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6話・結界の効果が切れると集落が滅びる
しおりを挟む集落跡地はかなり荒れていた。レンガ製の塀はあちこちが崩れ、家屋は太い柱だけを残して朽ちている。形を保っている建物は石造りの教会のみ。
ここを寝ぐらにしていた魔物が襲ってきたので全部倒した。魔物が出入りに使っているであろう塀の穴も魔法で付近の岩を動かして塞いでおいた。これで外から新たに魔物が入り込む可能性は低くなる。
「レイ、中は意外と綺麗ですよ」
「向こうの井戸水も使えそうだったぞ」
唯一無事だった教会の中で良さげな部屋を見繕い、埃を払って換気をしてから毛布を敷けば寝床の完成だ。荷袋を下ろし、外套も脱いで軽装になる。
教会は大抵集落の真ん中に建っている。結界装置である唯一神グレフの像を安置しているからだ。像を中心に半径数キロの範囲を魔物が忌避する結界で包み込む。昔は等間隔に大小の集落があり、結界でほとんどの地域をカバーできていた。だが、近年廃墟と化す集落が増えている、とギルが教えてくれた。
「もともと人が住みにくい土地ですからね。血の補充による強化が間に合わず、結界の効果が切れてしまうこともあったでしょう」
「オマエの親戚が巡回してるんじゃねえの?」
「ええ。でもここ十数年は都市や主要な町にしか巡っていないそうです。昔と違ってグレフ神の末裔の数はかなり減ってしまいましたし、仕方ないとは思いますが」
グレフ神の末裔は子孫を残すのか難しい。身籠りにくく、妊娠してもすぐ流れる。無事に生まれても成人まで育つ者はごく僅か。頭数が減って手が回らなくなったのだろう。特に、大断絶に近い辺境は安全とは言い難い。わざわざリスクを負ってまで行く必要はないと考える者も少なくないという。
「特に、本家には成人済みの男性が現当主しかいませんからね。私のような生殖能力のない者しか結界強化の任務を請け負わなくなりました」
野営の支度をしながらギルの話に耳を傾ける。
礼拝堂にはグレフ神の像が残されていたが、結界の効果が切れた後に魔物によって壊されたようだ。祭壇から落ちて床に転がる像は割れ、中に仕込まれていた結界装置の要である水晶玉は粉々に砕けていた。修復は不可能だ。
割れた像を見下ろすギルはなんとも言えない表情をしていた。唯一神グレフはギルの祖先にあたる。たとえ姿を模しただけの作り物だとしても、壊れて捨て置かれた状態をみて複雑な気持ちになったのだろう。もしかしたら、集落が滅びてしまったことに責任を感じているのかもしれない。
ギルは記憶を失った俺のために色々な話をしてくれる。知っていて当たり前のようなことから、グレフ神の末裔である自分のことまで。俺に教えながら自分自身に言い聞かせているようでもあった。
「ほら、ホーゼンの嫁がくれた弁当食おうぜ」
元気付けるため、わざと明るい声で話し掛ける。荷袋から取り出した紙包みの中には焼いた肉と煮込んだ野菜を挟んだ堅パンが入っていた。外でも食べやすいよう工夫してくれたらしい。差し出すと、ギルはふっと口元をほころばせた。
「ありがとうございます、いただきます」
いつもの笑顔に、俺は少しだけ安堵した。
「! うまいなコレ」
「本当に。とても美味しいですね」
向かい合ってパンにかぶりつきながら、流れで昨夜食べた料理の話題に移った。
「この辺りは土地が痩せていて、豆や麦以外の作物が育たないんです。結界の効果範囲外には畑が作れませんから、ごく限られた場所でしか栽培できないそうで」
「家畜は町の中で飼われてたしな」
「なので、あれほどの品数の料理を用意するのは大変だったはずです。急な訪問は失礼かと思って先に知らせておいたのですが、かえって気を使わせてしまいました」
恐らく、ホーゼンは事前に行商人から香辛料や野菜などを仕入れていた。蒸留酒もだ。飲み慣れているようには見えなかった。きっと普段は慎ましく暮らしているに違いない。
「限られた食材をより美味しく調理するために試行錯誤してきたのでしょうね。このパンもとても味わい深いです」
「うん、うまい」
聖都の屋敷にいた頃は豪勢な料理が毎日用意されていたが、こんな風にギルが言及することはなかった。当たり前のように用意されていたからだ。俺と一緒に旅に出て、初めて作る側の人間や調理前の食材を目の当たりにして、色々な背景に思いを馳せるようになったんだとか。
食事を済ませ、今後の旅程を話し合う。
「このまま大断絶沿いの街道を進んで次の町に向かいます。近々訪問する旨を手紙で知らせてあるので早めに行きたいところです」
「りょーかい。明日中に着けるかな?」
「順調にいけば明るいうちには到着できるかと」
地図の中央部分には聖都、四方に大きな都市がある。都市の周りに大きな町が、更に外側に小さな町や集落が点在している。最も聖都から遠い位置、地図のふちは大断絶。つまり、地図に描かれていない部分は全て魔物や魔族が棲む世界なのだという。
グレフ神の末裔の血による結界がなければ、とっくに魔物や魔族によって人間は淘汰されていただろう。人間がグレフ神を崇める理由がよくわかった。
「ホーゼンさんに聞いたのですが、実は次に行く町……バルプルドの代表のかたが非常に差別的な考えをお持ちらしいんです。半魔族の子どもを発見したらすぐに保護して聖都に送る決まりなのに、自宅の屋敷で監禁して暴力を振るっていたという噂があるそうで」
気遣わしげなギルの視線が俺の耳に向けられた。やや先端が尖った耳は半魔族の証。差別主義者が半魔族を見つけたらどんな行動に出るかわからない。グレフ神の末裔であるギルが自らの意志で側に置いているとしても、いや、むしろ半魔族が重用されていることに不満を抱くと容易に想像がつく。
「んじゃ、俺は顔を出さねえほうがいいかな」
余計なトラブルを避けるため、町には入らず身を潜めていようかと提案した。
「レイがバルプルドに入らないのなら私も行きません」
「はあ?」
「だって、護衛もなしで一人で訪問するとか不自然じゃないですか? いちおう私、グレフ神の末裔なんですよ? いわば貴族みたいな立場なんですよ?」
「護衛が俺一人って時点でかなり不自然なんだがな」
他にも辺境を巡回しているグレフ神の末裔はいるが、みな身元がはっきりしている人間の騎士や兵士を数人護衛として同行させているらしい。もちろん馬車での移動が基本だ。半魔族の護衛一人と徒歩で移動しているギルがおかしい。
「とにかく、バルプルドには行け。結界強化はオマエの大事な仕事だろ」
「ですが」
なおも食い下がろうとするギルに、俺はそばに置いてあった外套を指差した。
「外套のフードを被って耳を見られないようにしておく。それなら同行しても問題ないだろ?」
どうせ滞在するのは長くても一日だけ。その間ずっと顔を突き合わせるわけではない。挨拶の時だけやり過ごせば済む。面倒だが、ギルが仕事を投げ出すよりはマシだ。
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