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89話・役立たず

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 ゼルドさんがダンジョンから帰還した。どうやら急いで走ってきたようで、ギルドに到着した時にはかなり息を切らせていた。

「おかえりなさい、ゼルドさん」
「ああ。留守中問題はなかったか」
「ダールがいてくれましたから」

 待ち侘びた六日振りの再会なのに、何故か僕は複雑な気持ちを抱いていた。心の中に重たい石がのしかかっているような、胸がつかえているような、すっきりしない感覚。
 それでも、僕に向かって笑いかけるゼルドさんの顔を見た途端に不安な気持ちは薄らいでいった。

「オッサンも戻ってきたし、今度はオレが行く番だな!」
「あたしは道案内したらすぐ帰るからな~」

 僕の付き添いを交代して、今度はダールがダンジョンに潜る。彼はまだ第四階層の大穴の場所を知らないため、アルマさんが道案内についていく。

「頑張ってね、ダール」
「おう、行ってくる!」
「アルマさんも気をつけて」
「ライルも無理すんなよ~」
「はい、いってらっしゃい」

 出かけていく二人を見送ってから、僕たちは客室へと戻った。

「おや、これは……」

 ベッドが増えていることに気付いたゼルドさんが僕を見た。

「追加でベッドを入れてもらったんです。ダールは寝相が悪いので」
「なるほど」

 理由を教えれば、すぐに納得してもらえた。幼馴染みの友人とはいえ僕が他の男とベタベタすることが嫌なゼルドさんは、別々のベッドで寝ていたと聞いてやや嬉しそうだ。

「良かったら、ゼルドさんもこっちのベッドを使ってください」

 しかし、僕のこの提案には「は?」と眉間にシワを寄せた。

「え、だって、ダンジョンから帰ってきたばかりで疲れてますよね。広々としたベッドで寝たほうが……」
「いや、ライルくんを抱えて眠ったほうが落ち着く」
「そ、そうですか」

 ゼルドさんはすぐ人を呼び、追加のベッドを撤去させた。これで一緒に寝る以外の選択肢はなくなってしまった。

「ゼルドさん、お風呂に入ってきてください」

 つい癖でそばに寄り、ハッと我に返る。
 そうだ。もう鎧は自由に外せるのだから、中に着ている服もゼルドさんは一人で脱げる。お手伝いの必要はない。

「ライルくん?」
「いえ、手拭いどうぞ」
「ああ。ありがとう」

 ゼルドさんは嬉しそうに口元をゆるめ、手拭いを受け取って浴室へと向かった。
 彼が脱いだ服を洗っておこうかと思ったけれど、脇腹の傷に負担がかかるからまだ洗濯はできない。

「……はあぁ」

 僕、もしかしてすごく役立たずでは?
 元から大して活躍していたわけではないけれど、更に酷くなっている。役に立つどころか周りに気遣われ、お世話をしてもらっている始末。

「……僕、ゼルドさんと組んでていいのかな」

 自分にも聞こえないくらいに小さく呟く。不安を口に出した途端、胸が痛くなった。

 怪我が治るまでは仕方がないと分かっているけれど、治ったからって鎧が外せなかった頃のように必要不可欠な存在には戻れない。

 あんなに有り難かった『偉大なる神の手』も今はリュックの中に入れっぱなしの状態だ。状況が変われば使い道がなくなり、要らなくなる。まるで僕みたいだ。

 お風呂から上がったゼルドさんは、食事を済ますと早速僕と共にベッドに潜った。その前に服をめくり、傷の具合を直接見て確認された。

「医者はなんと?」
「あと数日安静にして痛みがなければ、少しずつ元の生活に戻っていいって」
「そうか。良かった」

 フォルクス様付きの医師が王都に戻ったため、今はオクトのお医者さんに診てもらっている。難しい病ではなく単なる刺し傷だから、主治医の引き継ぎは特に問題もなく行われた。
 僕の場合は傷の深さではなく出血量の多さが問題で、失った血を補うために肉や卵、豆などをたくさん食べるよう指導されている。

「離れている間、気が気ではなかった。だが、順調に回復しているようで安心した」
「ちゃんと大人しくしてましたから」

 負担のかかる家事は禁止されたので、座ったままできる裁縫しかしていない。あとは散歩くらいか。

「君さえ良ければ、明日にも宿屋に戻ろうかと考えている」
「そうですね、ずっとギルドでお世話になるわけにもいかないし」

 マージさんたちは嫌な顔ひとつせず世話を焼いてくれるけど、この客室は本来フォルクス様のようなギルドのお客様を迎えるための部屋だ。いつまでも居座っていてはいけない。

「それで、借りている部屋なんだが」

 僕を抱える腕にわずかに力がこもった。

「今までの部屋に抵抗があるのなら、別の部屋に変えても構わない」

 ゼルドさんの言わんとすることを理解して、一瞬考えてから笑顔を作る。本当に、僕は気を使われてばかりだ。

「あの部屋がいいです。変えないで」

 タバクさんに襲われたことは今も色濃く記憶に刻み込まれている。
 でも、それ以上に嬉しかったり楽しかった記憶のほうがはるかに多い。ゼルドさんと組んだ日から借りている、思い出がたくさん詰まった大事な部屋なのだから。

「……わかった。では、明日戻ろう」
「はいっ」

 早くゼルドさんに塗り替えてもらいたい。
 嫌な記憶も、不安な気持ちも、全部。

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