【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

文字の大きさ
114 / 118

114話・正妻の行動理由

しおりを挟む


「結婚した後も関係を改善しようとしなかったのはフォルクス様も同じではないですか!」
「そ、それは、アンナルーサが生意気な態度を取るから」

 第二夫人から厳しい口調で責められて、フォルクス様はしどろもどろになっていた。

「アンナルーサ様がなぜ拒絶し続けているのか分かりませんか。決してゼルディス様やフォルクス様がお嫌いだからではないんですよ」
「では、なぜ」

 まだ理解できないといったフォルクス様の様子を見て、ハンナ様が更に言葉を続けようとした。それをアンナルーサ様が止めた。

「およしなさい、ハンナ。貴女が怒ることはないわ」
「ですが、このままではアンナルーサ様が」

 優しく宥められ、ハンナ様はしゅんと肩を落とした。代わりにアンナルーサ様が話を続ける。

「私は生まれた時から売られることが決まっておりました。より多くの金銭的援助をしてくれる裕福な家に嫁ぐように、と。血筋しか取り柄がなく、何の努力もしない親が嫌で嫌で……。でも、親から逃れるためには他家に嫁ぐしか方法がありませんでした」

 誰も言葉を発することなく、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。

「私は自分の血を残したくありません。私を高貴な血を継ぐ子を産むための道具として売り買いした大人たちの思い通りになりたくない。それだけが私の望みなのです」

 望みと言い表すにはあまりにも悲しいことだと僕は思う。

 アンナルーサ様にとって『結婚して子を産む』という『女性としての一般的な幸せ』は忌避すべきことでしかなかった。
 親から解放されるためには嫁ぐしかない。ならば、嫁いだ先で徹底的に嫌われれば良い。
 最初の婚約者であるゼルドさんはいなくなり、代わりに結婚したフォルクス様は指一本触れようとしない。こうなるように仕向けたのはアンナルーサ様自身。自らの矜持を守るため、彼女は幼い頃から必死になって策を講じてきた。

「その代わり、アンナルーサ嬢は現当主の正妻としてマーセナー家を守ってくれていたのだろう。バルネアから聞くまで知らなかったが、多くの貴族と友好的な関係を築いているそうだな」
「社交くらいしか能がありませんもの」

 先ほど庭園の四阿あずまやで言っていた。フォルクス様やハンナ様は貴族同士の駆け引きには不向きだと。子どもを産まない代わりに、アンナルーサ様なりにマーセナー家のために頑張ってくれていたのだ。

「そもそも、わたしと貴方を引き合わせてくださったのもアンナルーサ様なんですよ。お忘れになりましたの?」
「そ、そうだったか」

 ハンナ様にジト目で睨まれ、フォルクス様は肩身が狭そうだった。

「フォルクス」

 鈴の鳴るような綺麗な声が客間の空気を静まらせた。アンナルーサ様はぴんと背筋を伸ばし、真っ直ぐフォルクス様を見据えている。

「確かに、此度のことは私の我が儘が発端で起きました。貴方の大事な兄上を傷付け、有能な従者を失わせたのも全て私のせい。離縁されても仕方ありません」
「それでは、実家への援助は」
「打ち切っていただいて構いません」

 援助を打ち切れば、アンナルーサ様の実家は立ち行かなくなるのではないか。誰もがそう心配した。

「婚約が決まってから十五年間ずっと援助していただいてるのに食い潰すばかりで領地の経営が改善されることはありませんでした。これ以上の援助は無駄です」

 きっぱりと言い切ったアンナルーサ様の表情はどこか晴れやかだった。

「ハンナが可愛い子を産んでくれたんですもの。もう私は必要ありませんわ」

 高貴な血に執着していた先代ガーラント卿は亡くなり、遺志を継いだヘルツさんも捕まった。もうアンナルーサ様がマーセナー家に残る必要はない。

 しかし。

「嫌です!アンナルーサ様がいてくださらないと困ります!」

 真っ先に反対したのはハンナ様だった。彼女はアンナルーサ様のそばに跪き、涙目で縋りつきながら訴える。

「わたしに正妻は務まりません!アンナルーサ様でなければ他家の奥様がたと渡り合うことなどできませんわ!」
「ハンナったら。すぐ慣れるわよ」
「いいえ!それに、産後すぐフォルクス様がオクトに行って留守にした際も、アンナルーサ様はわたしを支えてくださいました。領地で問題が起きた時も迅速に対応してくださいました。夫より頼りになる存在なのです!」

 全員の冷たい視線がフォルクス様に集中した。
 ハンナ様が男児を産んだ後、フォルクス様はゼルドさんに会うためだけにオクトにやってきた。そうするように仕向けたのはヘルツさんだけど、嬉々として従ったのはフォルクス様だ。領地だけでなく、産後間もないハンナ様と赤ちゃんを一ヶ月半も放ったらかしにしていた事実は消えない。

「……一番身勝手なのは、私か」

 頑なにアンナルーサ様を拒絶し続けてきたフォルクス様から毒気が抜けた。ほうけたような表情で、深く息を吐き出している。

「結局、私はヘルツのことを何も知らなかった。アンナルーサがマーセナー家のために尽力していたことも知ろうとすら思わなかった」

 ゼルドさんはソファーから腰を上げ、向かいに座るフォルクス様の肩にそっと大きな手のひらを置いた。

「これから知ればいい。おまえには支えてくれる存在がいることを忘れるな」

 フォルクス様は目を見開き、ゆっくり客間を見渡す。手を取り合う正妻と第二夫人、そして兄の姿を見た。

「立派な跡継ぎがいるのだから、その子に恥じぬ生き方をせよ」
「兄上……!」

 客間に響く小さな嗚咽が、マーセナー家にあったわだかまりを少しずつ溶かしていくようだった。
しおりを挟む
感想 220

あなたにおすすめの小説

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

雪を溶かすように

春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。 和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。 溺愛・甘々です。 *物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

魔術師さんは囲われ気味な高位貴族の愛人になりたくない

さか【傘路さか】
BL
全9話。離婚経験済みの高位貴族×貴族に研究の後援を受ける魔術師。 魔術師であるラディは、貴族であるノックスに後援を受け、安価な金属から純金を生成する研究を続けている。 ノックスは若い研究者や芸術家などを支援しては大成させ、関連事業を興しては成功させる傍ら、私生活では妻の不貞による離婚を経験しているような男だ。 ラディを懐に入れ、戯れに触れてくるノックスを、不思議と突き放さずに衣食住を担保してもらう日々を続けていた。 ある日、ノックスから「近々、君の後援を打ち切ろうと思っていてね」と告げられる。 ひと月以内に研究の成果を出すか、愛人になるか。 二択を迫る男は、これまでよりも接触を増やす、と宣言し、ラディの唇を奪うのだった。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

処理中です...