【完結】我が国はもうダメかもしれない。

みやこ嬢

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第18話 神殿生まれのKさん

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 ケンカばかりする家臣たちは放っておくに限る。

 どのみち、マティアス自身から話が聞けなければ幾ら我々が考えても憶測の域を出ないのだ。しかも、尋ねたところで素直に教えてくれるような性格でもない。ならば、先にガルティヤ王子に聞き取りすべきである。

『ガルティヤ殿、わざわざマティアスの体を借りて王宮に来た理由はなんだ。貴殿も幽霊ならば一人で来るほうが簡単だろう』

 生身の人間、しかも見張り付きの幽閉中のマティアスを巻き込むなど面倒でしかないはずだ。身一つ(いや肉体はないのだが、意味合いで感じ取ってほしい)で飛んでくれば済むだろうに、何故わざわざ他人の体を借りる必要があったのか。

 問えば、ガルティヤ王子はマティアスの体で肩をすくめている。

「知らないのかい。この王宮にはかなり高度な結界が張られているんだよ。だから、幽霊のままでは入り込めないんだ」
『結界? そんなものがあるのか』

 チラリとクレイを見れば、彼は細い目を更に細め、得意げに踏ん反り返って両手を天高く掲げた。

「くふふ、なんのために神殿が王宮の敷地内にあるとお思いで? 結界を張り、外部からの霊的なものの侵入を防ぐためですよ!」
『そ、そうだったのか』

 てっきり王族が礼拝に通いやすいように近くに作られていると思っていたが、見えない力で王宮全体を守る構造になっていたらしい。

「え、でも、中に幽霊とか普通に出ますよね」

 禁呪の布を羽織ったティルナがボソッと呟く。彼女は霊的なものを見る素質が高く、故に仕事中に影響を受けて体調を崩すことが多いと言っていた。ティルナからの疑問にも、クレイは得意げに返答する。

「内部で新たに発生した怨念や執念、生きている人間の中に入り込んだ状態で侵入した場合は結界にはじかれないのです。そういった悪しきものは、わたくしが定期的に清めております」

 あくまで外部から直接入ってくる幽霊を遮断するだけで、一旦中に入ってしまえば清めるまで敷地内に留まってしまうらしい。大司教の仕事は女神に祈りを捧げたり冠婚葬祭を取り仕切るだけかと思っていたが、見えないところで色々やってくれていたようだ。

「あ。もしかして、王様の幽霊を見るようになってから他の幽霊を見掛けなくなったのって……」
「ええ。わたくしが陛下以外の雑多な霊をすべて清めたからですよ。禁呪を実行する際に誤って別の魂を巻き込みたくありませんから」

 本当に、妙な欲や性癖さえなければ素晴らしい聖職者なんだが。つくづく残念な男である。

『マティアスの体を借りて、ガルティヤ殿は一体何をするつもりだ。貴殿が亡くなってから既に十年以上経過している。なぜ今になって我が国に来た』

 結界の解説を挟んだせいで話がそれたため、改めて問う。すると、ガルティヤ王子はマティアスの顔で朗らかに笑った。生前の彼がよく見せていた、カサンドール王国の国民が愛した王子の笑顔だ。

「それはね、……君を迎えに来たんだよ」

 答えながら、ガルティヤ王子が飛び掛かってきた。アストとサヴェルが左右から腕を掴んで動きを止め、私の前にディーロとフレッドが庇うようにして立つ。

「アハハ! いやあ、君の周りは相変わらず優秀な家臣が多くて羨ましい限りだね」
『ガルティヤ殿、なにを』
「……でも、いざって時に君を守れていない。だから君は死んで幽霊になったワケだ」

 ガルティヤ王子の言葉に、私とティルナ以外の全員が辛そうに顔を歪めた。

「肝心な時に大事な大事な主君を守れなかった役立たずども。君たちはジークヴァルト殿と一緒にいるべきではないよ」

 取り押さえられていたマティアスから急に力が抜け、体から何かが飛び出して来た。ガルティヤ王子の幽霊だ。

「きゃっ」

 反応を見せたのは私とティルナ、クレイの三人だけ。私は禁呪の効果でみなに姿と声を見せられる状態になっているが、ガルティヤ王子はただの幽霊である。霊感がない者には見えない。だから、ローガンやアストたちはそばにいても何もできない。

『僕こそが君の唯一の理解者だ! ジークヴァルト殿、僕と共に行こう!』

 ガルティヤ王子は笑顔で私に掴み掛かってきた。幽霊同士は相手に触れることも可能のようで、彼の手が私の手首を掴んだ。肉体はないというのに痛みを感じるほど強い力で握り締められる。

『は、離せガルティヤ殿!』

 慌てて振り解こうともがくが、ガルティヤ王子は更に力を込めて私の手首をギリギリと締め上げていく。そして、ずいと顔を近付けてきた。大きく見開かれた彼の瞳は空虚な闇みたいで思わず悲鳴を上げてしまった。

『毒殺された者同士仲良くしよう。独りはもう嫌だ。誰かを道連れにもしたくない。でも君は僕と同じ理由で死んだ。殺された。これ以上、死出の旅路を共にゆくふさわしい相手はいない。運命的な巡り合わせだね、ジークヴァルト殿。さあ僕と一緒に行こう。早く、早く、早く早く早く早く早く』

 狂ったように捲し立てるガルティヤ王子がピタリと動きを止めた。

「陛下を離せ、この悪霊めが!」

 いつになく語気を荒げるクレイが両手で素早く印を結び、ガルティヤ王子に突き付けていたからである。聖職者が使う法術だろうか。

 ガルティヤ王子は苦しみ始め、私を掴んでいた手から力が抜けていく。隙をついて距離を置き、ローガンたちの近くへと移動して成り行きを見守った。

「女神の御力おちからを借りて迷える魂を天へとす!」
『い、嫌だ、一人で逝きたくない!』
「問答無用!」

 必死に抵抗するガルティヤ王子。だが、次の瞬間。

「破ァーーーーッ!!」

 クレイの気合いと同時に眩い光が放たれ、ガルティヤ王子が削られていく。手が、脚が、顔の一部が欠けていく。かつて誰からも愛された好青年の姿はもはや見る影もない。

『ジーク……ジークヴァルト殿ぉ……』

 苦しげな声で名を呼ばれ、思わず近寄ろうとした私の前にティルナが立ちはだかった。

「ダメですよ王様。ずうっと一人で彷徨っていたせいで、あの人は変質してしまってます。大司教様に任せておきましょう」
『……ああ、そうだな』

 ティルナの言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。

 約十年前、ガルティヤ王子が毒殺された事件を発端にカサンドール王国と隣のユスタフ帝国間で戦争が起きた。圧倒的な戦力差でカサンドール王国は敗れ、滅びた。ガルティヤ王子を弔う者はおらず、故にずっと彷徨い続けていたのだろう。孤独が彼を変えてしまったのだ。

『共には行けぬが、ガルティヤ殿が女神のもとで安らかに眠れるよう心から祈っている』

 私の言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、彼がわずかに苦悶の表情をゆるめた気がした。

 光の粒が夜の空へと舞い上がり、消えてゆく。最後の一粒が完全に消えるまで、私はその場から動けなかった。



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作者注)クレイの綴りは【KRAY】です
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