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2話・結界には魔物避けの効果がある
しおりを挟む「実は前回の整備から二年ほど経っておりまして、いつ結界の効力が切れるかとヒヤヒヤしていたところなのです」
「やはりそうでしたか」
ホーゼンの案内で通りを進んでゆくと、小さな教会に辿り着いた。造りは古いが手入れはされていて、床には塵ひとつ落ちていない。礼拝堂の奥には祭壇があり、平均的な成人男性くらいの大きさの像が飾られている。人間たちの拠り所であり希望、唯一神グレフの姿を模して作られた彫刻だ。
ギルは祭壇にあるグレフ神の像の前で祈りを捧げてから、神妙な面持ちで控えていたホーゼンへと向き直った。
「結界の状態を確認いたします」
ホーゼンは最前列の椅子に腰掛け、固唾を呑んで見守っている。オレは外へ通じる出入り口の前に陣取り、礼拝堂全体を視界に入れた。天井は高く、窓から差し込む陽の光が屋内を照らしている。
ギルは首飾りを外してグレフ神の像へと押し当てた。すると像の一部が外れ、手のひらサイズの水晶玉が嵌め込まれている部分が現れた。結界の中枢となるもっとも重要な部分だ。
水晶玉を手に取り、念入りに観察するギル。その眼はいつになく真剣で、ホーゼンが見惚れているのがわかった。普段へらへらしているヤツがたまに真面目な顔するとドキッとするものだ。俺は見慣れているからなんとも思わないけども。
「媒体の欠損なし、術式異常なし。……うん、なかなか良い状態ですね」
ひとしきり観察し終えたギルが息をつく。どうやらランバードの教会の結界装置に問題はなかったようだ。
「では、仕上げに入ります」
水晶玉を台座に置き直し、ギルは腰から短剣を抜いた。左の袖を肘あたりまで捲り、肌に切先を突き立てる。ぷつりと皮膚が裂け、赤い血が腕を伝って床に滴り落ちる……と思いきや、血は宙に舞い上がった。窓から差し込む光が反射して、ギルの周りがきらきらと輝いて見えた。
「──グレフ神の末裔の血を以てこの地に安寧を」
水晶玉の表面にべっとりと張り付いた赤がじわじわ吸収されるように消え失せてゆく。完全に吸い込まれて消えた直後、教会を中心に澄んだ空気が広がっていく感じがした。
この清浄な空間がランバードの町と周辺地域を包み、魔物を近寄れないようにする。住民が安心して暮らしていくため、結界は必要不可欠なものなのだ。
「何事もなければ、あと数年は保つはずです」
像を元通りの状態に戻してから、ギルが作業の終わりを告げた。神々しい光景に意識を奪われていたホーゼンはようやく我に返った。
「ありがとうございます、これで安心して過ごせます!」
「結界の整備と強化は我々の責務ですから」
何度も頭を下げて感謝の意を伝えるホーゼンに、ギルは苦笑いを浮かべている。しかし、ホーゼンは謙遜するギルに真顔で詰め寄った。
「ランバードは大断絶に近い辺境ゆえ血族のかたの来訪はここ十数年ありませんでした。一番近い都市にお渡りがあった際にグレフ神の像を運んで見ていただいていたほどでして」
「近年は特に人手が足りなかったものですから」
「ですから、こうして直接お越しいただけて本当に嬉しいのです。何もない町ではございますが、精一杯おもてなしさせてください!」
真顔で力説するホーゼンに気圧されたギルが助けてほしそうにこちらに視線を向けているが、俺は知らんぷりを決め込んだ。久々に屋根のある場所で寝泊まりできるのだ。もてなしてくれると言うなら断る必要はない。
そのまま俺たちはホーゼンの屋敷に案内された。大断絶にほど近いランバードの町には旅人はほとんど来ないため宿屋はない。確かに、街道では誰ともすれ違わなかった。
屋敷は質素だが敷地はそこそこ広く、ホーゼン一家が暮らす母屋と客人用の離れがあった。離れには居間と寝室、浴室まで備えてある。
「すぐに食事を用意させます。先に旅の汗を流しておいてください」
ホーゼンは離れを出て母屋に向かった。家人に料理を作るよう指示を出しに行ったのだろう。
とりあえず荷袋を下ろし、羽織っていた外套を脱いでその辺の家具の上にかけておく。ずっとよそ行きの笑みを張り付けていたギルは気が抜けた顔でソファに体を預けている。
「はあぁ、疲れました」
「ごくろーさん」
テーブルに置いてあった水差しをグラスに注いで手渡してやると、ギルは一気に飲み干した。ひと心地ついたのか、更に気が抜けたようでソファで横になっている。放っておいたらそのまま寝てしまいそうだったので軽く頬を叩いて起こした。
「コラ寝るな、先に風呂入れよ。湯が冷めるぞ」
俺たちが町に着いた時点で先に用意させていたらしく、浴槽にはたっぷりと湯が張られている。前の町を出てからランバードに着くまで風呂に入っていない。濡らした布で体を拭くくらいしかしていないのだ。あたたかい湯に浸かれる機会を逃すわけにはいかない。
「レイが一緒に入ってくれるなら入りますぅ」
ソファに寝転がりながら駄々をこねるギル。コイツは成人済みの男だというのに甘えたことばかり言いやがる。「バカ言ってんじゃねえ」と一蹴したら上目遣いで食い下がってきた。
「だって、私いま怪我してるんですよ? 一人じゃ髪も洗えませんよ」
ついさっき、ギルは結界を強化するために自ら腕に短剣で傷をつけて血を流したばかり。しかし、俺は騙されない。
「もう傷はふさがってるだろーが!」
「ああっ、バレてしまいました」
「騙せると本気で思ってたのか?」
腕を掴んで袖をめくり上げると、傷跡は跡形もなく消えていた。いつもそうだ。ギルの血が持つ不思議な力のせいか、小さな傷ならば数分でふさがるのだ。だからあんな風にためらいなく自分の腕に切先を突き立てられるのだろう。
旅を始めたばかりの頃はギルを信じて全ての世話を焼いてやった。何度目かでやっと嘘だと気付いた時は大げんかに発展した。ギルが平謝りしたので許したが。
「着替え用意しといてやるから早く入ってこい」
「一緒に入ったら時短になりますよ」
「オマエがさっさと入るのが一番の時短なんだよ!」
アホらしいやり取りの末、ようやくギルは浴室に向かった。安心したのも束の間、すぐに「やっぱり手伝って」「絡まってうまく洗えない」などと泣き言を言われ、仕方なく髪を洗ってやった。
ギルが上がった後に俺も浴室を使わせてもらい、数日ぶりに汗を洗い流した。
「なんで髪を乾かしてないんだよ!」
「レイに任せたほうが綺麗になりますから」
「バッッカじゃねーの!?」
風呂から上がると、先に出たギルはまだ髪から水を滴らせていた。コイツは本当に身だしなみに無頓着過ぎる。正しく手入れすれば綺麗にまとまるというのに、何も言わずにいたら洗いざらし&自然乾燥で髪が傷みまくる。聖都の屋敷にいる時なら世話係がいるが、今は俺しかいない。見苦しい姿の男と並んで歩きたくないので、なんだかんだで手入れをしてしまっている。
「ほら、髪をとかしてやるからじっとしてろ」
「はあい」
櫛で丁寧にとかしていくと、銀の髪に艶が戻ってくる。汗と砂埃にまみれてボサボサだったギルの頭は、数日ぶりの風呂と俺の手入れの甲斐あって無事に綺麗な状態へと戻った。
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