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本編
22話:彼の支配者
しおりを挟む「いたいた! おい、アデル」
昼休み、中庭でランチを食べていたらカナンが声を掛けてきた。一緒にいたアシオンとアルタリオが不快感を隠さずジト目で睨むが、カナンは気にする様子もない。
「クラス委員の仕事だ。食べたらすぐ来いよ」
「どこ?」
「二階の会議室」
「ん、わかった。先行ってて」
アデルとカナンはクラス委員である。
入学テストの成績が首席と次席だったからだ。成績上位者がクラス委員となるのがこの学院の古くからの慣例。次の試験の結果が出るまでは二人がクラス委員として活動することになっている。
「ボクたちに手伝えることある?」
「大丈夫。たぶん打ち合わせだけだから」
「残念ですけど仕方ないですね」
急いで食べ終えてカナンの元へと向かったアデルの背を見送った後、アシオンとアルタリオは睨み合った。
二人とも自分の気持ちに気付き、互いにライバル意識を燃やしているのだ。普段は内気で気弱なアシオンだが、アデルのことになると譲らない。それはアルタリオも同じで、こちらも一切遠慮するつもりはない。
「……まあ、私たちが争っても無意味ですしね」
「アデル君が悲しむからね」
だからといって、仲良くは出来ないけれど。
二人は協力して後片付けを済ませ、会話もないまま教室へと戻った。
アデルが会議室に入ると、中では既にカナンが座って待っていた。手元には綺麗に揃えられた紙束がある。
「遅くなってごめん。何したらいい?」
「この前クラスでとったアンケートの集計。まとめておいたから確認だけしてくれるか」
「集計してくれたの? 大変だったでしょ」
「別にこれくらい大したことねぇよ」
確認だけなら教室でも構わないだろうに、カナンはわざわざ他に人がいない会議室を借りてまでアデルを呼び出した。これには、彼の性格が大いに関係している。
「いつもありがとう。すごく助かる」
「いいってことよ」
「良いね、この表。見やすいから確認作業も捗るよ」
「まあな」
「字も綺麗だし、このまま提出できそうだね」
「お、おぅ」
こんな感じで、クラス委員の仕事をほぼ一人でこなし、他人の目がない場所でアデルから褒めてもらうのが彼の唯一の喜びであった。
カナンは厳格な父親に幼少期から厳しく教育されてきた。出来て当然、出来なければ叱責。そんな環境に長く置かれていたせいで褒められることに全く耐性がなかった。
それを早い段階で見抜いたアデルは、誉め殺しにすることで彼の心を掌握したのである。
もちろん、褒めるに値しない場合は褒めたりはしない。彼が努力したところを見つけ、結果を正当に評価する。それだけだ。
二人の利害関係は一致していた。実際、それでしばらくはうまくいっていたのだが……
「……なあ、アデル。おまえ、この間アシオンの奴を褒めてたよな」
「え」
「それに、校舎の陰でアルタリオの頭を撫でてたのも見たぞ。あいつらと俺、どっちが役に立ってる?」
「ちょっ、カナン君」
「俺以外を見るなよ、アデル。俺以外の奴を褒めたりしないでくれ」
カナンは椅子から立ち上がった。その表情は鬼気迫っており、額には脂汗が浮かび、目の周りが赤く染まっていた。彼が追い詰められた時によく見せる顔だ。
震える手がアデルの肩を掴む。今にも泣きそうになりながら、カナンはアデルに詰め寄った。
「アデル、アデル、アデル……ッ」
「カナン君、痛い」
ギリ、と肩を掴む手に力が入った。アデルは痛みに顔を顰めるが、理性を失いかけたカナンはそれに気付かない。
「おまえだけは俺を見ていてくれよ……!」
顔を寄せ、今にも唇同士が触れ合いそうになった時、アデルが口を開いた。
「カナン」
いつもよりやや低い声で名を呼ばれ、カナンはびくっと身体を硬くして動きを止めた。そして、椅子に座ったままのアデルの前に片膝をついた。
「僕が誰を褒めようと、君には関係ない」
ぴしゃりと言い放つアデル。
青褪めたカナンが縋るように見上げると、そこには普段の朗らかなアデルとは違う、支配者然とした少年の姿があった。ぶるっと身体を震わせながらも、カナンはアデルから目が離せない。
「ねえ、カナン。君はとても優秀で、僕はそれを認めている。……それだけでは嫌?」
「そ、そんなこと、は」
「君が結果を出す限り、君が僕の役に立つ限り、僕は君を褒めてあげる。君の努力を全て認めて称えてあげる。僕が他の誰かを認めたとしても、君自身の価値は変わらない。……分かるよね?」
「あ、ああ」
何度も頷くカナンの顔を両手で掴み、アデルは顔を寄せた。間近で視線が交わるが、どちらも瞬きひとつしていない。
「君が望むなら、いつでも褒めてあげる。卒業してからも、ずっと。……だから、あまり僕を困らせないで」
「アデル……」
カナンはアデルの支配下にあった。だが、まだ完全ではない。先程のように反抗する場合もある。それを説き伏せ、再び制御する。今はそういう時期だ。
満たされない承認欲求に苦しんでいたカナンだが、褒めてくれるなら誰でもいいという訳ではない。彼が認める、彼より優秀な存在からの称賛でなければ意味がない。
例えば、厳格な父親。
例えば、年の離れた優秀な兄。
例えば、学年首席のクラスメイト。
アデルは自分の言葉が彼に与える影響を正しく理解し、その上で彼を籠絡した。
「次の試験で僕に勝ったらご褒美をあげようか」
「何にも要らない。褒めてくれたらそれでいい」
「そう。……いい子だね、カナン」
白く短い彼の髪を後ろに流すように撫でるアデル。
その小さな膝に抱きつきながら、カナンは恍惚とした表情を浮かべていた。
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