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16話・カレー強奪

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「そんな嫌な思い出があるのに、なんで急に抱きついてきたの」
「ウッ……」

 今更それを聞くのか。正直自分の痴漢行為を蒸し返されるのは恥ずかしいんだけど、ミノリちゃんは興味があるようだ。

「まさか、その友達の心境を理解しようと……?」
「そっ、そういうワケじゃないよ」

 ソイツのことを思い出したのは抱きついた後だから、真似をしたわけではない。俺は単にミノリちゃんの後ろ姿にフラフラと引き寄せられてしまっただけ。完全に無意識の衝動だった。無意識で女子高生に抱きつくとか犯罪だ。
 おまわりさん、俺です。

 ……いや、それだけじゃない。
 まだ何かを忘れてる気がする。

「プーさんはさ、その友達から女扱いされてイヤだったんだよね」
「うん」
「でもまだ交流あるんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、もし何かされても軽くあしらえるくらい身体鍛えないと。家の中だって筋トレくらいできるよ。肌の色は仕方ないけど、その細さはヤバいもん。夏バテも心配だし、たくさん食べて体力つけてよね」
「う、うん」
「自分で撃退できるって自信がつけば、その友達と二人だけでも平気で遊べるようになるんじゃないかな」
「……そうだね。うん、その通りだ」

 彼女の言うことはもっともだ。
 全部体質のせいにして、いじけて閉じこもっているのは俺が弱いから。変わる努力をしなければずっとこのままだって分かっているのに。





「お鍋は冷蔵庫で保管してね」
「ん、わかった」
「じゃあ、また」
「気を付けてね」

 夕方とは言ってもまだ明るい時間帯。
 見送りのために玄関先まで出たら、古びた軽トラックが道路を挟んだ向かいにある駐車場に止まっていることに気付いた。今到着したばかりのようで、エンジンがまだ掛かっている。

 ミノリちゃんが手を振って帰っていくのと入れ替わるように、車から薄汚れた作業服姿の男が降りてきた。

「……さっきの子はなんだ。彼女か?」
「ただのトモダチだよ」
「ふん。働きもせんと女と遊んで……」
「うるさいな、さっさと入れよ親父!」

 普段は仕事で家にいない親父が二十日ぶりくらいに帰ってきた。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
 俺が定職に就かずフラフラしてるのが気に食わないらしく、久々に会ったっていうのに説教が始まった。ミノリちゃんが家の中にいる時に鉢合わせなくて良かった。言い争うとこなんか見せたくない。

「昼間からダラダラして良い身分だな」
「別に、好きで家にいるワケじゃ……」
「働き口を探しておけと言っただろう」
「そんなもん、簡単に見つからねーよ」

 都会ならともかく、車の免許も無く昼間外に出られないような奴が働ける場所なんかない。あっても見た目がこうだから面接の時点で落とされる。

 家に入るなり、親父は鼻をひくひくさせ、コンロにある鍋を覗き込んだ。ミノリちゃんが作ってくれたカレーだ。

「うまそうじゃないか」
「それ、俺んだから食うなよ」
「オレのカネで買った材料で作ったんだろ。まずオレに食う権利があるだろうが」

 それもそうだ。俺は一銭も稼いでないただの穀潰し。生活費は全部親父の金だ。この家で逆らうことなんか出来ない。

 手料理に飢えているのは親父も同じ。
 せっかくミノリちゃんが作ってくれたカレーは親父にほとんど食い尽くされてしまった。
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