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53話・衝撃の発言
しおりを挟む右手に野菜が詰まったビニール袋、左手に日傘を持ち、隣のミノリちゃんに陽の光が当たらないように歩幅を調整しながら歩く。
八月下旬の昼間はまだ暑い。
蝉の鳴き声。
青い空に入道雲。
焼けたアスファルト。
ミノリちゃんと並んで見るだけで、苦手だった夏の風景が輝く。日傘の生み出す日陰が心地良い。日よけのパーカーもサングラスもせずに昼間の外を歩くのは新鮮だった。
「いいねぇ日傘。俺も買おうかな」
「え、こういうのを?」
「いやいやいや、こんなレースでフリフリのじゃなくて、もっとシンプルなやつ。男用の日傘ないかなあ」
「うーん、大きな街にならあるかも?」
「探してみるよ」
日傘があれば昼間でも外に出られる。こんな田舎町では悪い意味で目立ってしまうが、大きな街には色んな人がいる。男が日傘をさしていても白い目で見られることはないだろう。
「そういえば『マジカルロマンサー』どうしよっか。まだ最後まで読んでなかったよね。あげようか?」
「希少本は貰えない! また次の機会に読ませてくれたらいいから!」
家を出る餞別代わりに親父から『マジカルロマンサー』を全巻譲ってもらった。この漫画はミノリちゃんとの思い出の品でもある。ただネットでは高値が付いているので、プレゼントにするには重いかもしれない。
他愛のない話をしながら歩く。
送ってくれると言っていたが、まさか俺んちまで来させるわけにはいかない。どこかでキリをつけて別れなければ。でも、まだ一緒にいたい。
「俺、寄りたいとこあるんだけど」
「? いいよ」
自宅に向かうルートからそれて川へと向かう。しばらく歩いて河川敷にある公園に到着した。今日も天気が良過ぎて遊具が熱くなっていて、遊ぶ子どもの姿はない。東屋の屋根の下に入り、ベンチに座る。
「ミノリちゃんの家からだと近いね」
「小さい頃よくお姉ちゃんと遊んだんだ」
「いいね。長い滑り台、楽しそう」
指差した先にあるのは公園の中で一番目立つ遊具だ。大きなジャングルジムのてっぺんから伸びる長い滑り台。他にもブランコや鉄棒などがある。同じ町内にある公園なのに、俺はここで遊んだことはない。太陽の下に長い時間出ていられないからだ。
「ミノリちゃんと来たかったんだ」
以前ここに来た時は須崎に連れ去られたミノリちゃんを助けるだけで精一杯だった。トラブルもなく、邪魔者もいない状態で、二人きりで昼間の公園に来たかった。遊具で遊んだりは出来ないけど、一緒に同じ景色を見られただけで嬉しい。
「ごめんね。俺、結局役に立てなかった」
「そんなことない。プーさんが隣の部屋に居てくれたから、今日は須崎君のことあんまり怖くなかったもん」
「ホントに?」
「まあ、意味の分からない話の連続で、かなりビックリはしたけど」
「ハハッ、確かに」
進学先を変えさせようとしたり、果てはプロポーズまで。彼女も両親もあれにはドン引きしていた。もし須崎が普通に話をしていたらどう転ぶかは分からなかったけど、アイツの性格では無理だろう。
「でも、須崎のことはある意味尊敬してるよ。ミノリちゃんには迷惑しか掛けてないけど、空手で活躍して将来も有望だし、好きな子の家に堂々と挨拶に来てさ」
何もかも俺とは正反対。しつこいストーカーでなければ幾らでもチャンスはあっただろうに、本当に残念でしかない。
俺の言葉を聞いて、隣に座るミノリちゃんは畳んだ日傘をくるくると弄びながら笑った。
「私が最後に須崎君に何て言ったか分かる?」
「いや、全然」
話し合いの後、須崎の耳元で何かを囁いていた。それを聞いたアイツは更に落ち込んで帰っていった。ミノリちゃんの両親に諭された時よりショックを受けていたように見えた。
「──あの時ね、『私には好きな人がいるからもう近付かないで』って言ったの」
俺から顔を背け、彼女はそう言った。
好きな人?
ミノリちゃんに?
俺までショックで倒れそうなんだけど。
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