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8話・愛しい婚約者 ─リオン視点─
しおりを挟む予想外の事態が起きた。
フラウ嬢から婚約を解消すると告げられたのだ。
どうやら兄上が出奔した噂は既に貴族学院にも広まっているらしい。まだ一週間しか経っていないというのに想定を上回る早さだ。動揺のあまり、フラウ嬢を二階の客室に閉じ込めてしまった。
さて、この先どうしたものか。
そういえば、在学中に休学する令嬢がチラホラ居たなと思い出す。彼女たちは花嫁修業の名目で貴族学院を休学し、多くはそのまま嫁入りするのだ。よし、その手でいこう。さっそく学院長宛に手紙を書き、使いの者に届けさせる。
ついでに彼女が乗ってきた馬車を帰しておこう。足がなければ帰りたくても帰れまい。
「フラウ嬢は気分が優れないため客室で休ませている。おまえたちは一旦屋敷に帰れ」
別邸前で待機していた馭者と侍女に説明し、ヴィルジーネ伯爵宛の手紙を渡したのだが、なぜか二人は酷くゴネた。
「あたしがお嬢様の介抱をいたします! どうかお部屋に案内してくださいぃ」
「フラウお嬢様を残して帰れませんよ! せめて庭の片隅で待つことをお許しください」
よほどフラウ嬢を慕っているのか、やけに食い下がってくる。仕方ないので、あまり気は進まないが権力にモノを言わせることにした。
「俺に逆らえばどうなるか、分かるな?」
格上の侯爵家に盾突けば仕えている伯爵家がどうなるか。馭者と侍女は青ざめ、慌てて馬車に乗り込み、別邸の門から出て行った。
ふと顔を上げれば、客室の窓からこちらを見るフラウ嬢の姿があった。帰る手段がなくなったと悟ったのだろう。彼女はすぐに顔を背けた。
これから彼女を別邸に滞在させ、婚約解消の意思を撤回してもらわねばならない。フラウ嬢は心優しい女性だ。兄が出奔した噂を聞き、自分から身を引こうとしてくれたのだろう。
君が心配する必要はない。
今まで通り親密な付き合いを続けていけばいいのだと伝えて安心させなくては。
客室に戻ると、フラウ嬢の姿がどこにも見当たらなかった。廊下側の扉は施錠しているが、庭園に面した窓は手回し式の簡素な鍵しかついていない。
よく考えてみれば、先ほど二階の窓に見えたフラウ嬢の位置がおかしかった。床に立って窓を覗いていたのならば、見えるのはせいぜい肩から上。それなのに、何故か腰より下まで見えていたのだ。
もしや、鍵を開けて窓から逃げた……?
慌てて窓辺に駆け寄るか、窓はどれも開いてはいなかった。そもそもバルコニーもない部屋だ。窓が開いたからといってドレス姿の令嬢が逃れられるはずもない。
では、洗面所か寝室か。もし手洗いならば俺が様子を見に行くのはまずい。
消去法で寝室に行くと、中にフラウ嬢の姿があった。逃げたわけではないと分かり、ホッと安堵の息をつく。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、フラウ嬢は笑顔を向けてきた。
──嗚呼、ダメだ。
このような場所で誘惑しないでくれ。
例え互いが想い合っていても、俺たちはまだ結婚前なのだから清い関係でいなくては。
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