失敗に終わったとしても、自分の意を汲んで動いてくれたこと自体が嬉しかった。
「あと、家族がナントカとかは何ですか」
「あ、それは、その」
今度は穂堂が言いづらそうに俯いた。
先ほどは感情が昂ぶり、つい口から出てしまったが、こんな風に無理やり聞き出したいわけではない。紹介できない理由など幾らでもある。複雑な環境で育った自分が一番よく知っているはずなのに、と穂堂は悔いた。
「……一緒に暮らしているのに、君のご家族とは面識もないどころか連絡先すら知らなくて。それはおかしいんじゃないかと言われてしまって」
「誰に?」
「奥様と、奏さんに」
「ああ~……」
志麻たちの指摘通り、同居人として緊急連絡先を知っておいてもらうべきだと阿志雄も思う。いざ事故や病気になってから慌てても遅い。社会人としての常識だと分かっている。
「私など、ご家族に胸を張って紹介できないとは分かっていますが……」
「そんなことないです!穂堂さんはオレの自慢の恋人です!!」
自分を卑下する穂堂の言葉を途中で遮り、阿志雄は彼の手を両手で強く握り締めて言い切った。
そして、その勢いのまま真実を告げる。
「──あの、オレ、実家がないんです」
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