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9話・監禁した理由 ─リオン視点─
しおりを挟む客室の奥にある寝室で、俺とフラウ嬢は向き合っていた。
俺を見つめたまま後ろへと下がる彼女の背後に障害物がある。転びかけた彼女を助けようと、咄嗟に手を伸ばした。
不可抗力で密着し、女性特有の甘い匂いが鼻をくすぐるが、鋼の精神で耐えた。騎士団に入って鍛えてなかったら多分あっさり陥落していたことだろう。
多少の名残惜しさを感じつつ身体を離すと、彼女の背に回していた俺の手に何やら触り心地の滑らかな布が引っ掛かっていた。
広げてみれば、閨で女性が身に付けるような透けた夜着だった。なぜこんなものをフラウ嬢が所持していたのか。クローゼットから見つけたと言っているのを聞き、合点がいく。
別邸の客室には兄上も泊まることがある。女遊びに使うものを本宅に置くわけにもいかず、この別邸に隠していたのだろうか?
しかし、このようないやらしいものを、よりにもよってフラウ嬢が見つけてしまうとは。清楚で可憐な彼女が持つには不似合いな品だ。取り上げて再び隠しておかねば。
「わっ私は別に構いませんわ! あなた様の自由ですもの」
……なんだと?
今、彼女は何と言った。
構わない?
俺の自由?
もしや、俺をまた試しているのか。
それとも本気で言っているのか。
「自由にしていいのか」
「? ええ。もちろん」
確認をすれば何度も頷かれた。
間違いない。フラウ嬢は俺との仲を進展させたくて、恥を偲んで誘っている。だから、わざわざ薄暗い寝室で夜着を手にして待ってくれていたのだ。意気地のない男で済まない。
ベッドに押し倒し、衝動のままに口付ける。
嗚呼、夜ごと夢想したフラウ嬢の唇。その柔らかくあたたかな感触に胸が打ち震えた。ずっとこうしていたい、もっと触れたいという欲望が次から次へと湧き上がり、勝手に身体が動いてしまう。抱きしめていた腕を解き、彼女の細い腰に触れてみた。
……ドレスの構造はどうなっているのだ。
いや、まだ結婚前だ。
いくら当人同士が望んでいるとしても婚前交渉などあってはならぬこと。再び鋼の精神で昂る気を鎮め、唇を離す。
「っ、はあ、はあ、はあ」
……なんということだ。
気を鎮めるために身体を離したというのに、目の前に広がる扇情的な光景に決意が揺らぐ。
上気した頬と乱れた長い髪。
濡れて光る色付いた可憐な唇。
その唇から漏れる不規則な吐息。
乱れたシーツの上には薄絹の夜着。
行為を中断するため、脳裏で必死に萎える映像を探して再生する。……よし、井戸端で全裸で水浴びをする騎士団長の姿を思い出したらすっかり昂りは鎮まった。団長に感謝だ。
寝室にいては再び間違いが起きてしまうかもしれない。彼女を客室に連れ出し、ソファーへと座らせる。
抱えるのは二度目だが、やはり軽い。腕の中にちょうど収まる大きさで、密着していると心が満たされる。
「嬉しいよ、フラウ嬢」
「……はい?」
「君も俺と同じ気持ちでいてくれたんだな」
両想いであるとは分かっていた。
だが、今日のように積極的に誘うほど俺を求めてくれているとは思わなかった。感無量とはこういう気持ちのことか。
フラウ嬢が恥じらって帰ろうとするので引き留めた。彼女にはまだ別邸に居てもらわねばならない。
兄上出奔の噂が貴族学院に広まっているということは、近いうちに『あの女』が動くに違いない。何をしでかすか予想がつかない相手だ。フラウ嬢には俺の目が届く範囲にいてもらわねば。
監禁はフラウ嬢を守るためでもあるのだから。
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