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3話・グレフ神の末裔は子孫を残すのが難しい
しおりを挟む「失礼いたします。食事の用意ができました」
髪を乾かし終えたタイミングで、ホーゼンが離れにやってきた。ワゴンに載せられた料理が運ばれてくる。屋敷の給仕係なのか、十代後半くらいの女と中年の女がてきぱきと支度を整えていった。
テーブルにはクロスが敷かれ、焼いた鹿肉や煮込んだウサギの肉、数種類のパン、豆と野菜のスープ、穀物から作られた蒸留酒などが並べられた。決して豪勢ではないが、辺境の町では用意に苦労しそうな品々だ。見ただけで本気でもてなしてくれているのだとわかる。
「実は、この料理を作ったのはわたしの妻と娘でして」
ギルの酒杯に蒸留酒を注ぎながら、ホーゼンが紹介した。女たちは雇われた給仕係ではなく嫁と娘だったらしい。これにはギルも驚いて「ありがとうございます、いただきます」と笑顔で感謝の意を伝えた。ホーゼンの嫁は恐縮して何度も頭を下げ、娘のほうは顔を赤らめて黙り込んでしまった。
食べきれないからぜひ一緒にとギルから提案し、ホーゼン一家とテーブルを囲んで食事をとった。料理はどれもうまい。作り方を尋ねると、ホーゼンの嫁は簡単なレシピを教えてくれた。材料さえあれば野営の時でも作れそうだ。ホーゼンは町の周辺の近況などを語り、ギルも今まで立ち寄ってきた町の情勢などを話した。その間も、娘は緊張した面持ちで食事が喉を通らない有り様だった。
しばらくして食事も終わり、嫁と娘は食器を下げてから母屋へと引っ込んでいった。ホーゼンは離れに残り、ギルと話を続けている。
ふいに、ホーゼンが笑みを消した。酒で赤らんだ顔に似合わず真面目な表情でギルに向き直る。
「時にアーネスト様。うちの娘をどう思われますか」
突然の問いに、ギルは目を丸くした。隣で聞いている俺も酒を飲む手を止める。
「どうと申されましても……控えめで可愛らしいお嬢さんだと思いますが」
差し障りのない返答をするギル。食事中は聞いてもないのにホーゼンが「教会の掃除は娘がやっておりまして」とか「最近料理の腕が上がったんですよ」などと娘の話題ばかり振ってきていた。その度ギルは娘にも声をかけたが、うなずくか首を振るだけでろくに会話すらしていない。
ギルが娘に良い印象を抱いていると判断したのか、ホーゼンは更に改まった態度と口調で本題を切り出した。
「アーネスト様さえよろしければ、わたしの娘リリィを抱いてやってくださいませんか」
まさかの言葉に、口に含んでいた蒸留酒を噴き出しそうになった。
「妻に迎えろとは言いません。我が家は家格が低く、ランバードは聖都からかなり距離があり、旅人すら寄り付かない大断絶近くの辺境の地。次にいつ血族のかたが来られるのかわからないまま待つ暮らしに限界を感じておりまして」
「だから、お嬢さんに私の子を産ませようと?」
「その通りでございます。分家に加えよ、などと不相応なことを申すつもりはありません。ただ自分たちでランバードを守っていきたいのです」
言うだけ言って、ホーゼンは深々と頭を下げた。返事をもらうまで顔を上げるつもりはないらしく、黙ってテーブルに額をつけている。ギルは困り顔で肩をすくめ、ホーゼンに聞こえないように小さく息をついた。
「ホーゼンさん、申し訳ないですがお断りさせてください。もちろんお嬢さんに不満があるとかそういう話ではありません」
「……っ、では、なぜ?」
思わず顔を上げ、理由を問いただすホーゼン。今回の申し出は軽い気持ちからではない。『グレフ神の末裔であるアーネスト家の姻戚になれるかもしれない』と欲が出たわけでもない。ギルのひととなりを見て、直接言葉を交わし、ランバードの未来と娘を託してもいいと判断したのだ。
だが、ギルには断るだけの理由がある。
「まず、グレフ神の血に連なる者は簡単には子孫を残せません。そもそも身籠りにくく、妊娠してもすぐに流れてしまいます」
すがるような目でギルの話を聞くホーゼン。それでも構わないから、と今にも言いたそうに口をモゴモゴさせている。
「もし生まれたとしてもまともに育ちません。ほとんどの場合、一歳の誕生日を迎えるまでに命を落とします。血の力に体が耐えられずに崩壊してしまうからです」
ギルの説明はまだ続く。
「そして、ここが一番重要な話です。グレフ神の末裔の子を孕んだ女性は一人の例外もなく必ず亡くなります。私の母も、腹違いの妹を産んだ女性も産後すぐに息を引き取りました。出産に至らなかった場合も同様です」
「そっ……」
「神の血を引く子を自身の体の中で育てるということは、それほどまでに負担が大きいのです。ホーゼンさんもお嬢さんを失いたくはないでしょう?」
ホーゼンは顔を青くした。子どもが授かる可能性は限りなく無いに等しいが、娘を失う可能性は高い。リスクしかない賭けに大事な娘を差し出すほどの覚悟はさすがにないようで、がくりと肩を落としている。
しかし、話はそこで終わらなかった。
「アタシは構いませんっ!」
「り、リリィ」
ホーゼンの娘が離れの居間に飛び込んできたからである。どうやら扉の外で父親とギルの会話を聞いていたらしい。娘……リリィは先ほどまでの内気な態度が嘘のようにギルの目の前に立ち、大きな声で訴えた。
「アーネスト様はお優しいから諦めさせるように色々と仰いますけど、アタシだってランバード代表の娘です。いっ、命を賭ける覚悟くらいあります!」
なんとかして自分の主張を伝えようとしているが、やはり緊張しているようで声は震え、顔色も悪い。そんな状態を見て、ギルはさらに困り果てている。ちらりと俺に視線を向けてからリリィへと向き直った。
「リリィさんの覚悟はよくわかりました」
「じゃあ……!」
期待に満ちた目でギルを見るリリィ。だが、ギルは申し訳なさそうに顔をそらしている。
「年頃のお嬢さんにはあまり言いたくありませんが、納得していただけないでしょうから本当の理由をお教えいたします」
そう前置きしてから、ギルは重い口を開いた。
「ご存じの通り我がアーネスト家はグレフ神の血を引く末裔、分家のひとつです。先ほども説明したように子を授かることが非常に難しい。ですから、子作りが可能になった頃から強制的に女性をあてがわれてきました」
つまり、精通した頃からギル本人の意志とは関係なく子孫を残すためだけに好きでもない女を抱かねばならなかったという話だ。よほど好色な男ならともかく、まともな感性を持っている者ならかなり抵抗を感じるだろう。
「十数人のうち一人ほどの割合で妊娠するのですが出産に至る前に全員亡くなりました。もちろん、みな若く健康な女性ばかりでした」
リリィが唇を噛み締めてうつむいた。思いのほか高い死亡率に慄いたのだろう。
「たとえ政略的に引き合わされた相手だとしても何度も閨を共にして我が子を身籠ってくれたとなれば多少なりとも情は湧きます。しかし、幾度も死別を繰り返すうちに、……えーと、そのぉ、お恥ずかしい話なのですが……」
ギルは何度も言葉を詰まらせ、気まずそうに視線をそらしながら自身の秘密を暴露した。
「実は、女性相手に機能しなくなってしまいまして」
秘密を聞いたホーゼンは「それは仕方ないですな」と納得した。リリィはピンと来ていなかったが、父親の様子からとりあえずギルが女性を抱けないのだと察したようだ。
「私がこうして辺境を巡っていられるのは子を作る務めを果たせなくなったからなのです。この年齢になるまで聖都から出たことがなかったので、いろんな場所を旅できて楽しいですけどね」
本来グレフ神の末裔は聖都から出ない。各集落の結界を維持するために年に一、二度巡回するくらい。窮屈でつまらなそうな人生だと思う。
「わたし共をあきらめさせるためとはいえ、アーネスト様にそこまで言わせてしまい大変申し訳ございませんでした」
ホーゼン親子は深々と頭を下げて詫びてから、肩を落として母屋へと戻っていった。
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