【完結】君を繋ぎとめるためのただひとつの方法

みやこ嬢

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番外編

ヒゲの話

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 大型電気店での買い物中、謙太けんたは電気シェーバー売り場に立ち寄った。替え刃を買うためだ。
 しかし。

「今使ってるシェーバーの替え刃、生産終了だって!」
「もう売ってないのか」
「問い合わせて貰ったけど、メーカーにも在庫がないらしい。あーあ、古い型だし買い替え時ってことかな」
「じゃあ、ついでに今日買っていこう」

 謙太が使っているのは大学時代に買ったものだ。まだ使えるが替えの部品がないのならば仕方ない、と次を探すことにした。

「次は洗浄機付きのやつにしたいけど、高いし置く場所取るなぁ」
「洗面所の棚板の高さズラせば収まるだろ?」
「あ、あの棚高さ変えれるんだ」
「おまえ、知らずに使ってたのかよ」

 マンションの洗面所には鏡の左右にそれぞれ扉付きの収納があり、同居してからは片側を謙太用にした。コンセントもあり、電気シェーバーの洗浄機を置くスペースは十分にある。

「洗浄液買うのめんどい」
「それくらい通販すりゃいいだろ。下手に安いの買うより良いやつ買えよ。剃り残しなんかあったらみっともないからな」
「うーん……」

 売り場に並ぶ様々なシェーバーを眺めながら、謙太はふと隣に立つ龍之介りゅうのすけを見た。
 一緒に暮らし始めてからしばらく経つが、龍之介がヒゲを生やしている姿を目撃したことがないと気付いたからだ。

「そういや、リュウってヒゲどうしてんの」
「俺は脱毛してるから生えねーよ」
「そうだったの!?」
「バカ、声がでかい!」

 思わず大声を出して周りの客の注目を集めてしまい、謙太は龍之介に小突かれた。

「ヒゲの脱毛ってエステとかでやんの?」
「俺はクリニックだけどな」
「へぇ、そっか」

 今まで謙太は龍之介のヒゲ事情を気にしたことすらなかった。なにしろ、いつ見ても生えていないのだ。それが当たり前になっていた。
 龍之介は在宅で仕事をしているから、自分が居ない昼間に剃ってるのだろう。そんな風に思っていた。

「いつの間にやったんだよ」
「大学ん時」
「へぇ、なん……」

 なんでまた、と聞こうとして謙太は踏み止まった。
 大学時代といえば、龍之介が別れた彼女と交際していた時期だ。男のヒゲを嫌う女性も居る。彼女の要望でわざわざ脱毛したのかもしれない。その可能性に思い至り、謙太は慌てて話題をそらした。

「そっそれより、昼は何食う? 帰りに駅前でどっか寄ろっか」
「でも荷物が」
「オレが全部持つから!」

 その様子を見て、龍之介はすぐに謙太が考えていることを悟った。
 心の傷は癒えてはいないが、今はもう眞耶まやへの気持ちはない。完全に吹っ切れている。それなのに、謙太は少しでも龍之介が辛い記憶を思い出さないように必死になっているのだ。
 申し訳なく思うのと同時に、気を使ってくれていることを嬉しく思う。今の龍之介には謙太がいて、こうして大事にされている。過去の傷より喜びのほうが勝っている。
 だが、気遣われたままでは面倒くさい。

「大学ん時に脱毛したのは学割が使えるからだよ。元々あごに十数本しか生えなくて、そんだけのためにヒゲ剃り道具揃えるのもアホらしかったから」

 龍之介がそう言うと、謙太は明らかに安堵した表情を見せ、大きく息を吐き出した。そして、満面の笑みを浮かべ、上機嫌で再びシェーバー売り場を回り始める。
 その変わりように龍之介は思わず笑った。
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