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第12話 温情あふれる裁決
しおりを挟む王宮警備隊の隊員たちに連行されてゆくクレイとセオルドを茫然と見送っていると、ティルナから声を掛けられた。
「王様、ちょっといいですか」
『どうした、ティルナ』
そばに近寄ると、彼女は切羽詰まった様子で扉の外を指差した。心なしか顔色が悪い。
「さっきは王様探しを優先しちゃったんですけど、礼拝堂を通り過ぎた時にすごいものを見てしまいまして」
『すごいもの?』
はて、礼拝堂に何か変わったものでもあっただろうか。
「すっごく綺麗な女の人ですよぉ! 王様みたいに宙に浮いてて、きらきらしてて、不思議な色の髪の!」
そこまで言われてようやく気が付いた。神殿の礼拝堂には女神アスティレイアが座すということに。同時に、ティルナにも女神の姿が見えたという事実に驚く。
私たちの会話が聞こえたのだろう。部屋から出されかけていたクレイが振り返る。そしてティルナをまじまじと眺めてからニヤリと口角を上げた。
「その娘、どうやらかなりの素質があるようですね」
『そうなのか?』
「ええ。特に女神を視認できる者など、高位の司祭にもそうはおりませんよ」
ローガンやディーロたちには当然女神の姿は見えていない。突然始まった意味の分からない会話に、警備兵やエルマ、女官長も困惑した様子で立ち尽くしている。
「ただし、今のまま放置すれば体と精神に掛かる負荷で徐々に弱っていきます。すぐに修行をさせたほうが良いかと」
言われてみれば、ティルナは初めて会った時にも体調を崩していた。今も顔色が悪い。実体のあるものと無いもの、どちらも認識できてしまうせいで負担が大きいのだ。
これまで黙っていたエルマがハッと顔を上げた。
「ティルナは昔から体が弱くて、仕事もうまくいっていなくて。もしかして、それって変なものが見えるせいなんですか?」
「その通り。彼女の感覚が並外れて鋭いからですよ。特に王宮内には執念などの悪しきものが溜まりやすい。見えるのに対処法が分からなければ相当辛いでしょうね」
「……そうだったんですか」
クレイの返答にエルマは眉を下げ、がくりと肩を落としている。大きな瞳を潤ませ、ついには泣き出してしまった。
「私が無理やり誘ったんです。一緒に王宮で働こうって。でも、私だけが昇進して働く場所が離れてしまって。ティルナが体調を崩してばかりでまともに働けないからだと思っていたけど、そうじゃなかった。わ、私が悪かったんだわ」
懺悔するエルマの肩をティルナがそっと抱き寄せ、へらりと笑う。
「他の人はアタシを嘘つきで怠け者だって悪く言うのに、エルマは小さい頃からずっと仲良くしてくれて、幽霊が見えるって話も信じてくれて。王宮務めに誘ってくれた時も嬉しかったんだよ」
「ティルナぁ」
泣きながら互いの体をしっかと抱き締める二人の姿に、私まで貰い泣きしそうになる。彼女達は幼馴染みだと聞いた。私とローガンのような、他に代わりなどない関係なのだろう。
「陛下」
そこへ、神殿に来てからずっと後方で様子を伺っていた女官長が初めて口を開いた。混乱した状況下でも取り乱さず、一歩引いた目線で事の成り行きを見守っていたが、ここに来て何かを思いついたようだ。
「王宮で働く女官や使用人の人事は私の管轄ですが、どうやら能力に見合った場所に正しく配せていなかったようで」
『ティルナのことか』
「はい。彼女は行政区で下働きをさせるよりも、神殿で適切な修行を受けさせたほうが良いと判断いたしました。ただ、私には神殿の人事に関わる権限はございませんので」
なるほど。女官長の言いたいことを察し、ローガンへと向き直る。
『ローガン』
「は」
名を呼んだだけで、ローガンはすぐに意図に気付いてくれた。警備兵に指示を出し、クレイの拘束を解かせている。
「この娘への指導を条件に大司教殿の投獄と尋問を特別に免除する。ただし、神殿の内外に関わらず常時監視をつけるからそのつもりで」
「おやまあ。無罪放免とはなりませんか」
「危険思想の持ち主を無条件で野放しにするわけないだろう。だが、我が国に優秀な人材を遊ばせておく余裕などない。ただし、監視中に不審な動きを見せれば容赦はせん」
若くして大司教位に就いただけあって、クレイの能力は相当高い。女神と意思の疎通が可能で、怨念渦巻く王宮内を定期的に清める役目もある。能力が高過ぎて禁呪に手を出した点だけは褒められたものではないが。
『クレイよ。ティルナは死後に困り果てた私に手を貸してくれた恩人だ。彼女が少しでも生きやすくなるよう取り計らってほしい』
私からも直接頼んだ。クレイは驚いたように細い目をわずかに開け、すぐに膝をついて恭しく頭を下げた。
「ジークヴァルト陛下の御命令とあらば謹んでお受け致しましょう」
こうして、ティルナは王宮行政区の下働きから神殿に移り、大司教から直接指導を受けることとなった。
「地下牢に入るのはセオルド先生一人となるわけか」
ぽつりとローガンが呟くと、警備兵に拘束されたままぼんやりしていたセオルドが冷や汗をかき始めた。影が薄くて忘れかけていたが、彼も一応容疑者の一人である。
「セオルド先生は職業柄、薬だけでなく様々な毒物を所有している。毒殺の容疑はまだ晴れていない」
セオルドは代々王宮医師を務めるセラティアータ家の出である。つまり、先代国王が在位していた時にもセラティアータ家の者が仕えていたこともあり、普通ならば代替わりをした際に王宮医師から外される予定だった。だが、気弱で温厚な性格から無害だと判断されたため継続して務めている。
ところが、今回の件で意外な異常性癖が明らかとなった。毒物の所有云々より私はそっちのほうが恐ろしい。
「とはいえ、我が国で一番名医だという事実は揺るがん。セオルド先生にも監視をつけた状態で通常業務に戻っていただく」
温情とも言える裁決に、セオルドは安堵の息をついた。
ローガンも、本気で二人を疑ってはいないのかもしれない。もし疑っていれば、どんな理由をつけても投獄するはずだ。
「あれ、ワザと監視ゆるめて泳がせる気っスかね」
「十中八九そうだろうな。宰相閣下の考えそうなことだ」
背後で囁き合うディーロとフレッドの会話が聞こえた。たしかに、ローガンならやりかねない。
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