【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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1話・大断絶とは世界を分断する境界である

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 深い谷を吹き抜けてゆく風が女の悲鳴のようだ。断崖のふちに立って下を覗いても谷の底は見えない。『大断絶』と呼ばれる世界を分断する境界線が俺たちの前に横たわっていた。

「レイ。あまり身を乗り出すと落ちますよ」

 深い谷底を見下ろす俺に声がかけられる。肩越しに振り返ると、銀髪の青年ギルが困ったように微笑んでいた。その顔が気に食わず、無視して再び視線を谷底へと戻す。ごつごつとした岩肌の、切り立った断崖である。もし落ちたら命はないと幼な子でもわかるほどだ。

「まさかとは思いますが、下に降りてみたいんですか? いくらあなたでもそんな真似したら危ないって理解していますよね」
「てめえ、バカにしてんのか?」

 挑発を受け流せるほど俺は寛容な性格ではない。すぐさま詰め寄り、胸ぐらを掴む。ほんの少しだけ背の高いギルに間近から見下ろされるが、怯まずに睨み返してやった。

「なにか?」
「……なにも」

 怖がるどころか振り払うそぶりも見せず、いつものヘラヘラとした笑みを浮かべてギルが問う。その瞳は俺を真っ直ぐ見つめていて、妙な居心地の悪さを感じた。

 俺はいわゆる記憶喪失で、一年前までの記憶しかない。どこで生まれ育ったのか、親族や友人がいるのかすらわからない状態の時にギルに拾われた。幸い読み書きや生活に関する知識は残っていたから普通に暮らしていくことはできるわけだが。

「そうですか。直接見たら思い出すのではないかと予想していたんですけど」
「なんでだよ。大断絶なんか辺境に住んでてもわざわざ近寄らないような場所なんだろ?」
「インパクトがある場所のほうが記憶に残りやすいと聞きますし、もし過去に見たことがあるなら絶対わかると思ったんですよ。それに、私も一度は見ておきたかったので」

 大断絶の対岸は魔族が棲む世界。時折り越境した魔物や魔族が人間の暮らしを脅かしている。故に大断絶の近くには集落は最低限しかない。その数少ない集落に住む者も近寄らない場所なのだ。地平の果てまで続く断崖には柵などない。興味本位で覗き込んで足を滑らせれば谷底へと真っ逆さま。誰も助けにはこないし、そもそも落ちた時点で命はない。

 そんな危険な場所にわざわざ立ち寄った理由は、俺の記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないとギルが考えたからだった。

「もう大断絶はいいや。飽きた。それより早く次の町に行こうぜ。おまえも野宿はイヤだろ」

 周囲に身を隠せそうな場所はない。辺り一面に砂と岩だらけの荒野が広がっている。吹きっさらしの上、暗くなれば野生の獣が闊歩する。おちおち寝てはいられない。

「別に、私はどこでだって寝られます」
「ホンット顔に似合わず無頓着だよな」
「顔は関係なくないですか?」
「イメージってもんがあんだろ」

 ギルは不服そうに眉を寄せた。コイツは自分の身なりに頓着がない。長めの銀髪も手入れ不足でボサボサのまま後頭部で雑にくくっただけだし、服も俺が言うまで着替えない。せっかく整った顔立ちをしているのにもったいない。

「ほら行くぞ」
「別に町は逃げませんよ」
「俺は今日こそ屋根のある場所で寝たいの!」

 地図を片手に歩き始めると、ギルもついてくる。

 荒野のど真ん中にある街道を進んだ先に目的地の町があった。レンガ製の高い塀に囲まれており、入り口には門番が常駐している。大断絶付近の集落はだいたい似たような作りだ。

「聖都のグレフ教本部から参りましたギルバート・アーネストと申します。町の代表に取り次ぎを」

 到着前に髪を梳かし、砂ぼこりまみれの薄汚れた外套から司祭用の上衣に着替えさせたおかげで体裁は整っている。あとはギル自身の人当たりの良さと礼儀正しい物言い、グレフ教本部の紋章入りの首飾りを見せれば大抵の人間は警戒を解く。ここの門番もすぐ中へと通してくれた。

「アーネスト様、お待ちしておりました。わたしはランバードの代表ホーゼンです。このような辺境の町までようこそお越しくださいました」

 ホーゼンと名乗った初老の男はギルに深々と頭を下げてから、横目でちらりと俺を見た。俺はどこからどう見てもゴロツキだ。ギルと並ぶと、どうしても異質さが目立ってしまう。

 そんなホーゼンの視線に気付いたギルは不機嫌さを隠しもしない俺の背中を軽く叩いて紹介した。

「私専属の護衛です」
「そうでしたか。しかし、護衛が一人とは……」

 言外に、たった一人で護衛が務まるのか?と尋ねるホーゼン。彼の視線は俺の耳へと向けられていた。上部がやや尖った耳は人間と魔族の混血、いわゆる半魔族の特徴だ。俺が文句を言おうと口を開く前にギルが間に割り入る。

「彼は誰より腕が立ちます。並の魔物ならば単独で撃退できるくらい強いんですよ」
「ほう、それは心強い。いや失礼いたしました」

 あからさまにホッとした様子のホーゼンに心の中で舌打ちしつつ、俺は黙って引き下がった。他人とのやり取りは外ヅラの良いギルに任せておくに限る。

「来訪のご連絡をいただいてから心待ちにしておりました。大断絶に近い集落を主に巡回していらっしゃるとか。移動だけでも大変でしたでしょう。とりあえず休息を」
「いえ。先に結界装置の状態を確認したいので教会にご案内いただけますか」
「は、構いませんが……」

 ギルの申し出に、ホーゼンは目を丸くしている。俺たちは他に供もつけず、馬車も使わずに街道を歩いてきた。だからこそまず休んでもらおうと提案してくれたのだ。

 しかし、ギルは休息より仕事を優先した。

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