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【番外編】最終話以降のお話
37話・巻き込まれるふたり
しおりを挟む「一緒に暮らしませんか」
「は???」
突然の申し出に、鍬沢は思わず声を上げた。
大きな声に驚いた周りの買い物客から視線が集まる。居た堪れなくなり、慌てて九里峯の腕を掴んで逃げだした。
「ばか、急に何言い出すんだ」
少し離れた売り場の棚に身を隠してから文句を言う鍬沢に、九里峯は声を押し殺して笑う。
「すみません。あなたを見ていたら、前々から考えていたことが口から出てしまいました」
「なっ……」
「とりあえず、こちらに拠点を置こうかなと」
普段はクールな鍬沢が目に見えて動揺した。わなわなと身体を震わせ、視線を泳がせている。
「こんなところでする話じゃないだろ!」
ここはアパートから徒歩二分の距離にある行きつけのスーパー。鍬沢は普段着、九里峯はジャケット姿だが手には買い物カゴを持っている。大事な話に適した場所とは言い難い。
再び逃げようとする鍬沢を掴み、九里峯は顔を耳元に寄せた。
「では、日と場所を改めて」
次にこの話を振られたら逃げ場はない。
今度こそ言葉を失った鍬沢は真っ赤な顔を両手で覆い隠した。
「……うわ、マジか」
「思わぬ場面に遭遇してしまいました」
陳列棚で仕切られた隣の売り場には阿志雄と穂堂がいた。少し離れたこの店まで買い物に来たら、偶然一部始終を聞いてしまったのだ。
二人が立ち去ったのを確認してから揃って大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。
鍬沢の言動からは、やはり九里峯に対する拒絶はない。それどころか甘い空気さえ感じられた。
「まんざらでもなさそうでしたね」
「オレ、ちょっと複雑」
鍬沢とは東京支社に配属されたばかりの頃に知り合い、もう数年の付き合いになる。料理以外に興味関心を示さなかった友人の劇的な変化に阿志雄はただただ戸惑っていた。
「鍬沢くんが嫌がっているようなら何とかしなければと考えていましたが、やはり大丈夫そうですね」
「……そっすね、あいつが良いなら」
穂堂の前向きな言葉を聞いて、阿志雄も彼の幸せを最優先に考えることにした。
プライベートをさらけ出さない鍬沢のことだ。
誰と交際しようが自分たちには関係がない。
そう思っていたのだが──。
「おや、奇遇ですね」
「く、九里峯!」
スーパーで見掛けてから一週間も経たないうちに、阿志雄たちは九里峯とバッタリ出くわした。
会社や道端ではない。
住んでいるマンションのエントランスだ。
不動産会社の社員を連れている。単なる訪問ではなく、マンションの内見に来たのだとすぐに分かった。
「駅に近くて築浅、共有部の管理も行き届いている。キッチンの設備も申し分ないし、部屋数も多い。とても良い物件ですねえ。我が子同然の子に買い与えるほどですから」
穂堂が先代社長からこのマンションを与えられたことまで調べたのか、と阿志雄は唸った。
「ここに住む気じゃないだろうな?」
阿志雄の問いに、九里峯はニッと笑った。
「私は東京で仕事をしているので、平日は彼がひとりになってしまいます。その点、このマンションならあなたがたもいるし、彼も寂しくはないでしょう?」
どうやら東京と地方都市にそれぞれ居を構え、こちらに鍬沢を住まわせようとしているようだ。こんな提案を鍬沢が了承するとは思えないが、先にマンションを購入してから強引に話を進める算段なのかもしれない。
「鍬沢くんとご近所に……いいかもしれません」
「穂堂さん!それだと九里峯ともご近所になっちまいますよ!」
もし鍬沢が同じマンションに住めば、互いの部屋に行き来して料理を教えてもらったり宅飲みしたりできる。友人と呼べる存在が鍬沢くらいしかいない穂堂は楽しい未来を想像した。
阿志雄は違う。
同じマンションに住めば嫌でも顔を合わせる頻度が増える。鍬沢はともかく、九里峯とは可能な限り疎遠になりたいと考えている。毛嫌いしている相手と仲良くご近所付き合いなどできるはずもないのだから。
九里峯が不動産屋の担当者と談笑しながら去った後、穂堂が「あれ?」と声を上げた。
「このマンションは全ての部屋が分譲済みのはずですが、空き部屋があったんでしょうか」
ここは駅前の通りにあるマンション。
立地が良いので、非常に人気が高い。
内見に来たということは、既に空きが出ているということだ。阿志雄も穂堂も平日の昼間は仕事のため、引っ越し作業を目撃する可能性は低い。知らない間に住人が退去していたのかもしれない。
しかし、あまりにもタイミングが良過ぎる。
もしや自分が入居するためだけに前の住人を追い出したのではないかと思い至り、阿志雄は乾いた笑いを浮かべた。
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