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本編
56話:彼の痕跡
しおりを挟む自分の弱点を克服するため、ラグロは自分なりに努力を始めていた。というか、最初から彼はそのために毎日大量の書物を読んで調べていた。
──目を合わせたり、言葉を交わすと
相手の心が読めてしまう体質──
この力があるせいで、ラグロは常に長く伸ばした前髪で目を覆い隠し、誰とも喋らないように努めてきた。貴族学院に入学してからもずっと。
彼がストレスなく話せるのは言葉と思考のズレが少ない人間に限られる。だが、ほとんどの人間は本音と建前がある。それが貴族ならば尚更。
良い悪いに関わらず、ズレが大きい人間と対面するだけでラグロは体調を崩してしまう。こんな状態では普通の生活が送れない。
自分の体質を克服するため、ラグロは様々な方法を探し、試していた。
そして、先日ようやく突破口を見つけた。
オラーティオ家の占いやラグロの『目』を無効化した抗術である。これを習得、改良して自分自身に掛けられればラグロは他人と関われるようになり、嘘吐きだらけの王宮に出仕することも可能となる。
「だから、王宮の地下牢まで行ってディレンから抗術を教えてもらう。ていうか視る」
「ずいぶん思い切った方法だね! ……っていうか、王宮の地下牢なんて行って大丈夫なの?」
「専用の通用口があるから、表から行くよりは人に会わずに済むらしい。それに、犯罪者は自分に正直だから下手な偽善者より楽だ。ディレンももう嘘をつく必要がないだろうし」
生徒会の集まりがない日の放課後は図書室の奥でラグロと過ごすのがアデルの習慣となっていた。クラス委員の仕事は単なる口実で、単に彼と話をするが楽しいからだ。ラグロも、学院内で話せる数少ない人物であるアデルとの時間を大切にしていた。
だが、それも終わる。
「明日から放課後は地下牢に通う」
「えっ」
「全ての取り調べが終わったら、ディレンの身柄は遠くの犯罪者収容施設に送られるらしい。それまでに何とか抗術をマスターしたい」
「……そっか」
つまり、放課後のこの時間が無くなるということだ。
「……寂しくなるね」
ラグロの前では嘘はつけない。アデルは素直に思ったままの気持ちを言葉にした。
カインが遠くに行って、ぽっかりと空いた心の隙間を埋めてくれたのはラグロだ。仲良くなれたのはここ数ヶ月だが、それ以上に深い繋がりが出来ている。
ラグロも同じ気持ちだが、彼には何としてもこの体質を克服したい理由があった。
「あっ。そういえば、うちの侍女たちも抗術使えるみたいなんだけど、そっちから学ぶわけにはいかないの?」
「あー……談話室で見た二人か。あいつらはなんか苦手。得体が知れないというか恐ろしいというか……」
「待って待って妹の専属侍女なんだけど? ラグロ君がそこまで言うなんて大丈夫なのかな」
「おまえの妹を気に入ってるのは確かだから、その点だけは問題ない」
「その点だけ!?」
「うるさ……! とにかく、しばらく俺は図書室には来ないから、うっかり奥まで入り込むなよ。真っ暗なの怖いんだろ?」
「う、うん。わかった」
ラグロの話では、エルマとアルマは二人でようやくディレンと同じくらい魔術が使える程度だという。抗術も原理を理解しているわけではなく、やり方を教えてもらっただけなんだとか。
やはり、抗術をマスターするにはディレンから直接教えてもらうか心を読むしかない。
「こんな図書室の奥じゃなく、教室や外でもおまえと話せるようになりたい」
「うん。僕も」
顔を隠さず真っ直ぐ目を見て話せたら、きっとラグロにも友達が増える。今まで閉じていた外への可能性が開かれる。
そんな日が早く来るようにとアデルは願った。
「……というわけで、僕の憩いの場が減っちゃったんだ」
「アデル君、放課後いないなーと思ったら図書室に行ってたんだね。ボクずっと生徒会だと思ってた」
「いつのまにかラグロ君と仲良くなっていたのは、そういうことだったんですね」
いつものランチタイム。
学院の中庭にある四阿でお昼を食べながら、アデルはアシオンとアルタリオに経緯を説明した。
彼らとラグロは御前会議の日に初めて言葉を交わした。ずっと同じクラスだったのに、だ。
ラグロが抗術をマスターし、うまく自分の体質をコントロール出来るようになれば誰とでも話せるようになる。その時はまず親友であるアシオンとアルタリオをおススメしようとアデルは考えていた。
だから、ラグロの事情を説明するために仲良くなったきっかけやら何やらを二人に教えたのだが……
「ラグロ君か……ノーマークだったね」
「あんなに体調を崩すほどアデル君のために動いたということは……彼もやはり……」
「そういえば膝枕してもらってたよね。ボクだってやってもらったことないのに」
「親密度が異様に高かったのも気になりますね。薄暗い図書室の奥で一体何をしていたのやら……」
アデルから少し距離を置き、アシオンとアルタリオはボソボソと小声で話し始めた。新たな恋敵出現かと戦々恐々としている。
そんな会話がされているとはつゆ知らず、アデルは「アシオン君たち仲良いな~」と呑気に考えていた。いつかこの輪にラグロが加わったらどんなに楽しいだろう、と。
友達といる時だけは笑っていられる。
屋敷に帰ってひとりになると寂しくなって、用もないのに離れに行ってはカインとの思い出に浸った。
「もっと話がしたかったな……」
一番思い出されるのは、最後に会った日のこと。
緊張でうまく話せないままだった。怒らせたというより悲しませてしまった。もっと明るく笑って見送れたら良かったのに、とアデルは毎日悔やんでいた。
寝室は綺麗に掃除され、カインの痕跡は何ひとつ残っていない。それでも彼がここにいたことは事実。
「カイン様……」
この気持ちが薄れる日は来るのだろうか。
アデルはベッドに近付く気にはなれず、壁際の椅子に座り、ただ時間が過ぎていくのを待った。
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