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本編
第23話:心の壁
しおりを挟む「今日全然仕事になんなくて上司からめちゃくちゃ怒られた」
「そりゃそうだろうな」
「こう……まだ何もハッキリ決まってないし、会社に言うのも違うかなって思って」
「だな」
夕食を食べながら、謙太は思っていることをぽつぽつと話し始めた。
事実を受け止め、自分の中で何とか整理しようとしている。自宅の外に出たことで少し気が紛れたようだ。
それを聞きながら、龍之介は相槌を打った。向かいに座る謙太をちらりと見て、箸の進み具合を確認する。いつもみたいにがっついてはいないが一応食べている。食事が出来るなら大丈夫だと龍之介は安堵した。
「それで、母さんからまたメールきた」
メールの画面を見せてもらったが、向こうの親から事の次第を説明されたらしく、非常に混乱した内容だった。可愛い孫と血が繋がっていなかったなどと言われてすぐに納得できるはずがない。
電話でなくメールでの連絡なのは謙太を気遣ってのことだろう。この件で一番ダメージを受けているのは謙太だからだ。
「近いうちに両家で話し合いをすると思う」
「……そっか」
謙太と寧花が離婚してハイおしまい、とはいかない。陽色の戸籍の問題がある。実子ではない以上、嫡出否認の手続きをしておかないと、将来謙太が別の女性と結婚する際に問題になる。寧花が陽色の実父である元彼とヨリを戻すなら、それはそれで手続きはしなければならない。放置しておいていい問題ではない。
「……自分の子じゃないって言われても、だからって急に他人だとは思えないし」
「うん、そうだよな」
「どうしたらいいんだろうな……」
寧花とやり直して今まで通りの生活に戻るか。別れて一切の関係を断つか。
謙太の一存で決められることではない。寧花や両家の家族の意志もある。どう転ぶかは話し合いをしてみなければ分からないが、自分がどうしたいのかだけは先に決めておいた方がいい。
「ケンタは元の生活に戻りたい?」
龍之介の問いに、謙太は俯いた。
「……正直よくわからん。それが一番良い気がするけど、それだと寧花が追い詰められそうで」
昨日の様子から、寧花がかなり責任を感じているのが分かった。何度も何度も頭を下げて謝っていた。浮気をしたわけでもないのに、謙太と一緒にいる限り一生罪悪感を抱えて生きていくことになる。
龍之介にとって、寧花の感情なんかどうでも良かった。
最初は育児ノイローゼ気味なんじゃないかと彼女を心配していた。家事育児をやらない謙太に憤った。
事情を知った今となっては話は別だ。
昨日、彼女は謙太を傷付けた。
一方的に話をして、勝手に陽色を連れ去った。
いや、実母である寧花が連れていくのは正しい。だが、陽色を置き去りにして無理やり関わらせておいて、あんな風に謙太から引き離したことだけは許せなかった。
それなのに謙太は寧花の心配をしている。悲しい思いをさせられたにも関わらず、寧花に対して負の感情を抱いていないように見えた。
それは彼女を愛しているからか。
大切だから気遣っているのか。
「おまえの人生だ。やりたいようにしろ」
復縁するにせよ別れるにせよ、その選択に自分は関係ない、所詮自分は他人なのだからと龍之介は一歩引いた立場で考えていた。謙太がどういった道を選んでも、それを見守ることしか出来ないからだ。
そんな龍之介の態度に、謙太は何も答えられなくなった。
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