30 / 118
30話・心の支え
「……、……くん、ライルくん!」
身体を揺り動かされ、低い声に名前を呼ばれて目を開けると、ベッドのすぐそばにゼルドさんが膝をついてこちらを見ていた。寝る時に消したはずのランプが灯されていて、室内は明るい。
「あれ、どうしたんですか」
何かあったのかと思い、上半身を起こす。寝起きのせいか、声がかすれてうまく出ないし視界はぼやけている。ゼルドさんは何やら困惑したような表情で僕を見下ろしていた。
「うなされていたから起こしたんだが」
「え?あっ、もしかして僕、寝言とか言ってました?うるさくしてすみません!」
「いや、もし悪い夢を見ているのなら目を覚ましたほうが良いかと思ったまでだ」
慌てて謝ると、ゼルドさんは首を横に振った。わざわざ起こすほど僕は酷いうなされかたをしていたんだろうか。
「ありがとうございます。実は、ちょっと怖い夢を見てました」
「ほう、どんな?」
「ええと……、……たくさんのモンスターに追いかけられる夢、を」
「はは、それは悪夢だ」
僕の返答に、ゼルドさんが表情を和らげた。
実際に見た夢の内容とは違うけど、本当のことを話してもどうにもならない。昼間タバクさんと再会したことがきっかけで、二年前の記憶を鮮明に思い出してしまっただけなんだから。
「夢の中のモンスターはそんなに恐ろしかったか?」
「え」
そう言いながら、ゼルドさんが僕の目の下をそっと撫でる。視界に映る彼の指先は濡れていて、ランプの光を反射して僅かに光った。
なんだろう、と自分で頬に触れてみる。
「あれ……?」
どうやら寝ながら涙を流していたようだ。視界がぼやけていたのは寝起きだからではなく、涙の膜が張っていたせいだった。
夜中にうなされ、泣いていたからゼルドさんは心配して起こしてくれたのだ。
「うわあ、恥ずかしい!寝ながら泣くなんて子どもみたいですね、僕」
苦笑いを浮かべ、慌てて服の袖で目元を拭う。思った以上に泣いていたようで、袖口が水分を吸って肌にべたりと張り付いた。自分では見れないけれど、きっと目の周りが赤くなっているのだろう。大人なのに恥ずかしい。今さらとは思いながらも下を向き、顔を隠した。
「夢の中に私はいなかったのか」
低い声に問われ、目を瞬かせる。
先ほどの夢にゼルドさんが登場するわけがない。だってあれは過去の話で、あの頃はゼルドさんとは出会っていなかったんだから。
頷いて肯定したらため息をつかれた。
恐る恐る横目でゼルドさんを見れば、ややムスッとした表情で数秒黙り込んでから、何かを思いついたように口を開いた。
「次に悪い夢を見たら私を思い出せ。私がいれば、モンスターに後れをとることはない。必ず君を助ける」
「え……」
思いもよらぬ言葉に俯いていた顔を上げる。
ベッド脇の床に膝をつき、真っ直ぐ僕を見つめるゼルドさんと視線が交わった。揺らぐランプの明かりが照らす彼の表情は真剣そのもので、本気でそう言っているのだと分かった。
あの頃、もしゼルドさんがそばにいたら。
タバクさんから騙されてショックは受けただろうけど、何もかも捨てて逃げるほどではない。だって、親身になってくれる人がいるのだから。ゼルドさんがいてくれたら、悲しみはしても早くに立ち直れたはずだ。
「……ふふっ、そうですね。ゼルドさんなら何があっても助けてくれそう」
「だから、もう安心していい」
「心強いです」
安心したら眠気が襲ってきた。うなされていたとはいえ、寝ているところを起こされたのだ。朝陽が昇るまでまだ数時間ある。
「夜中に騒がせてすみませんでした。もう大丈夫です」
ベッドから出て、机の上に置かれたランプの炎を吹き消す。明るかった室内が一気に暗くなった。窓から差し込む月の光が板張りの床に濃い影を映している。
再び自分のベッドに潜り込み、肩までしっかり布団を被る。眠りに落ちそうになった瞬間、先ほど見た夢の光景がまぶたの裏にチラつき、ヒュッと喉が鳴った。
またあの夢を見たらどうしよう。
眠いのに、眠るのが怖い。
「ライルくん」
布団の中で身体を震わせていたら、不意に名前を呼ばれた。顔を向けると、隣のベッドに横になっているゼルドさんの姿があった。
彼は自分の上掛け布団をめくり、もう片方の手をこちらに差し出している。
「眠るのが怖いのならこちらへ」
「え、いや、そんな」
「私が一緒なら怖い夢は見ない」
「……っ」
力強く断言され、心臓がぎゅっと痛くなった。
何か言おうと開いた唇は、はくはくと空気を食むだけで言葉を発することすらできない。思考が止まり、招かれるままに、ただあちらに行かねばと身体が動いた。するりと布団から抜け出し、冷たい床に足をつく。わずか二歩、隣のベッドまでの距離がもどかしく感じた。
「おいで」
ゼルドさんの言葉に応えるようにベッドに入り、腕の中に収まる。彼の上半身を覆う金属鎧は先ほどまで布団から出ていたからか、ひんやりと冷たい。触れた部分からじわじわ体温が伝わり、徐々にあたたまっていく。受け入れてもらえたように感じて目を細め、強張らせていた身体の緊張を解いた。
酔い潰れていたり無理やり引っ張り込まれたりしたことはあったけど、自分の意思でゼルドさんのベッドに入るなんてことはこれまでなかった。
今、招かれて受け入れたのは僕の意志だ。
「君を害する存在は私が全て排除する」
耳元で聞こえる低い声が心地良くて、まぶたが自然とおりてゆく。恐怖はもう感じない。包み込むように回された腕に両手を添え、離れないようしっかりと固定する。
「おやすみ、ライルくん」
「……おやすみなさい、ゼルドさん……」
あたたかなぬくもりが不安をかき消してくれる。眠りに落ちる前にゼルドさんが何か言った気がしたけれど、僕には聞き取れなかった。
あなたにおすすめの小説
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
