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20話・二日酔いの朝
しおりを挟む大きな鉤爪で頭を鷲掴みにされたような痛みを感じ、重いまぶたを無理やりこじ開ける。朝と呼ぶにはまだ早い時間帯なのか、窓から差し込む光に眩しさはない。
「いてて……」
昨夜飲んだお酒は相当強かったらしい。頭がガンガンするし、どうやって宿屋の部屋に戻ってきたのか全く覚えていない。
ふと、いつもと天井の見え方が違うことに気付いた。部屋の壁が自分の右側にある。僕のベッドから見上げれば、壁は左側にあるはずなのに。
仰向けで見上げていた視線を横に向ければ、何故かシーツが剥がされた空のベッドがある。おや?と思いながら反対側に顔を向けると、超至近距離にゼルドさんの寝顔があった。
「え、あれ?なんで?」
驚いて声を上げると、ゼルドさんも目を覚ました。眠そうに何度か瞬きをした後、ベッドの端まで飛び退いた僕へと顔を向ける。
「おはよう、ライルくん」
「お、おはようございます……」
「身体は大丈夫か?」
「えっ、からだ?」
問われて自分の身体を見下ろせば、何故か上半身は何も着ていなかった。さっきまで毛布にくるまっていたから全然気付かなかったけど、僕は半裸でゼルドさんのベッドで一緒に寝ていたらしい。
頭痛だけじゃない。
腕や腰が地味に痛い。
え、何これ。
どういう状況?
「昨夜、戻りが遅かったからギルドまで迎えに行った」
「……迎えに来てくれたんですか」
「酷く酔っていて、君は意識がなかった」
ベッドに横になったまま、ゼルドさんは青い顔の僕を見上げて昨夜のことを説明し始めた。
「──で、ギルドから担いで連れ帰ってきた。運ぶ際、私の鎧に身体が当たって痛そうだったが、君はとても歩ける状態ではなくてな」
身体のあちこちが痛む理由が判明した。
階段から落ちたとかじゃなくて良かった。
「ベッドに寝かせたら吐いてしまったので、宿の女将にシーツや服の洗濯を頼み、私のベッドに寝かせた……というわけだ」
血の気がザッと引いた。
なんということでしょう。昨夜の僕は相当な醜態を晒したらしい。だからベッドからシーツが剥がされ、僕は上半身裸の状態だったのだ。
「大事な用があると言うから送り出したのに、まさか前後不覚になるまで飲んでいるとは思わなかった」
「たっ大変なご迷惑を……!」
ゼルドさんの声色がいつもより低い。
怒りを通り越して呆れているみたい。
「君にも飲みたい時くらいあるだろう。大人だと言うのなら節度ある行動をせねば」
「ごもっともです……!」
とにかく平謝りするしかない。
ベッドの端で土下座して昨夜の非礼を詫びる。
身体を起こしたゼルドさんが近くにあった毛布を半裸の僕にかけてくれた。顔を上げれば、フッと口の端をゆるませて笑うゼルドさんと目が合う。最近よく見せてくれるようになった気を許した微笑みに、僕の心臓が小さく跳ねた。
「酒の限界は一度酔い潰れてみなければわからない。次からは気をつけるように」
一方的に迷惑をかけられたにも関わらず、僕を怒りもしない。ただ注意を促がすだけ。
「それだけ……?」
「ああ。あと、ギルド長が心配していた。後で顔を見せに行くといい」
「は、はい」
僕は今まで冒険者から酷い目に遭わされてきた。一見優しそうな人でも何かを企んでいて、世間知らずな僕は何度も騙されかけた。
ゼルドさんは違う。
ゼルドさんは優しい。
「起きるには早い時間だ。もうひと眠りしよう」
「そっそうですよね、起こしてすみません!すぐ退きますんで!」
酔い潰れていたとはいえベッドを半分奪っていたのだ。ダンジョン探索から帰ったばかりで疲れているというのに、ギルドまで迎えに来させたり、ベッドを占領したり。僕は本当に迷惑しか掛けてない。
せめて二度寝くらいは広々と寝かせてあげたい。
慌ててベッドから降りようとする僕の腕を掴み、ゼルドさんが自分のほうへと引き寄せた。そのままぽすんと元の位置に身体が収まる。
「今日明日は休みだ。ゆっくり寝るといい」
「あっ、えっ、ここで?」
「君のベッドは使えないだろう」
「そうですけど、でも」
僕のベッドのシーツは剥がされており、寝られる状態ではない。でも、だからって、ゼルドさんのベッドに居続けるなんておかしくないか?
うろたえる僕を後ろから抱きかかえるようにして、ゼルドさんは再び眠りについてしまった。片腕は首の下、もう片方はおなかに回され、ガッチリ固定されている。自力で抜け出すのは早々に諦めた。
背中に当たる、つるりとした硬いものはゼルドさんの鎧だ。金属製だが、体温で温められていて冷たくはない。耳元にかかる彼の寝息がくすぐったくて首をすくめる。
「もう。子どもじゃないって言ったのに、なんでまだ甘やかすんだろ……」
二日酔いで痛む頭では彼の意図が読み解けない。
温かな腕の中は意外なほどに心地が良かった。
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