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第2話 女神からの問題提起
しおりを挟む謎の死を遂げ、魂だけの存在(つまり幽霊?)となった私は女神アスティレイアによって神殿へと呼び出されていた。石造りの床に降り立った女神は難しい顔で腕組みをしている。まるで我が子を叱る時の親のようだと思いつつ、空中に漂いながら(まだ自由に降りられないのである)やや姿勢を正した。
──実は、この国は滅亡の危機に瀕しているの。
『えっ!?』
てっきり私の死因や死後の導きについての話をされるのかと考えていたのだが、規模が違った。死んだとはいえ私は王だ。我が国の危機とは何なのか把握せねばならない。
『女神よ、危機とは一体……』
──今すぐどうこうという話ではないわ。ただ、ゆるやかに衰退し、滅亡してゆく。わたしにはそんな未来が見えているの。
女神は悲しげに目をふせた。彼女は我が国を守護する代表的な神である。国の行く末に関わる事態は女神にとっても看過できなかったのだろう。
『七年前、私は悪政を敷き民を苦しめた先代国王を廃して王座に着いた。度重なる戦争で疲弊した地域に人材と資金を投じ、今も復興事業にも取り組んでいる。……それでも、なお我が国は滅ぶと言われるのか』
──貴方の努力と献身はわたしが一番よく知っているわ。でもね、先代国王の時には滅亡の心配はまったく無かったの。わたしもつい最近気付いたばかりで、大司教に託宣すべきか迷っていたところでね。
大司教は聖職者の頂点であり、最も神に近い存在だと言われている。神に仕えるだけでなく、王族や貴族の冠婚葬祭も取り仕切っている。
『そういえば、大司教の姿が見えないが』
──貴方の訃報を聞いてからずっと奥の執務室に閉じこもっているわ。悲しんでいるんじゃないかしら。
『そうか、ならば仕方ないか』
滅亡の兆しが見えた折に私が死んだため、ちょうど良いからと今回の接触に至ったらしい。だが、死後に言われても何もできないというのが正直な感想だ。どうせなら生きている間に神託を授けてほしかった。
まだ完全に元通りとは言えないが、先代国王が治めていた頃より情勢を安定させ、人々が安心して暮らせる国にしたという自負がある。だが、人の身では問題ないように思えたとしても女神の目線で見れば違うのだろう。原因が判明しているのならば策を講じれば回避できるはず。
改めて問いただすと、女神は宙に浮く私をしっかりと見据えたまま口を開いた。
──滅亡に至る理由は人口減少と後継者不足よ。
『は?』
田舎の過疎化や腕利き職人の跡継ぎ問題とかそういう類の話ではなさそうだ。しかし、滅亡するほど人口が減るとは聞き捨てならない。嫌な考えばかりが思考を占める。もし肉体があれば脂汗をかいていたことだろう。
『まさか、また戦争が起こるのか!』
──いいえ、違うわ。貴方の尽力により近隣諸国とはきちんと友好関係が結べているもの。よほどのことがない限り、あと百年は他国との戦争は起きないわ。
『では、どうして』
戸惑いの感情を隠さず更に問えば、憐れみの目が私に向けられた。美しい顔は悲しみに彩られ、眉間には深いしわが刻まれている。しばらく黙り込んでから、女神は大きく息を吐きだした。
──実はね、貴方は完全には死んでいないの。仮死状態になって魂が体から抜け出しているだけ。
『死んでいない? ほんとうに?』
思わぬ展開に、つい身を乗り出してしまう。しかしまだ空中での姿勢制御がうまくいかず、神殿の柱にぶつかりそうになった。いや、今の私には実体がないのだから擦り抜けるだけなのだが。
──今の貴方なら肉体に縛られず、誰にも気付かれずに王宮内を自由に動き回れるわ。王族の葬儀は死から三日後に執り行われる。国民に周知することも考えれば、制限時間は明日の昼までかしら。それまでに、自分の目で現実を見ていらっしゃい。
『それは、どういう……』
──ちゃんと問題を見つけたら生き返らせてあげる。でも、気付けないようならそのまま死んでもらうわ。
お行きなさい、と女神が指をさすほうを見れば、大きな木製の扉が音もなく開いた。礼拝堂内に昼間の陽光が射し込み、明るく照らされる。薄暗い中でもまばゆかった女神の虹色の髪が輝きを増し、美しさと神々しさを際立たせた。
『行ってくる!』
女神アスティレイアに見送られ、私は颯爽と扉をくぐった。……と言いたいところだが、慣れない浮遊感覚に苦戦したせいで神殿から出るまで数十分かかってしまった。
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