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第3話 世継ぎの王子ディアト
しおりを挟む神殿を後にした私はまず王族の居住区を目指した。
王宮は大きな建造物で、手前に行政区と呼ばれる政治を行う場所がある。大臣や官僚の執務室や応接室が該当する。中央に謁見の間などの広間があり、中庭を挟んで更に奥へ向かうと王族が暮らす場所が存在するのだ。王族の居住区は神殿に近いため、浮遊での移動に慣れていない私でもなんとか辿り着くことができた。
『さて、私の亡骸はどこだろう』
息を引き取ってから数時間。恐らく倒れた現場から私の自室へと運ばれていることだろう。
廊下をふわふわ漂っていると、王族居住区勤務の女官たちが慌ただしく駆けてゆく姿を見掛けた。中には涙ぐみながら肩を寄せ合う者もいて、なんだか申し訳ない気持ちになる。
我が国が衰退する原因さえ分かれば女神から生き返らせてもらえるのだ。ただし、明日の昼頃までという制限付き。限られた時間内に何も情報が掴めなければそのまま死んでしまう。早く原因を突き止めなければ。
苦労して自室へと着いた。両開きの扉はかたく閉ざされており、どうしたものかと悩んだが、今の私に実体はない。壁を擦り抜けて室内へと潜り込んだ。
予想通り、私の亡骸は自室の寝台に安置されていた。あらためて見てみれば、まさに『眠っているような』という表現がぴったりな状態である。そのうち瞼を開けて起き上がってきても不思議ではない様子だ。
王妃アリーラと王子ディアトは寝台の傍らに用意された椅子に腰掛け、冷たくなった私の手を握っていた。既に検死は終えたようで、医師の姿は見当たらない。いま室内にいるのはアリーラとディアトだけだ。
「お父さまはどうして昼間なのに寝ているのですか」
「お父さまはもう起きないのよ、ディアト」
「なら起こせばよいのです。お父さま、はやく起きてください。ねえ、今日はぼくを馬に乗せてくれると約束したではないですか」
「ディアト……」
ディアトは現在六歳。生まれる前に祖父母が他界しているため、近親者の死を経験するのは今回が初めてとなる。知識としては知っているが感情では理解できていないのだろう。動かなくなった私を不思議そうに眺めながら、しきりに話しかけている。アリーラはそんな幼いディアトの肩を抱き、静かに涙を流していた。
「王妃様、お体に障ります。別室にてお休みください」
扉が開き、女官長のヴィリカが入ってきた。アリーラは第二子を身ごもっている。腹の子への影響を心配しているのだ。
しかし、アリーラは静かに首を横に振った。
「こんなに穏やかな顔をしているのよ。もしかしたら目を覚ますかもしれない。その時にわたくしがそばにいなかったら、きっとジークは寂しがるわ」
私の亡骸を見つめる彼女の瞳には愛情が満ち溢れていた。突然の別れに戸惑いながらも、王妃という立ち場では取り乱せない。ただ事実を受け止め、静かに悲しんでくれている。
「王妃様の身になにかあれば陛下は間違いなく悲しまれます。どうか食事を。それから横になってお休みくださいませ」
どうやら朝食時に私が倒れてから何も口にしていなかったらしい。今は午後のお茶の時間。女官長の心配はもっともだ。
「……わかりました。少し休みます」
しばらく沈黙した後、アリーラはようやく椅子から立ち上がった。
「さあ、ディアト殿下も」
しかし、ディアトは伸ばされた女官長の手を振り払い、代わりに私の手を握る。
「やだ、お父さまから離れたくない!」
冷たく硬いはずの手に愛しそうに触れ、頬擦りをするディアトの姿に胸が詰まる思いがした。いまだに抱っこやキスをせがんでくるような甘えっ子だ。私の死を正しく理解した瞬間、彼はどれほど嘆くだろうかと想像しただけで悲しくなった。すぐにでも抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、今の私には不可能だ。
「ヴィリカ。今夜はお父さまと一緒に寝てもいい?」
「殿下、それはなりません。きちんとご自分のお部屋でお休みください」
上目遣いに懇願するディアトに、女官長は頑として譲らない。死因が定かになっていない亡骸と添い寝など言語道断。彼女の対応は正しい。
「お父さまぁ……」
女官長に手を引かれるディアトを見送りながら強く決意する。我が子を再び抱きしめるため、なんとしても生き返らなくては。
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