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第4章 更なる不調と対策
20話・波瀾の送別会 2
しおりを挟む送別会も終わり、店の前で解散した後のことだった。部署のみんなから送られた花束を抱え、タクシーの到着を待つ部長を数人で囲んで見送る。
ところが、談笑していた部長が急に胸を押さえて苦しみ出した。
「どうしたんですか部長!」
「む、胸が……苦しい……」
青い顔で蹲る部長の身体を抱え、そばにいた他の同僚に救急車を呼ぶように頼んだ。歩道に膝をつき、腕の中の部長を見れば、ハッハッと浅い呼吸を繰り返して呻いている。
「部長、しっかり!」
声を掛けるがとても返事が出来るような状況ではない。何度も咳き込み、胸の痛みに耐える部長の姿に、諒真は自分を責めた。部長の健康に問題があることを忘れ、酒を飲ませてしまったせいだと。
金曜の夜。道路はどこも混雑している。救急車が到着するまで最低でも二十分は掛かると聞いて絶望的な気持ちになった。
「どうしたらいい、どうしたら……」
焦る諒真の脳裏に創吾の顔が浮かんだ。
部長を抱きかかえたまま、すぐにスマホを取り出して電話を掛ける。
『もしもし、諒──』
「創吾ッ!」
数コール目で応答した創吾に、泣きそうな声で呼び掛けた。そのただごとではない様子を察し、創吾は静かに『どうしました』と問い掛ける。
「ぶ、部長が倒れて、胸を押さえて苦しそうにしてて、救急車もすぐ来れないみたいで、それで」
焦りで回らない口で、とにかく現状を訴える。声の調子や背後のガヤガヤとした雑音から大体の状況を察した創吾は、諒真を落ち着けるため、しっかりとした口調を心掛けて問い掛ける。
『顔色は?唇や爪の色はどうですか』
「え?ええと、爪は分かんないけど唇は紫っぽい……」
チアノーゼか、と創吾は頭の中で情報を整理した。血液中の酸素濃度が低下した際に現れる症状であり、肺や心臓に問題があると推測する。
『呼吸は出来ていますか』
「ハアハアいってる、すごく苦しそう」
『服の胸元とベルトを緩めて、楽な体勢を取らせてください。しゃがんでいると負担になりますから、横になれそうなら寝かせて』
「わ、分かった」
『もし嘔吐した場合に喉を詰まらせる恐れがありますので、身体を横向きに……本人の楽そうな体勢にしてあげてください』
創吾の指示を受け、諒真はすぐに実行した。スーツの上着を脱いで地面に敷き、そこに部長の身体を横たえる。震える指先でネクタイを緩め、シャツのボタンを外し、ズボンのベルトを取る。
部長は相変わらず胸を押さえ、真っ青な顔で短く浅い呼吸を繰り返している。
『あとは救急車を待つだけです。……諒真くん、大丈夫ですか?』
「うん、だ、大丈夫。言われた通りできた」
『僕が心配しているのは君のことです』
創吾の言葉に、諒真は唇を噛んだ。
そして、少し迷った後、ずっと胸の中にあったことを口にする。周囲に聞こえないよう、小さな声で。
「──今すぐオレがそっち行って、創吾を連れてきたら、部長を治せるかな……?」
『諒真くん、それは』
「い、今から路地裏行って、誰にも見られないようにしたら」
諒真は転移魔法で創吾を迎えに行き、部長に治癒魔法を使ってもらおうと考えていた。それが一番確実な方法だと知っているからだ。
『落ち着いて。それは無理です』
「だって、もし間に合わなかったら」
『諒真くん!』
スマホから聞こえる創吾の怒声に、諒真はビクッと身体を揺らした。
『そこは繁華街でしょう?どこで誰が見ているか分からない場所です。君がそこまでリスクを負う必要はありません。やれるだけのことはしました。後は救急車の到着まで見守るだけです』
夜の繁華街。
大通り沿いのタクシー乗り場。
どんなに気を付けていても人目がある。
しかも、人が倒れているからと野次馬が集まり始め、道行く人の注目を浴びている状態だ。例え誰にも見られずに創吾を連れてくることができたとしても、人前で回復魔法を使うことになる。回復魔法は見ただけでは分からないが、倒れて苦しんでいた人が急に元気になったら不審に思われるだろう。
分かっていながら、諒真の心は揺れた。
「で、でも、オレ……」
『ダメです。絶対に使わないで。もし来ても、僕はそっちに行きません』
「……ッ!」
いつもは優しい創吾に拒絶され、諒真はショックを受けた。
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