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25話・予期せぬ再会
しおりを挟む第四階層の宝箱は地面にはなく、全て壁の上部にあるくぼみに隠されていた。見つけにくいが、最初からそうだと分かっていれば探しやすい。何も知らずにいたらひとつも見つけられずに帰還する羽目になるだろう。
帰ったらギルドに情報提供しよう、などと話しながら探索を続ける。
何度か休憩を挟みつつ先へと進むと、遠くのモンスターの咆哮が反響して聴こえることに気付いた。
「あれ、音がやけに響きますね」
しばらく進んだ先に開けた場所があった。いくつかの通路が広い空間に繋がっていて、どの経路を選んでもここに到達するようになっているみたい。
「大きな穴があいているな」
「うわあ、結構深いですよ」
人工的な造りのダンジョンの床が大きく陥没して穴があいていた。穴の深さは、ゼルドさんの上に僕が立っても全然手が届かないくらい。助走をつけて跳躍しても辿り着けないほど離れた対岸には同じような造りの空間が続いている。
「ええ~、どうしましょう」
「穴に降りてよじ登るか迂回するかだな」
見回してみても迂回路は見つからない。おそらくこの穴は第四階層を真っ二つに分断していて、先に進むにはここを突破する必要がある。
穴を見下ろし、黙り込む。ゼルドさんはどうやって進もうか悩んでいる。僕も考えてみたけど、やはり一度穴に降りて対岸の壁を登るしか道はなさそう。
「縄はしごか何かあればいいんですけど」
降りるのは簡単だが登るのは難しい。穴の内側がやや抉れているからだ。特に、大柄なゼルドさんは無理だろう。
鉤爪付きの縄はしごを引っ掛ければ登る助けになる。でも、いま持っているのは普通のロープだけ。対岸にはロープをくくりつけられそうな場所はない。
「一旦町に戻って準備を整えよう」
「え、でも」
「引き時だ、ライルくん」
「……はい」
『対となる剣』発見に固執する僕に、ゼルドさんから帰還の提案をされた。日数的にもここで引き返すべきだ。準備不足のまま先に進んでも良いことなんかない。
分かっているけど、くやしい。
そんな僕の心の中を察したのだろう。ゼルドさんは隣に立つ僕の頭をわしわしと撫でて慰めてくれた。
オクトの町に戻ったのは昼過ぎだった。
冒険者ギルドに寄り、マージさんに帰還の報告をする。いつもならこの時間帯のギルドは空いているんだけど、今日はなぜか混んでいた。見掛けない顔が幾つもある。
「なんだか賑やかですね」
「奥の通りに新しい宿屋ができたから冒険者の受け入れを再開したの」
「もう完成したんですか」
「他の店も数日以内にはできるはずよ」
今まで宿屋が二軒しかなく、全ての部屋が埋まっていたため、ギルドは別の町からの冒険者の拠点移動を制限していた。僕たちがダンジョンに潜っている間に新たな宿屋が完成したので、何組かのパーティーが移ってきたという。
早速ゼルドさんは新顔の人たちから恐れられていた。黙って僕の後ろに立っているだけなのに。
常設依頼の薬草を渡して報酬を貰ってから、奥の部屋の扉をノックする。
「鑑定お願いしまーす」
「はいよ~」
アルマさんは珍しく起きていて、テーブルの上に置かれた幾つかのアイテムを見比べていた。こちらに視線を寄越すことなく手招きし、着席を促している。空いているソファーに並んで腰を下ろし、アルマさんの手元を見る。
「戦利品ですか」
「そぉ。オクトだけじゃなく他の町のダンジョンから見つかったものもあるぞ~」
新たにオクトに移ってきた冒険者たちが持ち込んだものを買い取り、地域ごとに違いがないか調べているらしい。
「違いとかあります?」
「近隣の町だと似通ったものが多いな~。土地が離れていると見た目の細工がガラリと変わる。例えば、王都周辺のダンジョンとこの辺りのダンジョンだと全く意匠が違うからな~。どこで発見されたものか大体分かる」
「へえ?」
隣を見れば、ゼルドさんも首を傾げていた。
これまで何ヵ所かのダンジョンに潜っているんだから、僕よりたくさんのアイテムを見てきたはずなのに。
「これなんかはスルトのダンジョンから見つかったアイテムだ。細工の模様が違うだろ~?」
「スルトの?」
「ああ、今日持ち込まれてな~。スルト産のアイテムはもう出なくなるから希少性が高い。ちょい高めに買い取ったぞ~」
スルトのダンジョンは踏破されて宝箱が出現しなくなったから、もう新たなアイテムが出ることはない。蒐集家が欲しがるだろうと予想がつく。
「あたしはそれぞれのダンジョンにあるアイテムの総数は最初から決まってる、と考えてるんだよな~」
「どういうことです?」
並べたアイテムを軽く指で弾き、アルマさんはテーブルに両肘をついてこちらを見上げた。
「例えば、王都には四方にデカいダンジョンがあるだろ~?発見から百年近く経つのに未だ踏破されてない」
確かに、王都近隣にあるダンジョンはずっと昔からある。王都を拠点に活動する実力者揃いの冒険者がずっと挑み続けているにも関わらず、誰も最深部に到達していない。
「王都の近くにあるダンジョンは他の町や村にあるソレとは規模が違う。理由が分かるか~?それは、ダンジョンの元となった遺跡の規模が違うからだ。最深部に到達できるようになるのは、ダンジョンに眠るアイテムが底をついた時なんだろな~」
「それって……」
どれだけ強くても、アイテムが残っている限り踏破できないという意味だろうか。それならば、王都の近くにあるダンジョンが未踏破なのも納得できる。国の中枢機関を置くならば立地条件が良い場所に決まっている。大昔でも地形はそう変わっていないはず。つまり、今も栄えている場所は過去にも栄えていたということ。栄えていた場所にはそれだけ多くのアイテムが眠っている。
スルトは辺境の村で、ダンジョンも小さくてアイテムも少なかった。だから発見から僅か十年で踏破されたのだ。
「もちろん最深部に到達するまでには強力なモンスターをたくさん倒さなきゃなんないからな~。スルトの踏破者が実力者なのは間違いないぞ~」
「じゃあ、これを持ち込んだのって」
「いや、踏破者はギルド本部で認定やら何やら色々めんどくさい手続きがあるらしくて、まだ自由がないんだってさ~。コレを持ち込んだのはフツーの冒険者だがな~」
ギルド本部は王都にある。ダンジョン踏破なんて滅多にあることじゃないから貴族や王族も詳しく話を聞きたがるだろう。話題の踏破者には会ってみたいけど、その機会はしばらくなさそうだ。
戦利品の鑑定と買い取りを終え、ギルドから出た。まだ明るい時間帯だが、昼時を過ぎたからかどの店も空いている。宿屋に戻る前に何か食べよう、と馴染みの定食屋に立ち寄ることにした。
「今日は鹿肉があるみたいですよ」
「ああ、楽しみだ」
店の前に置かれた『本日のおススメ料理』の看板を指差して後ろに笑顔を向けると、ゼルドさんも嬉しそうに口元をゆるめていた。僕と同じで、六日ぶりの携帯食ではない食事が嬉しいのだろう。
早速店内に入り、注文をしてから席に着く。
料理が運ばれてくるまでの間、とりとめのない話をしながら待っていると、近くのテーブルに座っていた男の人が振り返った。
「やっぱりな。聞き覚えがある声だと思った」
「え?」
男の人はわざわざこちらのテーブルまでやってきて、腰を屈めて僕の顔を覗き込んできた。明るめの茶色の瞳が僕の姿を映し、スッと細められる。
「まさかこんな所で会うとはな。ライル」
「タ、タバク、さん……」
二年ぶりに見た彼の顔は、あの頃と変わらず自信に満ちていた。
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