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93話・幼馴染みの支え

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 あとは仕上げのみで、橋はもうすぐ完成するという。ちょうど良いタイミングだ。

 若い冒険者二人組は僕を気遣い、何かと話しかけてくれる。工事の様子がよく見える場所に廃材で作った椅子を置き、座るよう促してくれた。優しい子たちだ。

「おまえら暇そーじゃん。あっちにモンスター狩りに行くか?」

 そこへ毛皮を剥ぎ終えたダールがやってきた。僕を囲むように胡座をかく二人を見下ろし、笑顔で誘う。
 あっち、とは橋の向こう側のことだ。

「えーっ、ダールさんと~?」
「また置いていかれそ~」

 どうやら今までも一緒にモンスターを倒しにいったことがあるらしい。僕が意識を取り戻す前にも薬草採取のために一緒にダンジョンに潜っていたし、三人での行動は珍しいことではないようだ。

「あ、でも、せっかくライルが来てるからな。おまえらはゼルドのオッサンと行ってこいよ」
「おい、ダール」

 急に指名されたゼルドさんが不服そうに睨んだけど、ダールは気にせず僕の隣に腰を下ろした。

「ライルはオレが見てるから、ちょっと身体動かしてきなよ」
「……すぐ戻る」

 仕方ないとばかりに溜め息をつき、ゼルドさんは僕のそばから離れた。二人組を引き連れて向こう側へと消えてゆく後ろ姿を見送ってから、ダールへと向き直る。

「さっきの毛皮は?」
「皮についた脂を取って薬液に浸けてきた。あのまま町に持ち帰って仕上げする」
「すぐに使えるわけじゃないんだね」
「ナマモノだから腐るんだよ。使い捨てならともかく、売り物にするならキチンと加工しねーとな」

 毛皮って腐るんだ、なんてことを思いながらダールの話に耳を傾ける。

「隣の国の狩人の村からスルトまで結構距離があったからさ、道中の路銀は毛皮で稼いだんだ。薬液の作り方も皮のなめし方も全部教えてもらった」

 ダールは強さだけでなく生きていく術も叩き込まれていたのだ。でなければ、きっとスルトには戻れなかっただろう。

「冒険者をやめても生活には困らなさそうだね、ダールは」
「だろ?」

 腕っぷしも強いし、物怖じしないから他者とも平気で関われる。その上、稼ぐ手段を身に付けている。前も思ったけど、ダールはどこに行っても何をしても生きていけそうだ。

「思い詰めたよーな顔してどうした?」
「えっ」

 思わず出た上擦った声が返事だ。ダールは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
 周りにいた人たちは休憩を終えて持ち場へと戻っている。近くに誰もいないことを確認してから、僕は口を開いた。

「……ゼルドさんにはもう僕なんか必要ないのかな、と思って」

 今まで何度も何度も考えてきたことだけど誰かに言ったのは初めてで、耳から聞こえた自分の言葉に自分でショックを受けてしまう。

「前にダールが言ってたよね。ゼルドさんの聴力は問題なさそうだって。今回、久しぶりに一緒にダンジョンに潜って実感した。ちゃんと索敵もできてたし、ゼルドさんはもう一人で大丈夫そうだった」

 出会った頃は確かに左耳の聴力は悪かった。十年前に負った古傷が原因の聴力低下が何故今になって回復したかは分からない。
 一番嫌なのは素直に喜べない自分の浅ましさだ。こんな気持ちで彼の隣に居続けるなんて僕自身が許せない。

「それで元気がなかったんだな」
「うん」

 こんな弱音を吐ける相手はダールだけ。再会してから情けない姿しか見せていない幼馴染みに愛想を尽かすこともなく、ただ隣に寄り添い、話を聞いてくれる。
 圧倒的に強い彼が相手だから、素直に甘えられるのかもしれない。

「さっきの話に戻るんだけどさー」

 うなだれる僕の肩に腕を回し、ダールは殊更明るい口調で言葉を続けた。

「オレならスルトみたいな辺境の村でも楽に暮らしていける」

 確かに、ダールならどこでもうまくやれるだろう。例え交通や流通の便が悪い故郷のスルトでも。

「……ライル一人くらい養えるよ」

 はっと顔を上げれば、至近距離で視線が交わる。さっきまでとは違い、その目はすごく真剣だ。

 口を開きかけたまま固まる僕を見て、ダールがプッと吹き出した。

「ははっ、なんだよその顔!」
「あ、あはは。びっくりした」

 つられて笑いながら、なんとなくホッとする。
 弱音をこぼせる相手がダールしかいないからって甘え過ぎた。なんでも器用にこなせる彼は、僕の人生を抱え込むことすら厭わない。スルトの生き残り同士、見捨てられないのだろう。僕たちには代わりがいないのだから。

「ごめん気を使わせて。僕は大丈夫だから、そんなこと軽々しく言ったらダメだよ」

 僕がもし自堕落な性格をしていたら、彼に寄り掛かって生活の面倒を見てもらおうとしたかもしれない。この先ダールが結婚したい相手と出会っても、僕みたいな男が寄生していたら嫌がられるだろう。

 ダールにはダールの人生がある。
 僕は彼の重荷になりたくはない。

「軽い気持ちで言えるかよ、こんなこと」
「えっ」

 僕の肩に回されていた腕が離れ、代わりに手を強く握られた。

「もし居場所がねーと感じたらオレんとこに来いよ。わかったか?」
「う、うん」
「約束な!」

 勢いに飲まれて頷くと、ダールはニカッと機嫌良く笑った。

「今ライルが落ち込んでんのは怪我のせいだよ。思い通りに身体が動かなくてイライラしてんだ。だから、あんま気にしないほーがいいぜ」
「……そうなのかな」
「オレも動けない時はめっちゃ気分が沈んで泣いてばっかだったもん。あ、十年前の話な!」

 大怪我を負った経験があるからこその助言。

 元気づけようとしてくれる気持ちが嬉しくて、僕は久しぶりに偽りではない笑顔になれた。


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