18 / 30
第18話 神殿生まれのKさん
しおりを挟むケンカばかりする家臣たちは放っておくに限る。
どのみち、マティアス自身から話が聞けなければ幾ら我々が考えても憶測の域を出ないのだ。しかも、尋ねたところで素直に教えてくれるような性格でもない。ならば、先にガルティヤ王子に聞き取りすべきである。
『ガルティヤ殿、わざわざマティアスの体を借りて王宮に来た理由はなんだ。貴殿も幽霊ならば一人で来るほうが簡単だろう』
生身の人間、しかも見張り付きの幽閉中のマティアスを巻き込むなど面倒でしかないはずだ。身一つ(いや肉体はないのだが、意味合いで感じ取ってほしい)で飛んでくれば済むだろうに、何故わざわざ他人の体を借りる必要があったのか。
問えば、ガルティヤ王子はマティアスの体で肩をすくめている。
「知らないのかい。この王宮にはかなり高度な結界が張られているんだよ。だから、幽霊のままでは入り込めないんだ」
『結界? そんなものがあるのか』
チラリとクレイを見れば、彼は細い目を更に細め、得意げに踏ん反り返って両手を天高く掲げた。
「くふふ、なんのために神殿が王宮の敷地内にあるとお思いで? 結界を張り、外部からの霊的なものの侵入を防ぐためですよ!」
『そ、そうだったのか』
てっきり王族が礼拝に通いやすいように近くに作られていると思っていたが、見えない力で王宮全体を守る構造になっていたらしい。
「え、でも、中に幽霊とか普通に出ますよね」
禁呪の布を羽織ったティルナがボソッと呟く。彼女は霊的なものを見る素質が高く、故に仕事中に影響を受けて体調を崩すことが多いと言っていた。ティルナからの疑問にも、クレイは得意げに返答する。
「内部で新たに発生した怨念や執念、生きている人間の中に入り込んだ状態で侵入した場合は結界に弾かれないのです。そういった悪しきものは、わたくしが定期的に清めております」
あくまで外部から直接入ってくる幽霊を遮断するだけで、一旦中に入ってしまえば清めるまで敷地内に留まってしまうらしい。大司教の仕事は女神に祈りを捧げたり冠婚葬祭を取り仕切るだけかと思っていたが、見えないところで色々やってくれていたようだ。
「あ。もしかして、王様の幽霊を見るようになってから他の幽霊を見掛けなくなったのって……」
「ええ。わたくしが陛下以外の雑多な霊をすべて清めたからですよ。禁呪を実行する際に誤って別の魂を巻き込みたくありませんから」
本当に、妙な欲や性癖さえなければ素晴らしい聖職者なんだが。つくづく残念な男である。
『マティアスの体を借りて、ガルティヤ殿は一体何をするつもりだ。貴殿が亡くなってから既に十年以上経過している。なぜ今になって我が国に来た』
結界の解説を挟んだせいで話がそれたため、改めて問う。すると、ガルティヤ王子はマティアスの顔で朗らかに笑った。生前の彼がよく見せていた、カサンドール王国の国民が愛した王子の笑顔だ。
「それはね、……君を迎えに来たんだよ」
答えながら、ガルティヤ王子が飛び掛かってきた。アストとサヴェルが左右から腕を掴んで動きを止め、私の前にディーロとフレッドが庇うようにして立つ。
「アハハ! いやあ、君の周りは相変わらず優秀な家臣が多くて羨ましい限りだね」
『ガルティヤ殿、なにを』
「……でも、いざって時に君を守れていない。だから君は死んで幽霊になったワケだ」
ガルティヤ王子の言葉に、私とティルナ以外の全員が辛そうに顔を歪めた。
「肝心な時に大事な大事な主君を守れなかった役立たずども。君たちはジークヴァルト殿と一緒にいるべきではないよ」
取り押さえられていたマティアスから急に力が抜け、体から何かが飛び出して来た。ガルティヤ王子の幽霊だ。
「きゃっ」
反応を見せたのは私とティルナ、クレイの三人だけ。私は禁呪の効果でみなに姿と声を見せられる状態になっているが、ガルティヤ王子はただの幽霊である。霊感がない者には見えない。だから、ローガンやアストたちはそばにいても何もできない。
『僕こそが君の唯一の理解者だ! ジークヴァルト殿、僕と共に行こう!』
ガルティヤ王子は笑顔で私に掴み掛かってきた。幽霊同士は相手に触れることも可能のようで、彼の手が私の手首を掴んだ。肉体はないというのに痛みを感じるほど強い力で握り締められる。
『は、離せガルティヤ殿!』
慌てて振り解こうともがくが、ガルティヤ王子は更に力を込めて私の手首をギリギリと締め上げていく。そして、ずいと顔を近付けてきた。大きく見開かれた彼の瞳は空虚な闇みたいで思わず悲鳴を上げてしまった。
『毒殺された者同士仲良くしよう。独りはもう嫌だ。誰かを道連れにもしたくない。でも君は僕と同じ理由で死んだ。殺された。これ以上、死出の旅路を共にゆくふさわしい相手はいない。運命的な巡り合わせだね、ジークヴァルト殿。さあ僕と一緒に行こう。早く、早く、早く早く早く早く早く』
狂ったように捲し立てるガルティヤ王子がピタリと動きを止めた。
「陛下を離せ、この悪霊めが!」
いつになく語気を荒げるクレイが両手で素早く印を結び、ガルティヤ王子に突き付けていたからである。聖職者が使う法術だろうか。
ガルティヤ王子は苦しみ始め、私を掴んでいた手から力が抜けていく。隙をついて距離を置き、ローガンたちの近くへと移動して成り行きを見守った。
「女神の御力を借りて迷える魂を天へと帰す!」
『い、嫌だ、一人で逝きたくない!』
「問答無用!」
必死に抵抗するガルティヤ王子。だが、次の瞬間。
「破ァーーーーッ!!」
クレイの気合いと同時に眩い光が放たれ、ガルティヤ王子が削られていく。手が、脚が、顔の一部が欠けていく。かつて誰からも愛された好青年の姿はもはや見る影もない。
『ジーク……ジークヴァルト殿ぉ……』
苦しげな声で名を呼ばれ、思わず近寄ろうとした私の前にティルナが立ちはだかった。
「ダメですよ王様。ずうっと一人で彷徨っていたせいで、あの人は変質してしまってます。大司教様に任せておきましょう」
『……ああ、そうだな』
ティルナの言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。
約十年前、ガルティヤ王子が毒殺された事件を発端にカサンドール王国と隣のユスタフ帝国間で戦争が起きた。圧倒的な戦力差でカサンドール王国は敗れ、滅びた。ガルティヤ王子を弔う者はおらず、故にずっと彷徨い続けていたのだろう。孤独が彼を変えてしまったのだ。
『共には行けぬが、ガルティヤ殿が女神のもとで安らかに眠れるよう心から祈っている』
私の言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、彼がわずかに苦悶の表情をゆるめた気がした。
光の粒が夜の空へと舞い上がり、消えてゆく。最後の一粒が完全に消えるまで、私はその場から動けなかった。
┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼ ┼
作者注)クレイの綴りは【KRAY】です
40
あなたにおすすめの小説
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる
蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。
キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・
僕は当て馬にされたの?
初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。
そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡
(第一部・完)
第二部・完
『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』
・・・
エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。
しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス……
番外編
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』
・・・
エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。
『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。
第三部
『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』
・・・
精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。
第四部
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』
・・・
ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。
第五部(完)
『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』
・・・
ジュリアンとアンドリューがついに結婚!
そして、新たな事件が起きる。
ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。
エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃)
マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子)
♢
アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王)
ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃)
※たまにSSあげます。気分転換にお読みください。
しおりは本編のほうに挟んでおいたほうが続きが読みやすいです。
※扉絵のエリアスを描いてもらいました
※のんびり更新していきます。ぜひお読みください。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる