【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢

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116話・そばにいるだけで

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 宿屋で食事を済ませ、部屋に入った途端、ゼルドさんは僕を正面から抱きしめてきた。大きな胸板と逞しい腕に包まれ、身動きできなくなる。

「今日は済まなかった。ヘルツから嫌なことを言われていただろう」
「いえ、気にしないでください」

 僕が気落ちしているのは、ヘルツさんから心無い言葉を投げつけられたせいだと思ったらしい。

「フォルクスと大事な話をしていて気付くのが遅れてしまった。アンナルーサ嬢がいる場では滅多なことにはならないとは思っていたが、私の見立てが甘かった」

 客人に失礼な言動をすればアンナルーサ様が許さない。バルネア様が僕に紋章入りのループタイを持たせてくれたのはそのためだ。

「本当に、大丈夫ですから」

 笑顔を取り繕えば、ゼルドさんはまた悲しそうに眉をひそめた。

「私もフォルクスを責められない。大切な者を守っているつもりで、結局傷付けてしまうのだから」

 ゼルドさんは僕をマーセナー家に連れていったことを後悔しているようだった。

「そばに置くだけが守る手段ではないのだと痛感した」
「えっ……」

 僕の背中に回していたゼルドさんの手から力が抜けた。わずかに身体が離れ、互いを見つめ合う。

「君にはずっと安全な場所にいてもらいたい。もう二度と傷付いてほしくない」

 今の言葉の意味が何なのか想像しただけで悲しくなった。
 もしかしたら、ゼルドさんは僕から離れることを視野に入れているのかもしれない。僕を安全な場所に置いて、時々会いに来るだけにしたいのかもしれない。そうすれば傷付くことはないから。

「だが」

 想像しただけで泣きそうになった僕を見て、ゼルドさんは悲しげな表情を少しだけ和らげた。

「君は今の私を選んでくれた。『冒険者のゼルド』を。それがどれだけ嬉しかったか」



『僕が好きなのは貴族じゃない。冒険者のゼルドさんです』



 ヘルツさんから『マーセナー家で囲われるつもりはないか』と問われた時に返した言葉。あれをゼルドさんは聞いていたのだ。

「僕、ゼルドさんが貴族に……騎士に戻ったらどうしようかと」
「そんな心配をしていたのか」
「だってゼルドさん、もう聞こえますよね」

 そもそも騎士を辞めたきっかけは怪我の後遺症で聴力が落ちたから。今はすっかり回復し、バルネア様からも復帰を望まれている。断る理由などない。

「なぜ私の聴力が回復したか分かるか」
「ええと、貴族じゃなくなったから……?」
「ならば君と組む前に治っていたはずだろう」

 マーセナー家を飛び出して冒険者となったのが三年前。僕と組んでからまだ三ヶ月くらい。その頃はまだ左耳が聞こえづらかったから、マージさんが僕を支援役サポーターとして紹介したのだ。

「じゃあ、なんで?」
「まだ分からないか」

 ふ、と笑いながら、ゼルドさんは僕の頬を両手で挟んで上へと向けた。そのまま身を屈め、おでこ同士がぶつかるくらい顔を近付けてくる。

「君と出会い、想い合えたからだ」

 何を言われたのか分からず、ぽかんとする。

「冒険者となってからも私の心は負い目や罪悪感だらけで、まったく楽にはならなかった」

 マーセナー家を捨てても、フォルクス様やアンナルーサ様、ヘルツさんに対する負い目がゼルドさんを縛っていた。せっかく得た自由を楽しむ余裕もなかったのだろう。

「貴族としての重責を投げ出し、好きな時に好きな場所へ行けるようになって初めて自分に『やりたいこと』がないと気付いた。私はただ逃げていただけの臆病者だった」

 騎士時代なら訓練や任務がある。
 貴族の当主なら領地経営の仕事がある。
 冒険者は自分で目的を決めねばならない。

「そんな時、ライルくんを思い出した。スルトで助けた幼い頃の君のことだ。ダンジョンの大暴走スタンピードで全てを失い、嘆く君の姿が脳裏に浮かび、あのような悲劇を繰り返してはならないと強く思った」
「ぼ、僕……?」
「目的を見失った私を君が導いてくれた」

 再会するずっと前から、ゼルドさんは僕のために活動してくれていたんだ。

「オクトのギルドで紹介された支援役サポーターがあの時の少年だと分かった時に運命を感じた。その頃にはすっかり君を好きになってしまっていたから」
「そ、そうだったんですか」
「そうとも。君が私を支え、気遣ってくれるうちに少しずつ聴力が回復していった。君の声を聞き漏らしたくない一心だったのかもしれないな」

 十年前のスルトで任務中に負った怪我。その後遺症でずっと聴こえづらかったゼルドさんの左耳は、僕と出会って治ったのだ。

「だから、きっと君がそばにいないと再び聴こえなくなってしまう」

 超至近距離で視線を合わせたまま、ゼルドさんは真面目な顔で断言した。後からこじつけた理由にしか思えなかったけれど、僕を安心させるには十分だった。

「僕がいないと困りますか」
「ああ、すごく困る」

 そのひと言だけで、僕が抱えていた大きな不安はあっという間に掻き消えてしまった。どちらからともなく唇を寄せ、軽いキスを繰り返す。

「実家に君を連れて行った理由は、フォルクスに貴族籍から抜けるという話をするところを見せて安心させたかったからなんだ」

 しかし、僕はアンナルーサ様に連れ出されてしまい、その話に立ち会うどころではなかった。

「バルネアに頼んで再度除籍嘆願の書類を提出してもらった。グラウス家を経由したから最短で受理されるだろう」
「でも、騎士に戻らないかと言われてましたよね」
「あいつの最後の悪足掻きだ。きちんと断ったから安心してほしい」
「よ、良かったぁ……」

 僕が客間から出て行った後、しっかり断ったらしい。バルネア様の頼みを一蹴するほど、ゼルドさんの決意は堅かった。

 今の今まで、ゼルドさんが貴族に戻ったらどうしようかと思っていた。そうなれば、平民の僕はそばに居られないから。

「もし君が贅沢な暮らしを望むのであれば貴族に戻ることも考えたのだが……」
「絶っっ対イヤです!広くて立派なお屋敷も、綺麗に仕立てられた服も、僕には勿体なさ過ぎます!」

 たった数時間滞在しただけでも神経をすり減らしたのだ。毎日なんて耐えられない。そもそも、お世話をされるだけの立場は性に合わない。僕は支援役サポーターなんだから。

 そう必死に訴えると、ゼルドさんは声を上げて笑った。

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