【完結】世界の涯てで君と踊る

みやこ嬢

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4話・心因性勃起不全=不能ではないらしい

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「いいのかよ。あんなことまで教えちまって」

 失意のホーゼン親子を見送り、扉を閉めてから問いかけると、ギルは肩をすくめてみせた。

「知られて困る話ではありません。むしろ積極的に噂を広めていただいたほうが助かるくらいです。毎回説明するのも大変ですから」

 ぶっちゃけ、前に寄った町でも娘を紹介してきた奴がいた。明らかに下心だらけで接触してきたからギルは素っ気なく断っていた。寝台の上で裸の女が待ち構えていたこともある。「不敬罪で投獄されたいのですか?」とまで言って諦めさせたことも一度や二度ではない。

 ちなみに、グレフ神の末裔をかたる不届きな男もいる。お忍びできたていで飲み屋で相手を物色するのだ。時々「腹の子はグレフ神の血を引いている!」と教会に訴えてくる女がいるそうだが、もちろん簡単に判別できるため追い返されるんだとか。騙されるほうもどうかと思うが、ちょっと不憫。

 さっきギルがホーゼン親子に説明したように、本物のグレフ神の末裔は死ぬほど女性をあてがわれているのだからわざわざ他所で女を調達する必要はない。そもそも、生殖可能なうちは行動の自由すらない。徹底的に管理されているのだ。そりゃ勃起不全インポにもなるわ、と気の毒になる。

「まだお酒が残ってますね。明朝出立しますし、飲み切ってしまいましょうか」

 ギルは椅子に腰掛け、テーブルに両肘をついている。隣に座って酒瓶を持つと、嬉々として自分のグラスを差し出してきた。互いのグラスに琥珀色の蒸留酒を注ぎ、軽く掲げてから一気に飲み干す。かなり酒精が強いが俺たちはあまり酔わない。ギルはグレフ神の血による治癒力で、俺は半魔族の回復力の高さで酒が抜けやすいからだ。

「歯ァ磨いたら早く寝ろよ。じゃな」
「レイ、どこへ行くんです」

 俺が自分の荷袋を持って部屋から出ようとしたら、ギルが慌てて止めに来た。

「どこって、隣だよ。従者用の小部屋があるから」

 離れには客間と寝室、浴室があり、更に隣にも小さな部屋がある。これは貴人がお供を連れて滞在する場合に備えて用意されたもの。つまり、今回の場合は護衛の俺が使うべき部屋なのだ。

 しかし、ギルは盛大に駄々をこねた。

「わざわざ別の部屋で寝なくてもいいじゃないですか。寝台けっこう大きいですよ? 大人の男が二人並んでも余裕ありますよ?」
「はあぁ?」

 確かに寝台は大きい。二人でも寝られると思う。だが、ここ数日野宿続きだったから気兼ねなく一人で眠りたい。思い切り手足を伸ばしたいのだ。

 折れない俺に、ギルは悲しげに目を伏せた。

「一人で寝ていたら、女性が潜り込んでくるかもしれません。私、怖くて」
「ぐっ……」

 こう言われると弱い。ギルは女に恐怖を感じている。顔を見て話すだけなら問題ないが一定以上近寄られると身動きが取れなくなってしまう。子種目当ての逆夜這いなら勃たないのだから問題ないが、女が害意を持って近付いてきたら逃げられずに終わる。

 ホーゼン親子を疑うわけではないが、話を聞きつけた無関係な女が不法侵入してくる可能性もゼロではない。一応護衛として同行している以上、仕事としてギルの身の安全を守る義務がある。

「仕方ねえ。同じ部屋で寝てやる」
「レイ、ありがとうございます♡」

 渋々承諾すると、ギルは満面の笑みで俺の手を引いて寝室へ向かった。

「お料理おいしかったですね。奥さんに作りかたを聞いてましたよね? ぜひ作ってほしいです」
「気が向いたらな」
「楽しみです。レイが美味しい食事を用意してくれるから、すっかり野営にも慣れました」

 結界強化の名目で町に立ち寄れば必ず有力者がもてなしてくれる。宿も食事も用意されるが、別の気苦労もある。その点、自分たちだけで野営すれば手間は増えるが気は楽だ。世間知らずのギルはなにもできないから、寝床を整えるのも食いモンの支度をするのも俺がやるしかないんだが。

「えっ、ちょっと。どうしてソファを寝室に移動させているんですか?」
「俺は『同じ部屋で寝る』って言ったんだ。同じ寝台で寝るとは言ってねえ」
「そんなぁ!」

 居間にあった二人掛けソファをかかえて寝室に運び込む俺を、またしてもギルが止めた。

「こんなに大きな寝台ですよ? わざわざソファを持ち込んでまで別々に寝る意味ないじゃありませんか!」

 コイツまじでワガママだな。本来なら別室で寝るところを譲歩してやったんだから我慢しろ。

「やかましい。さっさと寝ろ」
「……はぁい」

 うなだれたギルが寝台で横になったのを確認してからランプを消す。真っ暗だが、半魔族の俺は夜目が利くので問題はない。寝室の片隅に置いたソファにごろりと寝そべる。移動の疲れと酒を飲んだこともあり、すぐに睡魔に意識を奪われた。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 寝入ってからしばらくした頃、妙に体が重く感じた。まるで泥が詰まった荷袋を上に乗せられたような感覚。まぶたを開けると、何かが俺に覆い被さっていた。間近にふわふわした銀の髪がある。

「なんだ、寝ぼけてんのか」

 覆い被さっているモノの正体はギルだった。ソファの上で仰向けに転がる俺に乗っかっている。ギルは細身だがそれなりに重さがあり、この状態は地味につらい。

「おいギル。自分の寝台で寝ろ」
「ううん……」

 ギルの眠りは深いようで、何度か揺さぶってもう起きるそぶりはない。仕方ないので寝台に連れ戻すことにした。まずギルの下から這い出て、肩に担いで運ぶのだ。わずか数歩の距離が果てしなく遠く感じるほど大変な作業だった。

 なんとか運んで寝台の上に転がし、さてソファに戻ろうと背を向けた瞬間、手首を強く掴まれる。

「え」

 隙を突かれた俺は、あれよという間に寝台に引きずり込まれてしまった。真っ暗な天井を茫然と見上げていると、ギシ、と軋む音を立てながらギルが俺の顔を覗き込んでいた。

「ギル……?」

 目は開いているが、虚ろだ。おそらくまだ意識が覚醒していないのだろう。夢を見ているのかもしれない。

「愛してます」
「は?」
「可愛い。愛しい。私だけの大事な人」

 寝ぼけている割にはずいぶんとハッキリした口調でギルが何かを呟いている。誰かに向けた愛の言葉だ。きっとギルは今、夢の中で大事な人とやらと逢瀬をしているに違いない。実はこれまでにも寝言を聞いたことがあるが、今夜ほどしっかり聞き取れたのは初めてだった。

 どんな夢を見ようが勝手なのだが。

「ちょっ、ギル! やめろ!」

 なんと、寝ぼけたギルは俺の体をまさぐり始めた。夢の中で誰かを抱こうとしているのか、意外と力が強くて振りほどけない。寝間着代わりのシャツを脱がされそうになり、必死に抵抗を試みる。

「え、あれ?」

 身をよじった際に膝を立てたら何かに当たった。ギルの男性器だ。なぜか硬くなっていて、寝間着のズボンの股間部分を押し上げている。男として機能しないわけじゃない。コイツは抱いた女が次々に死んでしまった精神的ショックが原因で勃たなくなっただけで肉体的にはなんの問題もない。

 とはいえ、このまま組み敷かれているわけにはいかない。寝ているところを起こされて正直眠い。早急にギルを寝かしつけて二度寝しなくては。

「ギル」

 無理に押し退けるのはやめ、逆に両腕をギルの首に回して引き寄せる。まるで正面から抱き合うような体勢になり、体が密着した。耳元で名前を呼んでやれば、ギルは嬉しそうに擦り寄ってきた。

「せーのっ」
「うぐっ」

 そのまま腕に力を込めて絞める。ギリギリと首を圧迫し続けてやると、数十秒も経たないうちにギルの体から力が抜けた。酸欠状態に陥って気を失ったのだ。

 気絶したギルを寝台に放置し、俺はソファに戻って寝直した。寝直したのだが──





「エマ」




 絞めている最中、意識を失う直前ギルが呟いた名前が脳内で繰り返される。愛しい相手を呼ぶ声音だった。俺が知らない女の名前。記憶を失う前の俺は知っていたんだろうか。

「……誰?」

 なんとなくモヤモヤして、なかなか寝付けなかった。ギルのせいだ。


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