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12話・辛い過去と恵まれた現在

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 僕がまだ王都にいた頃。

 困っていた僕に手を差し伸べてくれた人がいた。
 他に知り合いがいない僕はその人しか頼る先がなかった。好きになったのは、きっと依存しかけていたからだろう。優しくされて舞い上がり、違和感に気付かないフリをした。
 結局その優しさは上辺だけのもので、騙されたと知った途端に怖くなって逃げ出してしまった。

 着の身着のままの姿で町から町へ逃げるように放浪していたら、当時ギルド職員になったばかりのメーゲンさんに拾われた。

 手先の器用さと身軽さを買われ、支援役サポーターとして働き始めた。『探索計画書』に不備があり、ダンジョン探索許可が降りないパーティーの補佐をする仕事だ。大抵は戦力ではなく食糧や水などの配分の杜撰さが主な原因。一度僕が同行すれば、次からは自分たちで何とかする冒険者が大半だった。だから、ひとつのパーティーに長く雇われるなんてことはなかった。

 この町オクトに来る前、初めて長期でパーティーを組んだ。
 最初の頃は感謝してもらえたけど、時間の経過とともに僕の立場はだんだんと下がっていき、仲間たちからの扱いは悪くなった。宿屋の部屋の片隅に置いてもらえれば良いほうで、物置きで寝泊まりをさせられたこともある。報酬の分け前も下がり、日々の食事もごく僅かしか食べられなかった。
 一人だけ痩せ細り、みすぼらしい姿になった僕に気付き、マージさんが間に入ってくれた。搾取を繰り返していた罪で元仲間の冒険者たちはギルドから除名処分となった。

 その後、僕は支援役を辞めてギルドの下働きになった。もう冒険者とは組まない、そう誓った。

 新たなダンジョンが見つかり、この町オクトに支部を作ることになった時に一緒に連れてきてもらった。メーゲンさんやマージさん、アルマさんが気を使ってくれたんだと思う。

 全てを忘れ、新天地で楽しく暮らせるように。





「ライルくん、そろそろ日が暮れる」
「あ、すみません夢中になってました!」

 手元から顔を上げれば、窓の向こうの景色が夕焼け色に照らされていた。作業に没頭し過ぎて時間を忘れてしまった。
 ゼルドさんはベッドに腰掛け、装備の手入れをしながらずっと僕の作業を眺めていたらしい。全然気付かなかった。

「予備二着目完成!これでダンジョン探索中も着替えができますよ」
「ああ、助かる」

 脱げない鎧を外すためには『対となる剣』を見つけなければならない。他の冒険者が先に見つけて鑑定に出したら、アルマさんが保管してくれることになっている。
 でも、この町オクトのダンジョンで第四階層に到達しているパーティーは今のところ僕たちだけ。誰かが見つけてくれることを期待するより、自分たちで探しに行くほうが手っ取り早い。

 明日探索に必要な物資を調達し、明後日から探索に行くことに決定した。

 ふと、ゼルドさんの視線が僕の手元に向けられた。鎧の下に着る服とは別に、肩幅くらいの幅に裁断して端を縫った手拭い状の布を見て首を傾げている。

「ライルくん、それは?」
「これは汗取り用の布で、雑貨屋の奥さんに教えてもらったものを試しに作ってみたんです」

 ダンジョンに潜っている間、ほとんどの冒険者は着替えをしない。匂いや汚れに慣れているとか荷物になるからとかいう理由ではなく、着替える余裕がない場合もある。安全な場所を確保できないと、いくら不快でも着替えなどできない。装備を外した瞬間にモンスターに襲われたらひとたまりもないからだ。

 着替えができない時はどうしたらいいかと相談してみたところ、奥さんが良い知恵を授けてくれた。
 それが汗取り用の布だ。
 本来は赤ちゃんに使うもので、服と肌の間に吸水性の良い柔らかな布を挟んでおき、汗をかいたら引き抜くだけ。これなら着替えの服の枚数を減らせるし、手間も少ない。

「何か話しているとは思ったが、知恵を借りてくれたのか」

 ゼルドさんが目を細めて笑っている。探索中の不快を減らせるのがよほど嬉しいのだろう。

「うまく使えたら、改めて御礼を言いに行くつもりです」

 育児経験者ならではの実用的な方法だ。もしかしたら、冒険者に重宝される商品になるかもしれない。実際に探索で使ってみてから報告しよう。

 そう考えていたら、両手をガシッと掴まれた。驚いて顔を上げると、間近にゼルドさんの顔があった。

「私が感謝しているのは君だ」
「へぁっ!?」
「こんなに縫うのは大変だっただろう」

 言いながら、ゼルドさんの太くてゴツゴツした指が僕の指先を撫でた。まるで大切なものを扱うような、いたわるような触れ方に、僕は居た堪れなくなってしまった。

「ば、晩ごはん食べにいきましょう!」

 椅子から立ち上がり、逃げるように部屋から出る。
 慌てたせいで階段を踏み外しかけた僕の身体を、ゼルドさんが後ろから抱きかかえてくれた。そのまま腕の中に捉われる。

「やはり君は細い。もっと食べたほうがいい」
「はっ、はい……!」

 その日の夕食は大好物の鶏の煮込みだったのに、まったく味が分からなかった。


 
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