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21話・飲み会の後で[ゼルド視点]

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*今回はゼルドさん視点のお話です*


 とっくに日が落ちた時間だというのに、ライルくんは「急用だから」と出掛けていってしまった。

 目的地は宿屋から目と鼻の先にある冒険者ギルドだが、一人で行かせて良かっただろうかと落ち着かない気持ちになる。

 彼は体が細くて頼りない。何度か触れたり風呂に入ったりした際にも思ったが、町で見掛ける平均的な成人男性より小柄だ。そんな彼を実際の年齢より下に見てしまうのは、決して私のせいではない。

 いつもより静かな部屋の中を見渡してみる。
 ベッドがふたつ左右に置かれ、窓際に小さな机と椅子があるだけの簡素な部屋だ。それぞれの荷物はベッド下にしまわれている。この狭い部屋を広く感じてしまうほど彼の不在に慣れない自分がいる。

 支援役サポーターの彼は甲斐甲斐しく世話を焼く。左耳の聴力がやや不安な私に変わり、ダンジョン探索だけではなく日常生活もサポートしてくれている。
 特に助かっているのは、やはり他者とのやり取りだ。周りから恐れられてばかりで会話すら成り立たず、何をするにも困る有り様だったが、ライルくんと共に行動するようになってから全てが好転した。

 彼は私が聞き取りやすいよう、声の大きさや話し掛ける位置に気を遣い、些細な内容でも必ず私の了承を得てから相手に返事をする。いわば周囲との仲介役。
 明るく朗らかな彼と一緒にいるだけで、いつもは怖がられてばかりだった私もほんの少しだけ周囲に受け入れられた気がした。他人と一緒に過ごすことが苦にならないなんて経験は初めてだった。

「おや旦那、今からお出掛けかい?」
「ああ」

 階下へ降りると、厨房で明日の朝食の下拵えをしていた宿屋の女将が顔を出してきた。この町オクトに来てからずっとこの宿屋に世話になっているからか、冒険者相手に慣れているのか、彼女は私を見ても臆さず普通に話し掛けてくる。

「あの子、まだ帰ってきてないんだけど」

 ちらりとうかがうような視線と言葉に、彼女が言いたいことが嫌でも伝わってくる。「これから迎えにいくところだ」と言えば、女将は笑顔で送り出してくれた。

 飲み屋の明かりがチラホラある程度で、通りは暗い。どこからか酔っ払いの騒ぎ声が聞こえた。昼間より治安が悪いのは明らかだ。
 数歩進んだところで袖を引かれ、足を止める。

「おにいさん、遊んでかない?」

 私を引き留めたのは露出の多い服を着た若い女性だった。夜ごと冒険者相手に身体を売って生計を立てているのだろう。私の腕に豊かな胸を押し当て、上目遣いに返答を待っている。

「すまない、先を急いでいる」
「そ、残念だわ。またね」

 断ると、食い下がることなく離れていった。見込みのない者に割く時間などないと言わんばかりの態度がいっそ清々しい。

 ギルドの建物内は昼間とは違い、フロアは無人となっている。最低限の明かりしかないが、吹き抜け階段を見上げてみれば、僅かに騒めきと光が漏れていた。恐らくそこだろうとアタリをつけ、二階に上がり、部屋の扉を拳で叩いて来訪を告げる。

「ライルーッ!しっかりしろーー!!」
「どんだけ飲ませたんだ~?マージ」
「やあね、グラス一杯だけよ」

 室内は大騒ぎだった。
 ギルド長はぐったりしたライルくんを抱きかかえて慌てふためき、鑑定士は上司の狼狽えっぷりを笑い、受付嬢はグラスを手に首を傾げていた。酒瓶が散らばる状況から酒盛りをしていたのだと分かる。

 部屋の入り口で立ち尽くす私に気付いた三人が揃って「やべっ」と声を上げた。どうやら私は相当不機嫌な顔をしていたらしい。

「スマン、潰す気はなかったんだが」

 申し訳なさそうなギルド長が腕の中のライルくんをこちらに向けた。顔色は青く、時折苦しそうに唸り声を上げている。すぐにギルド長からライルくんを受け取り、横抱きに持ち上げる。普段より体が熱くて呼吸も荒い。

「ちょ~っと飲ませた酒が強かったみたいでな~明日は二日酔い確定だぞ~」
「ごめんなさいね、うっかり私専用のお酒を飲ませてしまって」

 受付嬢が見せた酒瓶は、私でも飲むのをためらうほど酒精が強い銘柄だった。こんなものを飲んだら弱い者などひとたまりもない。

 踵を返して出て行こうとすると、背後から呑気な声が投げ掛けられた。

「なあ、たまにはライルを貸してくれよ~。コイツがいないと下の部屋が片付かないんだ~」
「断る」
「ちえっ」

 ライルくんは以前ギルドで下働きをしていたらしいが、今は私専属の支援役サポーターだ。いくら私より彼との付き合いが長いギルド職員が相手でも譲るつもりはない。というか、ライルくんは物ではないのだから、貸し借りなど言語道断だ。

「隣に俺の部屋がある。寝かせてくか?」
「いや、連れて帰る」

 もし私が迎えに来ていなければ、ライルくんはギルド長の私室で寝かされていたのだろうか。そう考えると何故か胸がモヤモヤとした。

「あっそうそう、ゼルドさん宛に手紙があるの。届いたのが夜だったから今度来た時に渡そうと思ってたんだけど丁度良かったわ」

 思い出したようにギルド長の机の上から一通の封筒を取り、受付嬢は私の鎧と服の隙間に突っ込んだ。
 冒険者ギルドは主要な町に配置されているため、毎日定期便が行き来している。支部同士のやり取りには時間が掛かるが、王都と支部ならば一週間以内に返事が届く。
 ライルくんを抱えたまま礼を言って辞した。

 ギルドの建物から出て宿屋へ向かう。
 同じ通りにある、ほんの数十歩の距離。それでも迎えに行かなくてはと思ってしまった。たった数時間離れていただけで不安に陥った自分は重度の心配症なのかもしれない。
 ライルくんは成人済みの男だというのに。

「おかえり……アラまあ、どうしたんだい」
「ギルドで酒を飲まされたようだ」
「そうだったの。ずいぶん悪酔いしてるみたいだから後で薬を持ってくよ」
「頼む」

 宿屋に戻ると、まだ起きていた女将が顔を出し、私の腕の中にいるライルくんを見てホッと息をついた。

 借りている部屋に戻り、彼のベッドに横たえる。
 脂汗をかきながら苦しそうに顔を歪める様子に、どう介抱すべきか分からず、ただベッド脇に膝をついて様子を眺める。

 しばらく寝顔を見守っていたら、突然ライルくんが口元を押さえて上半身を起こした。彼が嘔吐したのと女将が水差しと薬を持ってきたのはほぼ同時だった。
 テキパキと汚れた服とシーツを引っぺがし、ライルくんの口元と身体を拭き、薬と水を飲ませたのは女将だ。介抱に慣れているのか彼女の動きは素早く、手出しをする隙もなかった。

「汚れたものは洗っておくからね。替えのシーツを持ってこようか?」
「いや、明日でいい。すまない」
「かまわないよ。じゃ、おやすみ」

 薬代と洗濯代として多めに渡すと女将はニッと笑い、汚れ物を小脇に抱えて階下へと降りていった。夜中だというのに世話をかけてしまった。明日あらためて礼をしようと考えながら腕の中のライルくんを見下ろす。

 薬が効いたか、吐いてスッキリしたのか、顔色は良くなっている。とりあえず私のベッドに寝かせ、着替えを出すために彼のリュックに伸ばした手を直前で引っ込めた。勝手に荷物を漁るわけにはいかない。

 悩んでいる最中、受付嬢から渡された手紙の存在を思い出した。首元に差し込まれていた封筒を引き抜いて開封する。

 差出人は王都に住む古くからの友人。私が彼宛に出した手紙への返信だ。問い合わせた内容への返事と近況、情勢などを簡潔に答えてくれている。
 いつもなら便箋一枚で終わる手紙が、今回は二枚ある。見てみれば、少し受け入れ難い内容が記されてあった。

『すまん!おまえの弟に情報が漏れた。現在オクトを拠点に活動していることはバレていないが、冒険者をしていることは知られたとみて間違いない。気を付けろ』

「……」

 私が友人と連絡を取り合っていると気付いた弟が、無理やり屋敷に押し入って調べていったらしい。この町オクトに来る前に私が彼に送った手紙を見られたという。

 弟とは王都を出て以来会っていない。
 今どこにいるかすら知らせていない。
 全てを投げ出し、全てを背負わせた。
 きっと愚兄を恨んでいるに違いない。

「っくしゅ」

 小さなくしゃみに驚いて顔を上げれば、身体を震わせるライルくんの姿が目の前にあった。手紙を自分のカバンの奥底にしまいこみ、ベッド脇に膝をつく。

 とりあえず私の服を着せておこう、と彼を抱き起こす。汚れた服を脱がしたため、彼の上半身を覆うものは何もない。二度も一緒に風呂に入ったのに、こうしてまじまじと裸体を見たことはなかった。

 痩せこけているわけではない。
 筋肉がついていないわけでもない。
 だが、華奢な体付きをしている。

 正直、先ほど客引きをしていた女性よりも……と思考がよこしまなほうへ傾きかけた時だった。

「ん~……」

 不意に、腕の中のライルくんがもぞもぞと身じろぎし、私の首元に顔を寄せてきた。肌に当たる金属鎧が硬くて冷たかったからだろう。体温を感じて安堵したのか、そのままの体勢で動かなくなってしまった。

 何の警戒もない寝顔はあどけなくて、彼を実際の年齢より幼く見せている。
 ずっと未成年だと思い込んでいたが、二十歳だと知った時は本当に驚いた。大人だと言うのならば、これまでより対等な相手として扱わねばならない。手加減をしてやる必要はないのだから。

 服を着せることは諦め、私も横になる。ライルくんがベッドから落ちてしまわないように腕を回して抱きかかえた。首元にかかる規則正しい寝息がこそばゆいが不快ではない。

 目を覚ましたらどんな反応をするだろうか。

 飛び起きて平謝りする姿が容易に想像できてしまい、自然と笑みが浮かぶ。腕の中に収まるあたたかくて小さな身体を抱きしめながら、私も目を閉じた。

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